第42話

「大佐、あの……」

「……あの試験、いや、実験の意味を知りたいのだろう、軍曹?」


 大佐はあの出来事を『試験』ではなく『実験』と表現した。そして、そちらの方が中身としては正しいもののように感じられた。


「はい。もう少しで意識を失うところでしたが、あれは……」

「あれは、新型のWPコントロールシステムのひな型だ」

「新型のコントロールシステム、でありますか……?」


 僕はその言葉を聞いて驚いた。そんなものが開発されているなんて噂でも聞いたことがない。


「そうだ。今までのWPは有線操縦にせよ無線操縦にせよ、直感的な動作を行うことに難があった。コンソールに動作を入力するという過程を踏まねばならん以上、どうやっても自分の手足のように敏感に反応させて、動作を行えない」

「確かに……そうですが……」

「だが、もしも、だ。操縦者が自分の思考をダイレクトにWPに反映させて動かすことができるとしたらどうだ?」

「自分の思考を……どういうことです?」


 僕はそうニデア大佐に質問を返しつつ、だんだんと薄気味悪いものを感じ始めていた。


「例えば、眼前に敵がいるとして、その敵を銃で射撃したいと思ったとしよう。その瞬間君はコンソールを操作して動作を行おうとするだろう。しかし、今回のコントロールシステムがあればそのひと手間が無くなり、『射撃したい』と思ったときにはWPはその行為を実行する」


 その言葉を聞いた僕は息を呑んだ。


「! ……まさか、そのようなことが可能なのですか?」

「既に基礎的な技術実証は終わっている。ただ、新しい技術故にいささか粗削りな部分があってな。それを無くすために、国内のWP操縦手を召喚して、新型コントロールシステムの実証試験に協力してもらっているところなのだ」

「すると、自分がリヴェルナに来たのも……」


 僕の言葉は尻すぼみになってしまったが、大佐は小さくうなずいた。


「そういうことだ。軍曹、君は幸いなことに新型システムと高い親和性を示していることが明らかになった。これならば次の試験に進んでも問題はあるまい」

「次の試験について……自分に教えて頂けないでしょうか?」

「なに、そんなに難しいことはない。実際に新型システムの操作性を確かめてもらうだけだ。ただし、今度はすぐには終わらないかもしれんがな」


 ニデア大佐の言葉は一見してみると分かりやすく癖がない。しかし、そういう時こそ油断することが出来ないのを、僕は大佐に出会ってからのわずか数時間で身に染みて理解できたような気がする。


「……自分に拒否権はないのですか?」


 僕はぽつりとつぶやいた。ある意味、ニデア大佐の前では最も言ってはいけない言葉を。


「拒否する? 君は何を拒否するというのかね?」


 僕の言葉を聞いたニデア大佐は、それまでよりも更に無機質な、聞きようによっては冷酷にすら聞こえる声でそう言った。


「次の試験です。……自分には荷が重いように感じられます」

「聞こえんな。今をきらめく第一中央特務部隊の精鋭の泣き言なぞ」


 大佐は聞こえないふりをして見せたが、一見すると冗談めかした言い方の裏に「次に同じことを言うならば容赦ようしゃはしない」という本気の脅迫きょうはくが込められている気がした。


「大佐は強引なのでありますね。何事につけても」


 僕が諦めたようにそういうと、大佐は肩越しに僕のことを見てこう言った。


「強引なのではない。任務に忠実であるだけだよ、軍曹」


 その言葉は僕が初めて聞いたニデア大佐の本音であったかもしれない。言葉に感情がこもっていた。




 その後、別室で待機していたアレク隊長と再び合流した僕はニデア大佐より、明朝〇七〇〇まで敷地内の宿舎で明日に備えて英気を養うようにとの命令が申し渡された。


「敷地内を出ての行動は許可しない。またこちらの指示なく宿舎内から出る際には必ず守衛の許可を受け、短時間で戻ってくるように。なるべく外部に情報を漏らしたくはないのでな」


 ニデア大佐はそう言って僕と隊長に念押しした。


「承知いたしました。ただ一点、本日の一六〇〇にヤーバリーズ基地へ定時連絡をすることだけは許可して頂きたいのですが……」

「ふむ、短時間であるならば問題なかろう。ただし、通信するのはニーゼン中尉、君だけだ。メトバ軍曹の通信は許可しない」

「それで構いません。お気遣い感謝いたします、大佐」

「なに、貴官にも任務はあろう。それくらいは融通を利かせねばな」


 隊長の言葉にニデア大佐は鷹揚おうような姿勢を見せていた。

 その場でニデア大佐とはいったん別れることになり、僕とアレク隊長は中央参謀本部の建物を出て、国防省の来客用宿舎へと向かった。


「ナオキ軍曹、ご苦労だったな」


 建物を出るなり、隊長は僕に声をかけてきてくれた。


「いえ、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます、隊長」


 僕は丁寧に礼を述べたが、少し堅苦しい挨拶だったかも知れなかった。

 案の定、隊長は苦笑いしながら「随分肩に力が入ってしまっているな」と言った。


「す、すみません隊長。つい……」

「随分大変な『試験』だったらしいな」

「は、はい……それが……」


 僕が隊長に内容を話そうとすると、隊長の方からそれを手で制した。


「いや、内容をここで話す必要はない。大佐の口振りから考えても軍事機密に類する内容なのだろう。君がそれをここで話したら、軍事機密漏洩罪ぐんじきみつろうえいざいに問われてしまう」

「は、はっ! ……申し訳ありません」


 隊長の言葉に僕は慌てて姿勢を正して周囲をうかがった。誰もいなかったが、万が一に誰かに聞かれていたら大事である。


「まぁ、そういうわけだ。ヤーバリーズに戻って落ち着いたら、少し詳しく話してくれ。すまなかったな、軍曹」

「い、いえ、とんでもありません」


 それ以後、僕と隊長は他愛無い世間話をいくつかしただけで、肝心の『試験』の中身については話すこともできず、宿舎の部屋の中で着替えもせずにベッドに横たわった僕は、そのまま深い眠りに落ちてしまう。それまでの認識をはるかに超える事態に神経は限界を訴えていた。

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