第八章 力は誰の為に

第69話

 ノーヴル・ラークスに復帰した翌々日、僕はジェノ隊長たちと共にヤーバリーズ基地に併設されたWP専用の演習場でエクリプスの駆動試験くどうしけんに臨んでいた。

 エクリプスを操縦するのも三週間以上ぶりであり、操縦の勘がにぶっていないか、ちょっと心配ではあった。


「おはようございます。エレイアさん」

「おはよう。今日はよろしく頼むわね、メトバ曹長」


 先にエクリプスと共に演習場に入っていたエレイアに挨拶あいさつすると、エレイアは疲れた表情ながらも挨拶を返してくれた。


「どうしたエレイア? 随分と疲れているようだが……」

「んー? 昨夜エクリプスの調整中にちょっとしたバグが見つかってね。それの修正に丸々一晩かかって、それで軽い寝不足ってワケ」

「それはご苦労様だな。それで、バグは修正できたのか?」

「隊長さん、アタシを何だと思っているワケ? そんな欠陥のある状態でエクリプスをここに出すわけないでしょ!」

「……これは失礼。君に対してする質問ではなかったな」


 エレイアやエクリプスの状態を気遣ったジェノ隊長だったが、うっかり虎の尾を踏んでしまい、後ろ頭を掻きながら反省の言葉を口にした。


「改めて見てもがっしりとして、いい機体だよなぁ……。ナオキ、いい機体を任せてもらえたお前が羨ましいぜ」

「ありがとう、ジャック。僕もこの機体はすごく気に入っているからね」


 エクリプスを見つめながらしみじみとジャックが言い、僕は少し照れながら言葉を返した。


「ま、機体が良くても腕の方がついてこなければ宝の持ち腐れでしょうけどね」

「……お前、せっかく人が話を盛り上げようとしているのになぁ……!」

「……落ち着いて、ジャック。ケヴィン曹長の言い分も一理あるよ」


 ケヴィン曹長の皮肉に目を吊り上げたジャックを僕は制止した。まだ初めて会ってから一週間も過ぎていないが、ケヴィン・オーグス曹長という人物がどういう性格なのか、僕にも大体理解が出来ていた。


「おや、自分がエクリプスに相応ふさわしくないと認めるのですか? メトバ曹長」

「そうじゃないよ。宝をくさらせないように絶えず腕を向上させないといけないと自戒じかいしたまでのことさ」


 僕の言葉尻をとらえたケヴィン曹長の言葉を軽くかわした。まともに突っかかっては相手の思うつぼである。


「……心掛けだけは立派みたいですね、メトバ曹長。でも、口先ばかりでは成長できませんよ」

「口先だけじゃないところを今日は君に見せておくよ、ケヴィン曹長」


 僕の言葉を受けてケヴィン曹長はまたしても皮肉を飛ばしたが、僕は皮肉であることを無視して正面から言葉を返した。


「……せいぜい期待させてもらいますよ、メトバ曹長」


 僕が思うように話に乗ってこなかったのに苛立いらだったのか、ケヴィン曹長は吐き捨てるようにそう言うと、付近で他の機体のチェックをしている整備兵のところへ歩き去っていった。


「……何だよあいつ、相変わらず態度が悪いな」

「まあ、話していて楽しい相手ではないけれど、そういう人とも折り合いをつけていかないとね。いつまでもこの状態で、というのは願い下げだけど」

「あら、ナオキ曹長、随分と大人になったのね」


 まだ腹の虫がおさまらないのか愚痴ぐちをこぼしているジャックをなだめていると、モニタリング用の機器をセッティングしていたサフィール准尉が口をはさんできた。


「いえ、サフィール准尉。世の中には必ずしも自分と意見の合う人ばかりではありませんからね。それが例え自分と同じ部隊の人間であっても」

「そうね。他人と意見が合わない、気に入らない相手だからといって毛嫌いしてばかりでは、物事をうまく進めることはできないものね。……まあ、なるべくならば話の合う人と一緒にことを進めたいというのが本音ではあるけれど」

「ケヴィン曹長はまだ来て日も浅いですし、まだ僕らが理解できていないところもあるような気はするんですよね。……その理解できていない部分を自分からは教えてくれないでしょうけれど」


 サフィール准尉の言葉を受けて僕が自分の見解を述べると、准尉は深くため息をついた。


「そこがあの子の問題なのよねぇ……。プライドばかり高くて、肝心なことを何一つ伝えようとしないんだから……」

「まあ、今日の模擬戦が、ひとつ問題を解決するきっかけになればいいんですけどね」

「おっ、自信ありげじゃねえかナオキ。何か考えでもあるのか?」

「別に何も。ただ、僕の実力を大分疑ってはいるみたいだから、ここはしっかりエクリプスを操縦して、宝の持ち腐れなどではないことをケヴィン曹長に証明してみせるさ」


 ジャックの言葉を受けて、僕は一切気負うことなくきっぱりと言い切った。

 すると、どういうわけかジャックもサフィール准尉も呆気にとられたような表情を浮かべて黙ってしまった。


「……ん? どうしたの二人とも。そんな顔で」

「……い、いや、ナオキ……お前、思いのほか強気なんだな」

「そ、そうね……ナオキ君がそんなに強気な姿勢を見せるだなんて、ひょっとして初めてなんじゃない?」

「そうですか? ……僕としては普段と変わらないつもりでいるんですけどね」


 揃って怪訝けげんそうな表情を浮かべる二人を、僕は不思議そうに見てしまう。

 と、そこへ声がかかる。


「おーい、メトバ曹長。ちょっとTRCSの最終チェックをしたいから、アタシのところまで来てくんない?」

「あ、分かりました。今行きます! ……それじゃ、サフィール准尉、失礼しますね。ジャックも、また後で」


 エレイアからの呼び出しを受けて、僕はサフィール准尉とジャックに軽く会釈をしてから、エレイアのいる付近へと歩いて行った。



 一方、その場に残されたサフィール准尉とジャック曹長はそんなナオキを見送りながら首をひねっていた。


「ナオキ君、しばらく見ないうちにちょっと変わったかしら? 前よりも少し勝気になったわね」

「以前はちょっと遠慮がちなところもあったしな、あいつ」

「それを考えると、多少強気になったことはむしろ歓迎すべきことだとは思うんだけれどね」

「アレク前隊長の件をまだ引きずっているのかな、ナオキのやつ?」

「その線はあるわね……とはいえ、とりあえずしばらくは様子を見て、危ないようならフォローしてあげましょう」

「そうですね、准尉」


 二人は当面の結論を下すと、それぞれの持ち場に戻っていった。

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