第51話
「……隊長、疲れているのではありませんか? そんなことを言うなんて……」
僕は心配になって言った。いつも
「疲れているか。そうかもしれんな、やはり首都リヴェルナに戻ると昔を思い出すのかもしれん」
「そういえば、隊長は首都リヴェルナ出身でしたね。昔はどうだったのでしょうか?」
「首都リヴェルナは先の第三次五か月戦争でも直接戦火の影響を受けなかったからな。子供のころは戦場を知らず平穏に暮らしていたよ」
隊長は昔を懐かしむようにそう言った。
「どうして隊長は士官学校に入られたのですか? 親兄弟が軍人だったりしたのでしょうか」
僕は率直に聞いた。今まで隊長の過去など気にしたこともなかった。
「私は小さなころからWPの操縦手に憧れていてね。動くロボット兵器という響きに強く心を動かされたんだ。だから、確実にWP操縦者の選抜を受けられるように士官学校を志望したし、士官学校でも機甲操兵コースを選択して早くから操縦手への道を歩んでいたよ」
「そういう方もいるんですね」
隊長の話を聞いても僕は何となくピンと来ず、つい曖昧な返事を返す。僕も子供のころはそんなふうな思いを抱いたことがあるような気もするが、貧しい家の生まれである僕には隊長ほど純粋な気持ちでWP操縦者になることを夢見ることはできなかっただろうとは思う。
「ナオキ軍曹にはこういう話は通じないか。君は……そういうことを考える暇もない幼少期を過ごしてきたのだったな」
「そんなに家が貧乏であることを引きずっているわけでもないですけどね」
僕は一応そう言ったが、物心ついてから間もなくして父を亡くし、母が働きに出ている間、弟妹の世話に明け暮れる日々を送っていた僕には、中々将来のことを展望している余裕がなかったのも事実だった。今だって結局状況に流されるがままWPの操縦手になっているけれど、それは本当に自分の意思で決めたことなのかと言われると考えこんでしまう。
「……君は、現状が不満かね? ナオキ軍曹」
アレク隊長は静かに僕に問いかけてきた。
「……不満がないといえば嘘になります。正直、こんなに厳しい軍の任務など投げ出して、家族のもとに帰ってやりたいと、そう思います」
「ははは、随分率直な意見だな」
「隊長以外の、いやノーヴル・ラークスのみんな以外の人に、こんなことは口が裂けても言えませんよ」
僕はそこでいったん言葉を切った。遠くに機械音が響いている……。
「隊長、そろそろ来ますね」
「そうだな、レーダーにも反応がある。例の五機だ。そちら側に向かっているぞ」
「肩部のミサイルのロックを外してもいいですか?」
「構わん。背中合わせである以上、こちらからの支援もできないしな」
僕は迎撃準備を整えている間に隊長に聞いてみた。
「隊長は、今、WPの操縦手になれて満足していますか?」
「そうだな。若干の後悔も無い訳ではないが、おおむね満足しているよ」
隊長は迷いのない真っ直ぐな声でそう答え、続けてこう言った。
「……さて、ナオキ軍曹、お客様がおいでのようだ」
やかましい機械音がどんどん接近しつつあった。
僕はそれには答えず、コンソールを構えたままじっと敵が道の先に現れるのを待った。
一瞬、二瞬……激しい機械音と張りつめた空気のみがその場に漂っていた。
そして、一瞬だけ音が鳴りやんだか鳴り止まないか、という瞬間にすっかり顔なじみになった片腕がマシンガンの敵WPの姿が視界に映った。
僕は迷わず肩部のミサイルを一発発射した。
バシュッ!
フレアを発しながら対WP用中型ミサイルが飛んでいく。
敵もこちらの発射したミサイルに気付き慌てて下がろうとするが、おそらくは視認してからの対応だっただけに、それは遅過ぎた。
ドガァァァン!
ミサイルがまともに敵のWPに直撃し、軽量な相手のWPは爆発の衝撃で吹っ飛ばされてしまう。操縦手はぎりぎりで離脱したみたいだけれど、これで相手のWPはもう戦えないだろう。
「一機の反応消失。いい感じだぞ、ナオキ軍曹」
「いえ。それより残りの四機はどうですか?」
「君の方の火力を警戒しているのだろう。動きを止めている」
それを聞いて僕は相手側の動きを想像した。
とりあえず出鼻をくじかれてしまった以上そのままこちらに突入ということはないに違いない。となると、次に考えるのはタイミングを合わせての挟み撃ちになるだろうか。
勿論、僕らもそれを考えての背中合わせであるし、どっちみち一機しか道に入れないことには変わりない。仮に突入した一機が倒されたとしたら、その一機が今度はバリケード代わりになって道をふさいでしまう。そうなったら攻め入らなければならない向こう側はますます不利になる。
強引に二機で突入するという手段も取れないこともないが、こちらにはミサイルがある。ミサイルのような火器は密集陣形を取っている相手にこそ一番効果がある。そして向こうは先程のミサイルの威力を見ている。そんなリスクの高い行動はまず取らないに違いない。
そうすると、時間をかけてでも何機かを隊長の方に回り込ませて、地道に弾切れ待ちで攻めるのが向こうの取る戦術としては良策になるのかもしれない。
見たところ相手にあの男もいそうにはないし、奇策を取ってくる可能性はまずないだろう。
そこまで想像して僕は隊長に声をかけようとしたが、その時敵のうちの一機がこちらに向かってまともに突っ込んできた。
「!」
「どうした軍曹。来るぞ!」
僕は読みを外されて初動が遅れてしまう。新型コントロールシステムが起動していればこのタイミングでも間に合うが、コンソール操作では少し遅い。このままでは敵の接近を許してしまう。
僕はやむなくエクリプスにマシンガンではなくアサルトブレードを構えさせる。下手に火器を使うよりも敵の攻撃をシールドで防ぎながら格闘戦を挑んだ方が無難という判断からだ。
「いかん! 軍曹、それはまずい」
アレク隊長から厳しい声が飛んできた。
「相手は接近戦をこなせないんだ。刃を構えている相手にわざわざ接近する愚か者はいない!」
「! ……申し訳ありません隊長。浅はかでした」
僕は隊長に謝ったがもう遅く、相手はこちらの間合いの外からけん制射撃に徹するつもりなのか、ちょうど僕らと相手側の中間地点で固定型のマシンガンを撃ってくるばかりで動こうとしない。
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