第43話

 アレクサンダー・ニーゼン中尉はナオキ軍曹が寝静まったのを確認すると、そっと部屋を出た。

 そして、宿舎内にある通信室を当番の兵士の許可を取って借り受けると、ヤーバリーズ基地の第一中央特務部隊、作戦指揮所を呼び出した。


「こちらは第一中央特務部隊、作戦指揮所になります」


 響いてきたのはホリー軍曹の声だった。


「こちら、アレクサンダー・ニーゼン中尉だ」

「あら、ニーゼン隊長。お加減はいかがですか?」

「快調だよ、すべて問題なく進んでいる」

「そうですか。それは何よりです」


 ホリー軍曹は彼女らしくもなく淡々と応答している。


「そちらは異常はないか?」

「はい、特に異常はありません」

「そうか、苦労をかけるな」

「……! はい、隊長のお帰りをお待ちしています」


 ホリー軍曹は一瞬だけ息を呑み、すぐに元の調子に戻った。


「ありがとう。以上で通信を終える」


 アレクはそう言って通信を切り、当番の兵士に礼を述べるとスッと通信室を退出していった。

 通信室の当番兵はそれを黙って見守っていたが、完全にアレクがいなくなったのを確認してから、いずこかに連絡を入れた。



 その頃、ニデア・クォート大佐は中央幕僚本部のとある執務室に顔を出していた。

 大佐の正面には一人の将官が座っている。


「今日の結果はどうだったかね?」

「はっ、五人の被験者を調査したところ、一人適合者が見つかりました。例の特務部隊の操縦手であります、中将閣下」


 中将閣下と呼ばれた男はニデア大佐の報告にうなずいた。


「ほう、中央特務のな。マクリーンの奴が入れ込むわけだ」

「ほかの四人につきましては残念ながら不適合、うち一名は不能となり病院に送りましたが、そのまま亡くなりました」


 ニデア大佐は事務の処理を行うかのように淡々と報告した。


「今日もか……少々操縦手の損耗そんもうが激しすぎるのではないか? あまりやりすぎては我々の進退にも関わってくるのだが」

「技術者連中には改良を急がせておりますが、現状情報のフィードバックに伴う負荷の増大につきましては有意な改善策がないのが現状であります」


 大佐の報告に中将はいらついた表情を見せた。その報告が不満であるらしい。


「AIによる伝達補完システムの開発はどうなった?」

「そちらは別枠にして進行させ、ようやくシステムに搭載できるだけの完成度に達しました。明日の第二試験にて同時運用のテストを行う予定であります」

「そうか」


 その言葉に中将は満足そうにうなずき、立ち上がった。


「使い物になりそうかね? 中央特務の軍曹とやらは」

「現状ではもっとも高い適性を示しております。可能性は高いかと」

「そうかね。戦闘レポートを見る限りではあまり優秀な兵士ではなさそうに見えるが……」

「彼より戦闘成績の優秀なものでも、試験で脱落したものは多くおります。求められているのはそういう資質ではないのでしょう」

「それもそうか。君の言うことはもっともだ、大佐」


 中将は大佐に歩み寄ってきた。


「頼むぞ、大佐。この計画に失敗は許されん」

「は、わが国の総力を挙げて進めてきた計画でありますからな」

「そうだ。来たるべき第四次の戦争に再び打ち勝つために、我々のWPの更なる拡充は必要不可欠なのだよ」

「承知しております、中将」


 ニデア大佐の答えに満足した中将は再び席に戻った。


「報告ご苦労だった、大佐。下がって良いぞ」

「失礼いたします」


 ニデア大佐は一礼して、部屋から退室した。それを見届けた中将はため息をひとつついた。


「あの男は有能なのだが、どうにも不愛想なのが頂けないな……」


 ぽつりと独り言をつぶやくと、それまで行っていた机の上の書類の決裁を再開した。



 ニデア大佐は部屋を出た後で電話を受け取っていた。


「……そうか。ならばそのまま監視を怠るな。年若いとはいえ特務の隊長だ、ゆめゆめ油断はしないように」


 そう言うと相手の返事を待たずに電話を切った。


「ああは言っているが、中尉のことだ。おそらく手は打っているだろう。こちらも対抗策を用意しておくに越したことはないか……」


 ニデア大佐がぼそりとつぶやいたとき、再び電話が鳴った。


「……私だ。……何? ……その情報、確かだろうな?」


 大佐が電話の相手に聞き返すと、電話の向こうの相手は強い調子で反応を返したようだった。


「……分かった。以後、その情報は私に優先して回せ。他言は無用だ」


 大佐はそう指示を出して電話を切った。


「……面白い。まとめて決着をつけるには良い頃だろう」


 そう言ってニデア大佐は口元の端を釣り上げて嗤った。



 その夜の寝付きは最悪だった。あの実験の後遺症なのか、何度となく意識が揺れる感覚に襲われ、食事もろくに取ることができなかった。隊長からも気遣われたが、意識が遠くなったり鋭敏になったり、その二つの意識のはざまに翻弄ほんろうされた僕は、寝不足のまま一夜を明かした。

 翌朝の〇六〇〇、起きてきた隊長に僕は眠気をごまかしながら朝の挨拶をした。


「大丈夫か、ナオキ軍曹? その調子ではあまり眠れなかったようだが……」

「い、いえ……大したことはありません、隊長……」


 心配そうな隊長の言葉に僕は一応は強がって見せた。


「もし必要ならば、大佐に延期を申し入れても大丈夫なんだぞ?」

「この程度で延期になりはしませんよ。……ニデア大佐という方はそういう方です」


 僕はそう言って、隊長の申し出を謝絶しゃぜつした。実際そうだと思ったし、それに多少無理をしてでもこんな試験は早く終わらせてヤーバリーズに戻りたいという思惑もあった。

 隊長も僕の思いを感じ取ったのか、それ以上は何も言わず黙って支度を始めた。

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