第71話
ヤーバリーズ基地に併設されているWP専用演習場で、エクリプスの駆動試験が始まった。
最初は各部パーツの作動状況のチェックから始まり、TRCSの機体へのリンク状況のチェック、実戦的な動きの確認と内容は
「メトバ曹長、そろそろ二十分ほど経つが、状態はどうかね?」
「意識が多少重くなってきている感じがありますが、もうしばらくはいけると思います」
ジェノ隊長の呼びかけにそう答えた。騒乱の時に比べると幾分か慣れたのか、あの時ほどの疲労は感じていない。まあ、状況が違うから比較するのもどうかとは思うけれど。
「そうか。とはいえまた倒れられても困るのでね。いったん休憩に入ってくれ」
「了解です!」
僕は隊長の言葉に答えると、TRCSのスイッチを切ってエクリプスを通常の操作モードに戻し、ヘッドセットをゆっくりと外した。途端に軽い開放感のようなものを感じ、気が幾分楽になった。
その感覚に一息つくとコンソール操作でエクリプスを動かし、試験場の中央から一旦離れて脇に退いた。
僕が休憩の為に設営されたテントの方に行くと、ジェノ隊長とエレイアが何事か話をしていた。
「どうだ、エレイア。メトバ曹長の状態は?」
「本人の言っている通りで、多少TRCSとのリンクに乱れはあるけれど、まだ修正の利く範囲内ね。もうあと十分くらいは連続使用してても問題は無かったんじゃないかしら?」
「そうか、案外余裕があるものなのだな」
エレイアのその答えに隊長は明るい顔を見せたが、エレイアはやや厳しめの表情をしている。
「余裕があるかどうかは分からないわね。前回は実戦でのデータだったから、本人の気の持ちようが今日とは全然違っている可能性もあるし、聞いたところでは前回は休憩をはさみつつだけれど、試験として何度もシステムを連続使用していたということもあるから、疲れ方も今日とは全然違うはずなワケ」
「そう言えばそんな話も報告書に書いてあったな」
エレイアのその言葉に隊長は考え込む仕草を見せた。
「単純な比較は出来ないということか」
「そういうことね。出来れば実戦でのデータが欲しいところだけど、それはわがままな願いというものなワケで……」
「確かにな。我々が勝手に仕掛けるわけにもいかないしな。……おっと、戻ってきていたのか、メトバ曹長」
ジェノ隊長が戻ってきていた僕の姿を認めて、声を掛けてきた。
「はい、中々難しいのですね、TRCSというものは」
「まぁ、操縦手さんに細かな運用についてまでレクチャーするつもりもないんだけどね。実際あまり細かい説明してもわからないでしょ?」
「それもそうですね」
エレイアの言葉に僕は苦笑いを浮かべながら答えた。
「でもね、あのシステムは基本的に使えば使い込むほど、あなた用に最適化されていくようになっているのよね」
「どういう意味ですか?」
「癖がついていくといえばいいのかしらね。最初は何もないまっさらな状態だったものが、あなたという操縦者を得て繰り返し使われていく中で、少しずつあなたの特徴やら何やらを学習して、あなたが思った通りに動けるように変わっていっているワケ。勿論、あなたの方も徐々にTRCSの影響に慣れていくわけでもあるんだけど……」
エレイアの解説に僕はうなずいた。
「つまり、使えば使うほどお互いに馴染んでいくわけか……」
「そうそう、そういうこと! 『お互いに馴染んでいく』って表現、中々いいじゃないの、メトバ曹長」
エレイアは嬉しそうに言った。彼女は物分かりの良い人物が好みであるらしい。エレイアは僕の中の技術者のイメージにそのまま合致していた。
「……まぁ、そんなワケもあってエクリプスの操縦手はもうあなたしかいないのよ、メトバ曹長。勿論、騒乱の時に優秀な戦果を残したというのもあるんだけれど、それ以上にあなた向けに最適化作業を進めているから、今更あなた以外の操縦手を探せないのよ」
「でも、それだと仮にこの装置がすべての機体に入るとして、面倒なことになったりはしませんか?」
「その
僕の疑問にエレイアは気楽な表情でそう言った。確かにちょっと考えすぎていたのかもしれない。
「メトバ曹長は真面目だね。でも考えなくても良いことまで考えるのは、ちょっと直した方がいいかもしれないな」
「はっ、恐縮であります、隊長」
隊長が困ったような笑顔を浮かべながらそう言い、僕はすっかり恐縮ししてしまった。思わず直立不動の姿勢を取ってしまう。
「ああ、そこまで硬くなることもないかな。今はちゃんと休んでいてくれ」
「は、はい、失礼いたします」
僕は二人に対し敬礼をすると、テントの中に備え付けられた仮設ベッドに静かに横になった。うとうととする間もなく、すぐに睡魔がやってくる。
ケヴィン・オーグス曹長はナオキ・メトバ曹長という男が気に入らなかった。
南部出身のWP操縦手という経歴からして、目に入れるとイライラしてくる。WPの操縦手というのは、彼の視点に従うならば
ところが、実際にはどうだろうか。メトバ曹長はWPの操縦手として、ノーヴル・ラークスという特務部隊の一翼を担い、あまつさえ新型機を任されるという栄誉にあずかっている。北部出身で元来プライドが高い彼には、その事実がどうしようもない
彼のような小市民ごときに、あの新型機はふさわしくない。あれを操縦するのは自分のような誇り高く、腕の立つ軍人であるべきなのだ、と。
そう思った彼は部隊に配属されて以来、彼と共に部隊に配属されてきたジェノ・トラバル大尉に何度となく掛け合った。メトバ曹長ではなく、自分を正規操縦手にしてほしいと。また足しげく格納庫に通い、首都リヴェルナから派遣されてきたエレイア・ヴィジーとかいう女技術者に
しかし、どちらも成果は上がらなかった。隊長はのらりくらりと彼の要求をやりすごし、女技術者の方もエクリプスの整備は軍事機密上の問題で遠慮願いたいという一点張りだった。
他に部隊にいた人間も頼りになりそうになかった。西部出身の単細胞に、ジャーナリスト崩れの女性士官、WP適性試験に落ちている通信兵……彼からすれば取るに足らない存在ばかりだった。
彼には自負があった。今年のWP適性審査では、
実際、彼があまりにもしつこく頼み込んでいたのを見かねたらしいジェノ隊長が一度だけシミュレーションで対戦を受けてくれた際には、一時はかなり隊長を追い詰めることに成功していた。最終的には一瞬のスキを突かれて敗れてしまったが、年季の差というものを考慮すればかなり
隊長からは「君とメトバ曹長とでは、相当の差があるよ」という言葉を投げかけれられたが、本気にしてはいなかった。たかだか数回実戦を踏んだ程度で、隊長すら追い詰めることのできる自分にメトバ曹長ごときが勝てるわけがないと、彼は本気で信じ込んでいた。
幸いにして、今日は模擬戦を実施するという。普段は予備操縦手と立場に甘んじている彼にとって、まともに自分の腕が示せる数少ないチャンスだった。
今日こそは自分の腕がナオキ・メトバより上であることを
ケヴィン・オーグス曹長の心はそんな野望に燃え上がっていた。
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