第44話

 大佐は〇七〇〇きっかりに僕らの泊まっていた来客用の宿舎に現れた。


「おはよう諸君。さっそくだが今日は軍曹には第二の試験を受けてもらう。……調子は万全だな、軍曹?」

「……万全とは言いませんが、問題はありません」

「結構だ。それでこそ特務部隊の隊員だな、軍曹?」


 大佐は納得したように僕に語り掛けると、今度はアレク隊長の方を向いた。


「中尉、今日の試験では君の立ち合いを許可する。我々と一緒に来たまえ」

「はっ、宜しいのですか?」

「今日はWPの実機を用いての試験も行う。実戦経験のあるWP操縦手の意見を求めたいのでな」


 大佐はそう言って、少し口の端を上げた。


「了解したしました、同行させていただきます」

「うむ、よろしく頼むぞ、中尉」


 ニデア大佐は彼にしては柔和じゅうわな表情でそう言い、その言葉に僕は妙な印象を抱いた。あまりにも物分かりが良すぎるような気がする。

 僕は怪訝けげんそうな表情を浮かべてしまっていたみたいで、隊長から「どうした、軍曹?」と声をかけられて、慌てて表情を引き締めた。


「い、いえ、何でもありません……」

「考え事は構わないがほどほどにな、軍曹」


 ニデア大佐は無機質な声でそう言うと、いつものようにさっさと歩き出した。恐らくは表情を見られてしまっていただろうが、僕の懸念など大佐には取るに足らないということなのだろう。


「ナオキ軍曹、少し気をつけろ。君は割と表情に感情が出やすい」

「は、はい、申し訳ありませんでした」


 アレク隊長に小声で叱責され、僕はただ謝るしかなかった。




 それから、僕らは軍用車に乗って国防省の敷地を出て郊外にある演習場へと向かった。

 首都リヴェルナ郊外にあるこの演習場はWPのみならず一般の兵士や陸上兵器の試験場としても機能していた。

 僕らはその一角にあるWPの操縦トレーニングセンターに入った。


「軍曹。まずはここで第二試験を受けてもらう。シミュレータで昨日使ったシステムの完成版を動かすのだ。補助としてコンソール入力による制御を使うことも認める」


 ニデア大佐は簡潔に試験内容を僕に告げるとシミュレータに入るよう促した。

 僕は隊長に一言「行ってきます」とだけ告げると、シミュレータの中に入り、やはり用意されていたヘッドセットを装着して、腕にコンソールを固定した。

 僕がシミュレータ内で準備が出来たことをコンソールのコマンド入力で示すと、外にいるニデア大佐の声がヘッドセットから響いた。


「軍曹、シミュレーションの方法は知っているな? 今回は新型システムのために仮想敵の動きを変更してある。ミスは三度まで認める。四度のミスを犯すかこちらの規定する回数、仮想敵を撃破した時点でシミュレータを終了する。では、スタートだ」


 大佐の声が途切れるのと同時にシミュレータが起動し、見慣れた仮想敵が出現する。



 仮想敵はいきなり動いた。マシンガンでこちらをけん制しつつ内懐うちふところに切り込んで来ようとしてくる。僕はいつもの癖でコンソールに動作を入力しようとしたが、それより早く僕の操作する機体は動いていた。

 敵の射線の薄い側に機体が回り込み、側面から敵を撃つ。仮想敵はあっけなく撃墜されワンスコアが追加される。

 だが、これは僕が狙っていたことではない。僕の狙いでは射線の薄い側に回り込むまでは同じだったが、射撃による一撃必殺ではなく慎重に間合いを詰めて接近戦を挑むつもりだったのだ。



 僕が自機の動作に不信を抱く暇もなく、次の仮想敵が現れた。

 次の仮想敵は、最初に現れた敵よりも動きが速かった。直線的な動きでこちらに突っ込んでくる。

 僕がやはりコンソールに動きを入力するよりも早く機体は勝手に動き、ワンステップ後退してメタルナイフを構え、敵が機体に近づく前にこちらから踏み込んで敵にナイフを突き立てた。

 僕が追撃を試みようとすると、今度はコンソールに触れる前に動いて敵を蹴り飛ばそうとする。

(違う、そうじゃない……!)

 それも僕の狙いとは違っている。僕の狙いはナイフから手を放して離脱し遠距離からとどめを刺すつもりだったのに、蹴り飛ばしたら敵の体勢は崩れるがこちらも姿勢制御のために動きが止まってしまう。向こうが立ち直るのが早ければこちらがやられてしまうはずだった。

 そして案の定、敵の体勢は僕の予想より早く立ち直りこちらが体勢を整えている間に攻撃を仕掛けられてワンミスとなってしまう。



「ワンミスだ、軍曹。調子はどうだ?」


 ニデア大佐の声がヘッドセットに響く。


「まだ慣れません。自分の狙いと違う行動を勝手に取られるのは……」

「なるほど、そこは調整が必要だな。今のワンミスは取り消さないが、数分だけ機器の調整を行う。その間は楽にしていてくれ」


 大佐の声は相変わらず事務的で癒しなどを感じさせない声ではあったが、僕はシミュレータの中でほっと一息をついた。

 自分が操作するより早く機体が動くというのは妙な感覚だった。シミュレータ内の疑似的な機体とはいえ、それがまるで自分の体であるかのように反応して動く。いや、自分の身体、いや普段の思考よりも早く動いているかも知れなかった。


(こんな操作方法が、本当に使えるものなのだろうか……?)


 休憩時間の間中、僕はシミュレータの中で自問自答をしていた。




 ほどなくして、再びニデア大佐の声がヘッドセットに響く。


「機器の調整は完了した。では、シミュレーションを再開する」

「はい、お願いします」


 僕は再びシミュレータの中で仮想敵と対峙した。

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