第41話

 ドアが閉まると、ニデア大佐は再び歩き出した。僕はそのあとをゆっくりとついていく。


「ときに軍曹、君は三年前に志願入隊で軍に入ったそうだが」

「その通りであります、大佐」

「一体、どういう理由から軍に入ることを選んだのかね?」


 ニデア大佐が相変わらずの無機質な調子で語りかけてくる。

 僕はいつものように貧しい家族を支えるために軍に入ったことを話した。


「なるほどな。だが、その理由ではまともに戦場には立てまい」


 話を聞き終えたニデア大佐は僕の内心を見透かしたかのように鋭く指摘した。


「どういう意味でしょうか?」

「守るべきものがある。それ自体に問題があるわけではない。だが、守るべきものが多ければ多いほど、死ねない、死にたくないという気持ちも比例して大きくなるものだ。そして、その気持ちは人の戦意を鈍らせる」

「……」

「軍曹、君は少々抱えているものが多すぎるようだな。そんなことでは戦場で自ら命を捨てて血路を切り開くことはできまい。別にただ生き延びたいだけならばそれでも構わないかもしれんが、軍というものは生き延びたい兵士よりも戦える兵士の方をより好む。覚えておくのだな」

「……そのお言葉、ありがたく頂戴いたします、大佐」


 僕はニデア大佐に答えた。その言葉をすべて肯定したいわけではないが、大佐の言うことにも一理あると考えたからだ。


「……礼には及ばん。私はただこの国が良くなるようにしたいだけだ」

「国が良くなるように……でありますか?」

「そうだ。昨日より今日を、今日よりも明日を良くしなければならん。絶えず向上していかねば、この国に将来はない」


 僕が怪訝けげんな声を上げると、大佐はきっぱりと言い切った。


「大佐の仰ることはよく分かりますが、我々軍人にこの国を良くするために何ができるのでしょうか?」

「何ができるかはそれぞれが決めればよい。戦うしかできないのなら全力で戦えばよい。肝心なのは向上しようとする意識を持つことだ。意識を高めさえすれば、行動は後からついてこよう」


 大佐は今までにないくらい饒舌じょうぜつに自説を語った。こういう時はやはり力が入るのかもしれない。

 しかし、大佐の表情そのものは変わらない。一通り語り終えると再び無機質な口調に戻った。


「……大佐?」

「私としたことがしゃべりすぎたようだ。軍曹、君は案外、人たらしなのだな」

「そんなことはないかと思いますが……」


 僕は淡々と言った。口振りから考えて一応は僕をめてくれたのだろうが、人たらしと呼ばれて喜ぶ人はあまり多くはないだろう。

 そこからはまたしばらくの無言。ニデア大佐は基本的には無駄なおしゃべりが好きではないのだろう。僕も無駄口を叩かずにおとなしく従っていた。



 やがて、廊下の突き当たりにある部屋の前でニデア大佐は立ち止まった。


「メトバ軍曹、ここで簡単な試験を行う。試験の内容はさほど難しくない。早ければ五分程度で終わるはずだ」

「一体どういう内容の試験なのですか?」

「入ればわかる」


 相変わらず試験の内容について大佐は詳細を語ろうとしない。しかし、ここまで来た以上は中に入らないわけにもいかない。僕は覚悟を決めて、ドアを開けて中に入った。

 ドアの中には数人の技術者と思しき白衣の男が何やら作業らしきことをやっている最中だった。そのうちの一人が僕のことに気付く。髪の毛はぼさぼさで無精ひげを生やした風采の上がらない男だった。


「おや、君は誰かな?」

「自分はナオキ・メトバ軍曹であります」

「ああ、メトバ軍曹ね。話はニデア大佐から聞いている。そこの椅子に座って待っていてくれ」


 男はぞんざいな口調でそう言い、無造作に椅子を指し示す。感じからして軍属ではなさそうだった。

 どうやらニデア大佐は中に入ってくるつもりはないらしい。仕方なく僕は男の指示に従って椅子に腰かけた。

 しばらくして、男はヘッドセットのようなものを手に取ってこちらにやってきた。


「お待たせして申し訳ない。それでは、これより君の試験を始めたいと思う。まずはこのヘッドセットをつけて欲しい」

「これですか」


 僕は男からそれを受け取った。一見するとWP操縦の時に用いる通信用のヘッドセットにも似ているが、全体から漂わせる雰囲気がどこか違っていた。

 その漂う不気味な雰囲気に僕は一瞬着けるのをためらったが、それを拒絶する明白な理由がないことに気付き、大人しくそれを装着することにした。


「よし、身に着けてくれたな。それでは今からしばらくの間リラックスしてそこで座っていてくれたまえ。何事もなければ数分で終わるのでね、何があっても大人しくしていてくれると助かるよ」


 男は僕を実験材料か何かのように扱うような慇懃いんぎんな口調でそう言うと、傍らに置かれていた何らかの機械を起動し始める。

 途端に、僕は異常を感じた。頭が微妙に重たく感じる。


「気分はどうかな、メトバ軍曹?」

「少々頭が重たく感じられますが、それ以外は」

「ほうほう、中々敏感な反応を示すな。ではこれはどうかな?」


 僕が何かを言う前に男は機械を操作した。

 頭に感じる圧迫感がさらに強まり、目の前がくらくらとしてくる。僕はその場に倒れこまないようにするので精一杯になった。


「う……あ……!」

「ほう、ステップ2をクリアしたか! 全く大佐の慧眼けいがんには恐れ入るな。では、これが最後だ」


 僕の現状には見向きもせずに男は再び機械を操作する。

 すると、今度は一転して圧迫感がどんどん薄れていく。僕は一瞬この『試験』が終わったのかと思ったが、すぐにそれが間違いだったことに気付いた。

 意識が、どんどん遠くなっていく。否、消えていく。


「え……な……?」


 僕は何か言葉を発しようとしたが、既に意味のある単語を思い浮かべることすら困難になっていた。


「ふむふむ……反応は……だ。これ……だいじょ……う。ご……」


 男の声が途切れ途切れに聞こえてくるが、僕にはもう彼が何を言っているのかさっぱりわからなくなっていた。

 もう少しで、意識が無くなる。

 そう思った瞬間、いきなり全てが元通りになった。

 意識が、視界が、聴覚が、一気に覚醒する。


「……っ!」


 僕は倒れる寸前だった体を慌てて起こして姿勢を整える。

「ほお、あの状態からこうも素早く復帰するとはな。想定をはるかに超える適性だ」

 背後から声が響き、僕が慌てて振り向くとそこにはいつの間にかニデア大佐が立っていた。


「た、大佐……!」

「ご苦労だったなメトバ軍曹。首尾はどうか?」

「上々ですよ。まだまだ検体は残っていますが、今までで一番の適性を持っていると思われますよ。彼は逸材ですね」


 ニデア大佐の言葉に男はとてもうれしそうな声で答えた。


「結構だ。それでは我々はこれで引き上げる。次の被験者が来るまで少し休んでいろ」

「了解いたしました」


 男はせわしなく、ぺこぺことうなずくと、他の同僚に声をかけて一服に入った。


「行くぞ、メトバ軍曹」

「は、はい……」


 ニデア大佐に促されて僕は慌てて、件のヘッドセットを脱ぎ捨て席を立ち、忌まわしい部屋から足早に立ち去った。

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