第70話

 久しぶりに装着するTRCS用のヘッドセットは相変わらず着け心地が良いとは言えなかったが、しかし作動させたときの微妙な頭への重みのような感覚は幾分だが和らいでいるように感じられた。エレイアがTRCSの入出力を調整したというのは、このことを指しているのだろう。


「どうかしら、メトバ曹長。TRCSの具合は?」

「前に比べると頭にかかる負担が少し軽くなりましたね。これなら多少は気兼ねなくTRCSを扱うことが出来そうです」

「そう。それなら結構だわ。あとはどれだけ長くシステムを使っていられるかがカギになってくるかしら?」


 僕が返した質問の答えは、エレイアにとっては満足できるものであったようだが、エレイアはその余韻にひたることも無く次のことを考えていた.


「私も報告書を読ませてもらったが、以前の状態ではメトバ曹長は二十分で体に変調をきたしたそうだね?」


 そこでジェノ隊長が話に加わってきた。


「そう。だから今回の調整ではより長い時間システムを操作できるように、システム側の出力を若干落とし気味に調整してみたってワケ」

「それを行ったとして、システムそのもののパフォーマンスは落ちたりはしないのかい?」

「それは問題ないわ。最初の段階ではどのくらいの出力が適正なのかが良く分かっていなかったから、やや強めに出力を調整していたのよ。だから、多少出力を落としたところで問題が出るとは思えないわね」

