第46話

 僕が第二演習場に行くとそこにはニデア大佐と見慣れない漆黒に塗装された大型のWPが僕を出迎えた。


「少々遅刻だが、しっかり休めたようだな、軍曹」

「はっ、問題ありません。大佐、この機体は一体……?」

「我が軍が制式採用してきたWPシリーズとは別に、独自に研究開発を進めてきた機体だ」


 僕の質問に、大佐は簡潔な答えを返した。


「随分大型なのですね」

「様々な新技術の試作機としての意味合いもあるのでな。なるべく小型に収めたいところだったが、結果としてWP-03Aと比較しても大型の機体となってしまった」


 大佐は事務的な口調で言った。あまり興味はないと言いたげだったが、ヴェレンゲル基地で見たWP-03Aより一・五倍ほどは大きそうな機体に僕は単純に圧倒された。


「名前は、あるんですか?」

「開発番号はTWP-015F、開発中のコードネームはエクリプスだ」

「エクリプス……日蝕にっしょくということですか」

「技術者どもはどうも開発物に妙なロマンを求めたがるものらしいな」


 大佐は下らないと言わんばかりに吐き捨てたが、僕は技術者たちがこの機体にエクリプスという名前を付けた意味を、何となくだが理解できるような気がした。


「次の試験というのは、この機体を用いて行うのですか?」

「そうだ、軍曹。最後の試験としてこの機体を用いて模擬戦を行ってもらう。操作は新型コントロールシステムを用いて行うが、念のため有線型コンソールによる補助操作も認める。なお、携行火器はマシンガンとメタルナイフに限定させてもらうが、マシンガンは実弾を用いるのでその点だけは注意するように」


 最後の言葉に僕は愕然がくぜんとした。


「実弾!? 本気ですか、大佐!」

「通常の演習でも実弾を用いることはある。何の問題もなかろう」


 ニデア大佐は取るに足らない、とても言いたげな口調で言った。確かにそういう演習がないこともないのだが、こんな小規模な模擬戦でそれは通常あり得なかった。しかもこちらは有線コンソールを持って操縦しなければならず、これではほぼ実戦と大差ないことになってしまう。


「何か不満があるのか、軍曹?」

「いえ、別に……」


 僕は内心の不満を抑えて大佐に言った。ここで不満を述べたところで事態が動くわけでもない。ここまで来た以上、とにかくやってみるしかなかった。


「では、準備に入れ軍曹。その間に私は対戦相手を呼び出す」

「了解しました」


 ニデア大佐に促され僕はエクリプスと呼ばれた機体の脇に駆け寄り、例のヘッドセットと有線型コンソールを装着した。その途中、改めてエクリプスの機体をじっくり観察した。

 全体の印象は02型と03型を足して二で割ったような感じの機体だが、パーツの一つ一つが大きめであるため、それらの機体とは全然系列が違うようにも見えてしまう。また頭頂部に設置されたロッド形状の通信アンテナも目を引いた。

 肩にあるウェポンラックには今回は何も装備されていないが、機体そのものが大型であるため、03型と比較してもより多くの武装を搭載できそうであった。

 脚部は大型ではあったが非常に洗練されたデザインをしている。試験機というイメージには似つかわしくないほど丸みを帯びたデザインだった。




 僕が一通り機体を観察し終わったところで、演習場の向こうから相手のものらしきWPが接近してくるのが見えた。


「相手が来たようだな。軍曹、支度はできているな?」

「大丈夫であります、大佐」


 僕はそう大佐に答えると、新型システムの起動スイッチはまだ入れずに相手のWPの方を向いた。敏感な新型システムを誤作動させて、開始前に相手を攻撃しないようにという配慮だった。

 相手の機体はWP-03Aだった。ほぼ標準装備に近いが肩部のウェポンラックには何も装備しておらず、マシンガンとナイフというこちらの装備に準じたものに揃えられている。

 03Aも02Fに比べればやや大きめの機体ではあるのだが、それでもエクリプスと並んでしまうと小型に見えてしまうのは、仕方のないことかもしれない。

 対戦相手もどうやら有線コンソールで操縦を行っているらしかったが、素顔をマスクとゴーグル、ヘッドセットで完全に覆い隠しており、どんな人物なのかをうかがい知ることはできなかった。


「模擬戦の相手はあちらの方でしょうか、大佐」

「うむ、テストに相応しい相手を用意させてもらった。詳しい素性までは言えんが、士官学校を優秀な成績で卒業した凄腕の操縦者である、とだけは伝えておこう」


 ニデア大佐は相変わらずの調子で答えたが、僕はその説明を聞いて心のどこかに引っかかるものを覚えた。


「どうした軍曹? 新型システムのスイッチが入っていないようだが……?」

「……あ、失礼しました。すぐに起動させます!」


 大佐の言葉に僕はいったんその疑問を心の中にしまい込み、新型システムの起動スイッチを入れた。

 途端に頭の中が重くなるような錯覚を覚える。が、出力を若干抑えてあるのか、昨日は言うに及ばず先程シミュレータで体験したそれよりも負担が軽くなっているような気がした。


「こちらも起動を確認した。軍曹、状態はどうだ?」

「違和感は大分無くなりました。問題ありません」

「結構」


 ニデア大佐は軽くうなずき、続いて説明に入った。


「模擬戦は時間無制限の一本勝負。勝利条件は相手の火器を全て封じ無力化させることだ。国際条約にのっとり操縦手への直接攻撃は認めない。仮にどちらかが違反行為を行った場合はその時点で模擬戦を終了し、違反を行った側の敗北とする。以上だ」


 その言葉に僕は軽くうなずき、相手側も軽く手を挙げて了承の合図とした。


「よろしい。それでは一分後に模擬戦を開始する」


 ニデア大佐はそこまで言うと巻き込まれないように僕らから距離を取った。

 相手側はゆったりとした仕草でコンソールを構えるのを見て、僕もコンソールを構える姿勢を取る。


「スタートだ」


 ニデア大佐の声とともに模擬戦が始まった。

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