第45話

 アレクサンダー・ニーゼン中尉はシミュレーションでのナオキ軍曹の戦いぶりが少しずつ変化しつつあるのを感じ取っていた。

 最初のころはまるで素人同然の稚拙ちせつな動きを取っていて妙に感じていたのだが、回を重ねるにつれて戦い方が非常に洗練されたものに変わり、また反応速度もどんどん上がっていっているように感じられた。

 ワンミスの後もう一回ミスを重ねてしまったものの、それ以降はほとんど失敗らしい失敗は見られなくなった。敵の動きもどんどん早くなってほとんど常人には認識が不可能なくらいにまで上がっているのだが、ナオキ軍曹は特に戸惑うこともなく淡々と敵を撃破していっている。


「どうだ中尉、メトバ軍曹の戦いぶりは?」


 じっとモニターを見つめていたアレクにニデア大佐が話しかけてきた。


「……私は軍曹の実力をヴェレンゲル時代から認めていました。彼が全力で戦ったならば、どれほどのものになるのかとも思っていました。しかし、今見ている光景は私の想像を遥かに超えています。これは一体……?」


 アレクは正直な感想を述べた。大佐が過剰な賛辞さんじを好まないという判断のほかに、冷静に分析している風を装うことで大佐から情報を引き出したいという思惑もあった。


「……詳しくは話せんが、これが新型操縦システムの力だということだ。だが、ナオキ軍曹は私の、いや我々の想像をも上回る実力を発揮しつつある」


 大佐は彼にしては珍しく、率直な感想意見を述べた。


「どういうことです?」

「彼が今戦っている仮想敵の反応速度は、現在通常より三倍以上速く動くように設定してあるが、軍曹は問題なく戦っている」

「!!」


 アレクはその言葉に息を呑んだ。モニターに映るナオキ軍曹の機体は視認するのがやっとの速度で縦横無尽に動き回っている。


「正直な話、私でもここまで軍曹がシステムに適応するとは思っていなかった。大体、これまでの被験者は彼がツーミスを犯した箇所ぐらいで脱落していたのだがな」


 全く末恐ろしい人材を見つけたものだ、とニデア大佐は本気で感心したようにつぶやいた。その言葉に、アレクは再びモニターに視線を落とす。

 速い。それしか言葉が出てこない。

 今、仮に自分とナオキ軍曹がWPを用いて戦ったならば、自分は三分も保てずに倒されるに違いない。それくらい動き方に差があった。

 ニデア大佐はアレクの反応を見て満足したようであった。マイクに手を取って、シミュレーションの終了を告げた。




「ご苦労だったな、軍曹。既定の戦闘を修了したと認め、これでシミュレーションを終了する」


 ニデア大佐の声が響き、シミュレータが動きを止めたのを確認して、僕は深い息をついて脱力した。

 一体何分シミュレーターの中で敵と戦い続けたのだろうか。休む暇もない敵との連戦に疲れ果て、ツーミスをしたところで限界だろうと自分でも思っていたのだけれど、自分の意思が勝手に機体を動かしてしまうシステムというのは僕の想像を遥かに超えていた。次第に僕はシステムありきで戦術を組み立てるようになっていき、最後にはシステムがあることを当然のように受け入れて戦いを展開させていた。自分でも驚くくらい、僕はシステムに順応していた。

 僕がシミュレータから外に出ると、相変わらず無表情のニデア大佐と複雑そうな表情をしたアレク隊長が出迎えた。


「軍曹、見事な戦いぶりだった。第二試験も突破したのは君が初めてだ」

「は、はい……」


 ニデア大佐は一応僕を祝福してくれたが、僕はもう疲れ果てていた。出来ることならばこんな試験など放り投げてぐったりとベッドで横にでもなりたかったが、それが決して許されることではないのも理解していた。


「では軍曹、次の試験の前に三十分だけ休憩を許そう。三十分後、敷地内にある第二演習場まで来てくれ。ここは機器の調整のため閉鎖する。休みたければ、この建物の横にある格闘技場の休憩室を利用するといい」

「お気遣い、感謝します……大佐……」


 僕はふらつく意識を励ましてどうにか大佐に敬礼を送ると、アレク隊長に付き添われてその場を後にした。

 そこからの三十分少々、僕は格闘技場の休憩室でただひたすらすり減っていた神経を休ませることだけに費やした。途中で隊長は席を外していたこともあったらしいが、そんなことは微塵も気にならなかった。

 わずかな休憩時間ではあったが、起きた時にはそれなりに疲労は回復していた。万全ではないが、あと少しくらいならWPを操縦していても操作ミスなどしないだろう。


「大丈夫か、ナオキ軍曹?」

「ありがとうございます、隊長。何とか行けそうです」

「そうか。では、一人で大佐のところへ向かってくれ。場所は分かるな?」

「え? 隊長は行かないんですか?」


 アレク隊長の言葉に僕は驚いた、てっきり隊長も一緒だと思っていたのだけど。


「済まないが、緊急の任務が入ってな」

「ヤーバリーズで何か……?」

「いや、ノーヴル・ラークスの任務とは関係はない。これは個人的にこなさなければならん任務なのでな」

「なら自分も行きます!」

「君はまず大佐から課された試験をこなすことが一番の任務だ。そのことを忘れるな」


 隊長は厳しい口調で僕を戒めた。


「は、はい……しかし、隊長一人で大丈夫ですか?」

「私より自分自身のことを気遣いたまえ、ナオキ・メトバ軍曹」


 アレク隊長は僕のことをフルネームで呼んだ。暗にこれ以上の議論は認めないという意思表示だった。


「……わかりました。ナオキ・メトバ軍曹、これよりニデア・クォート大佐のもとへ向かいます」


 僕は諦めて隊長に敬礼すると、そのまま一路第二演習場へ向かった。

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