「なるほど、良くわかったよ」


 エレイアの説明に隊長はうなずいた。事務的な口調ではあったが、しっかりと押さえるべきところは押さえている。


「隊長はどの程度までシステムのことをご存じなんですか?」

「事前にもらった報告書の内容が全てかな。思考でWPを動かすなんて、安っぽい小説みたいな話が本当にあるのかとは思ったけどね」


 ジェノ隊長は苦笑しながらそう話した。TRCSを知った人間はまずそう思うだろうと思う。何せ僕自身がそうだったのだから。


「まあ、今日はこれから実際にTRCSで動かす所を見せてもらえるわけであるし、じっくりと観察させてもらうよ」

「ジェノ隊長の前でとなると、恥ずかしい動きは見せられませんね」

「あら、アタシもいるんだけど、そこのところはどうなのかな、メトバ曹長」


 ジェノ隊長と話しているところに、エレイアが割り込んできた。


「なんでそこでエレイアさんが出てくるんですか?」

「つれないなぁ、メトバ曹長。アタシだってエクリプスの開発者の一人だし、自分の作ったロボットがどんな風に動くのか、気になっては変なのかしら?」


 妙にこちらに体を寄せてきながら、エレイアが僕に迫ってくる。


「なるほど、そういうことですか。……ご心配なく。エレイアさんにも満足してもらえるような結果になるよう努力しますよ」

「努力より結果を見せてほしいものだけど、努力しなきゃ結果は出せないし、そこの順番にケチをつけても仕方ないわね」


 エレイアは僕の返した返答に若干注文を付けたが、表情には不満の色は見えない。寄せてきた体を少し離しながら、軽い苦笑いを浮かべている。


「それにしても本当に生真面目で堅物なのね、メトバ曹長って」

「? どういう意味ですか?」

「分からないならそれはそれでいいわよ。それじゃあ期待しているからね、メトバ曹長」


 エレイアは先程の熱量ある態度からガラッと態度を一変させて、妙にさばさばした表情で答えを返すと、さっさとモニタを設置してあるテントの中に入ってしまった。


「何なんでしょうか、エレイアさんは?」

「ははは、エレイア本人が言っているように分からないならそれでいいんじゃないかな? 深入りすると当人を傷つけることにもなりかねん」

「は、はぁ……?」


 その疑問にジェノ隊長は苦笑いしながらそう答え、僕は何だかよく分からないまま曖昧あいまいな返事を返した。


「それより準備はいいかい、曹長。そろそろ駆動試験を始めたいのだが?」

「あ、はい、大丈夫です。いつでも行けます」

「そうか、ならば、試験場の中央に移動してくれたまえ。移動が終了したところから始めよう」

「了解しました、隊長」


 僕は隊長の言葉に一つうなずくと、エクリプスとともに試験場の中央へと移動した。




 場所は変わって、リヴェルナ革命評議会のアジト。



 ギレネスが組織の運営上必要な重要書類の決裁けっさいを私室で行っていると、部屋のドアをノックする人間がいた。


「どうぞ」


 ギレネスは顔を上げずに返事を返す。

 ドアを開けて入ってきた男は、リヴェルナの騒乱から生還したスペクターの操縦手の一人だった。


「失礼いたします、議長」

「構わないよ。ただ私も忙しいからね。用件は手短にお願いできるかな?」


 ギレネスの言葉に男は若干躊躇ちゅうちょしながらも、意を決したように言葉を発した。


「ノーヴル・ラークスに仕掛けたいのです。出撃許可を頂けますか?」

「何故、今、彼らに仕掛ける必要があるんだい? スペクターの残機にも余裕がないからね。理由もなく出撃を許可するわけにはいかない」


 ギレネスは言葉ぶりこそ丁寧だったが、出撃を認めるつもりはないと宣言するかのように、顔を一切上げることなく返答した。

 男はギレネスの態度に少し腹を立てたようにギレネスの座っている机に詰め寄った。


「先の騒乱を含め、彼らには何度か煮え湯を飲まされました。彼らのせいで政府に捕らえられた同志も大勢います。これ以上彼らを野放しにしておくのは危険です」

「君の話は分からないでもない。確かに彼らを放置しておくのは危険だと私も思う。だが、いかんせんこちらの手持ちの駒が少なすぎる。新型のWPの開発には今しばらくかかるし、『血塗られた英雄』も新型の開発で不在だ。こんな状態で一体何ができるというのかな?」


 男の感情的な反論にも動じることなく、ギレネスは冷たく機械的な口調でそう答え、顔を上げることなく書類の決裁を続けている。

 男はこれ以上は我慢がならないといったように、ギレネスの机に両手をバン! と叩きつけた。


「議長!」

「おっと。書類が落ちるじゃないか。気を付けてくれたまえ」


 男が凄まじい形相でにらみつけてくるのを、ギレネスはようやく顔を上げて正面から受け止めた。


「大分気が立っているみたいだね。それほどに現状が不満なのかな?」

「ええ、不満です。今の我々ならばノーヴル・ラークス相手にも引けは取らないと自負しておりますので」

「せめて、新型が完成するまで待てないのかな? そうすれば『血塗られた英雄』も戻ってくるのだし」

「あの方に頼りきりなのもいかがなものかと思いますが?」


 ギレネスは冷静に反論するが、男の方も一歩も引く気配を見せない。


「君は我々の同志としては一流の操縦手なのだろうけれど、『血塗られた英雄』を超えるほどの能力があるとは信じがたいね」

「随分とあの方を買っているのですね。外様の人間なのに」

「私は事実を言っているつもりだよ。彼は、第三次五か月戦争のエースにして、二十年近くWP開発に従事してきたその道のプロだ。君に彼と同じような能力があるのだったら、彼を招き入れる必要性が少し薄れただろうけど」


 男の皮肉にもギレネスは動じることなく言葉を返す。男は苛立ちが頂点に達したのか、懐から拳銃を取り出し、ギレネスに突き付けた。


「少し黙っていただけますか、議長……!」

「おやおやおや、随分と無粋な手段を取るんだね、君は」

「議長が我々の要求を呑んでくださらないのでしたら、非常手段を取るしかりません」

「我々ね……君の仲間は一人じゃないわけだ?」

「議長、もう二度とは問いません。出撃を許可していただけますか?」


 男はもうギレネスの言葉に取り合わず、緊張に張り詰めた表情でギレネスに決断を迫った。

 ギレネスは表情を変えずに小さくため息をつき、男に答えた。


「……仕方ないね。そこまで言うのならば、君たちの出撃を許可しよう」

「その言葉、二言はありませんね?」

「私を誰だと思っているんだい? これでもこの組織のトップなのだからね」

「……ご英断に感謝いたします」


 男はギレネスの決断に謝意しゃいは示したが、突きつけた拳銃を下ろそうとしない。


「まだ、拳銃を外してはくれないのかい?」

「念のため、こちらにある出撃許可の裁定書にサインをお願いします」

「分かった」


 ギレネスはその書類に素早く目を通した後、すらすらと署名を行った。


「これでいいのかな?」

「……はっ、お聞き届けいただきありがとうございます」


 男は署名におかしなところがないか一通り確認を行った後、ようやくギレネスに突き付けていた拳銃を下ろした。


「こうなった以上は何も言わないが、勝算はあるんだろうね?」

「御心配には及びませんよ、議長。我々は必ずノーヴル・ラークスに勝って見せます」

「そうか。期待させてもらうよ」

「……失礼いたします」


 最後はお互いに儀礼的な調子のやり取りとなり、男はギレネスに一礼をして部屋から立ち去った。

 ギレネスは男が退出するのを黙って見つめていたが、男が完全に退出したのを見澄まして、部屋に備え付けられた電話の受話器を取った。

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