第52話

「隊長。敵のこの動き、どう見ますか?」


 自分の予想を外された僕は素直に隊長に聞いてみた。


「おそらくは時間稼ぎだろう。交代で弾を撃ち尽くすまで弾幕を張ってこちらをけん制し、その間に援軍を待ってこちらを挟み込むつもりだ。さっきの突進もこちらの出方を見るためのブラフだったんだろう」

「僕がブレードを構えたから、持久戦を取るつもりだと見抜かれたわけですか」

「そういうことになるな」


 隊長の言葉に僕は歯噛はがみした。自分の対応の決めつけのせいでこういう事態を引き起こしたことが悔しかった。


「あまり気にするな、ナオキ軍曹。敵がこちらにあせって殺到さっとうしないのなら、それはそれで喜ぶべきだろう。そもそも我々は味方の援軍を待って反撃を仕掛けるつもりだったのだからな」


 隊長は落ち着いた口調で僕に語り掛けた。


「ですが……」

「それに、どうしても仕掛けたいのならば、君には奥の手があるんだろう?」

「えっ、あれを使うんですか? この状況で……?」


 アレク隊長の指摘に僕は戸惑った。あれは単に操縦するためのシステムであって、苦境を挽回する万能の魔法などではないのだけれど。


「ここならいきなり乱戦になる恐れもなく、一対一で戦えるはずだ。いきなり乱戦で使うより負担は少ないだろう。何より、敵はまだこちらのことを良くは知らない。あのシステムは相手の不意を突いてこそ真価を発揮するのだと、私はそう考えるが」


 隊長は丁寧に自分の見解を語った。その意見自体は僕にも理解できた。

 あのシステムは基本的に乱戦では不利である。自分の認識能力を超える数の相手をすると、システムが情報を処理しきれずに暴走したり、耐え切れずに僕自身が倒れたりしてしまうかもしれないが、一対一の対決ならばその心配はまずない。

 また、相手に手の内を知られても不利だが、まだ相手はこちらのことを良く知らない。仕掛けるのならば早めに仕掛けるべきではないか。隊長はそう言っている。


「軍曹、君はどう考える。仕掛けるにしても、君がやるといわなければ、私も動きようがないしな。勿論、このまま援軍を待つのも一つの手だろう。消極的だが確実な戦術だ」


 アレク隊長はそう言って僕を促したが、僕は何となくそれに反発したくなった。


「お言葉を返すようですが、隊長はどうされたいんですか? 聞いていると僕に決定権があるかのように話されていますけれど、僕の上官は隊長です。隊長が指示をしてください」


 隊長は僕の言葉を黙って聞いていた。すぐに答えを言わず、じっと考え込んでいるようだった。


(言い過ぎだったかな……)


 僕は少し後悔したが、それでも自分に下駄を預けられるという状況が何となく嫌だった。だから、僕も何も言わずに隊長の反応を待った。

 無言は続いた。敵のマシンガンの発射音と、発車された銃弾がエクリプスのシールドにはじかれる音だけが響いている。

 隊長が口を開いたのは敵のマシンガンが弾切れになり。相手が一旦後退し始めた時だった。


「……わかった。軍曹、君はそのままここで敵の攻撃を防いでいてくれ。私は裏側から回り込んで敵を引き付けてみる。もし、私が敵を引き付けるのに成功して、敵に隙が生まれたら、君自身も切り込んでくれ」

「……隊長が動くんですか? それなら自分が動いても……?」

「……君に手本を示さねばな。自分では動けないのだろう、ナオキ軍曹?」


 隊長はさばさばとした口調でそう言うと、コンソールを動かし始める。


「隊長、無茶はしないでくださいよ」

「無茶なものか。03ACだって最新の制式WPだ。あんなガラクタに遅れを取るつもりはない」


 アレク隊長はそう言うと、03ACとともに路地から裏手側の道路へと発進していった。

 僕は何も言えず、隊長の後姿を静かに見送った。



 それからしばらくの間、敵の方に目立った動きはなかったが、ややあって隊長から相手側に近付くことが出来たという通信が入った。


「これ以上はどう動いても気付かれるだろう。なので、私が仕掛けるのに前後して君も同時に仕掛けてくれ」

「了解です、隊長」


 僕は返事をしつつ、新型システムのスイッチをオンにした。これに頼りすぎるのもどうかという気はするのだけれど、実際に戦闘になってみると自分が行動を起こすのとほぼ同時に動いてくれる新型システムのありがたみを感じずにはいられなかった。


「よし、仕掛けるぞ!」


 隊長からの通信が聞こえたのとほぼ同時に銃声が響き、それを合図に僕もエクリプスを動かして、敵側に突入した。

 敵側の応戦は素早かった。隊長のいる方に二機が滑るように接近していき、残る二機は接近してきた僕の迎撃に回った。


「隊長、僕たちの作戦は読まれていましたか?」

「それはわからんが、お互いに待ち戦術という状況ほど不毛なものはないからな。仕掛けて失敗というほどでもないだろう」


 激しい銃声の中で、隊長の声が聞こえてくる。

 僕は急いで隊長のフォローに回りたかったが、路地には入ってこず、二機がかりで弾幕を張ってくる相手に対して、さすがのエクリプスでも接近するのは簡単ではなかった。

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