第40話

 ヤーバリーズから首都リヴェルナまでは、空路で約一時間半ほどの距離にあった。陸路ならば丸一日はかかるだろうか。

 フライトの間、僕とアレク隊長は二言三言くらい言葉を交わしたような気がするが、その会話の内容はあまり記憶にない。戦いでのそれとはまた違った緊張が僕の体と心を縛り付けていたからだ。

 隊長もまた僕と同じくらい緊張はしていたようで、会話している最中さいちゅうも顔は強張ったままだった。

 そんな風に一時間半を過ごし、僕らは首都リヴェルナに入った。



 首都リヴェルナにある軍用の飛行場に降り立った僕とアレク隊長は僕を呼び出した相手、ニデア・クォート大佐の出迎えを受けた。

 年齢はまもなく五十代に差し掛かろうかという感じだろうか。髪には白いものも混じっているが、僕たちを出迎えた際のキビキビとした身のこなしからは歳というものを全く感じさせなかった。

 その一方で、彫りの深い顔立ちと眼光からは圧倒的な威圧感を感じさせる。


「ご苦労だったな、アレクサンダー・ニーゼン中尉。それにナオキ・メトバ軍曹。私がリヴェルナ共和国軍、中央幕僚本部監察官のニデア・クォートだ。さっそくで済まないが、中央幕僚本部まで来てもらいたい」

「お出迎えありがとうございます大佐。しかし、随分と急ぎなのですね」

「貴官ら特務部隊の任務をこれ以上邪魔するのも心苦しいのでな」


 隊長が言った言葉にニデア大佐は真面目とも皮肉ともつかない言葉と調子で答えると、さっさと歩きだしてしまう。

 仕方なく、僕と隊長もその後について歩き出す。


「それで、これからはどうすれば良いのですか?」

「先程も話したが、まずは中央幕僚本部まで顔を出してもらいたい。そこでメトバ軍曹にはちょっとした試験を受けてもらう」

「試験……でありますか?」


 その言葉に僕は目をぱちぱちさせながら問い返した。


「そうだ。なに、そんなに身構えるような試験ではない。その試験の結果次第では翌日もここにいてもらうことになるかも知れないが、そうでなければ本日中にヤーバリーズに帰還してもらってもかまわん」

「自分にその試験がこなせるのでしょうか?」


 ニデア大佐のその言葉に、つい僕は不安そうな言葉を発してしまう。


「こなせる、と判断したからこそ首都リヴェルナまで呼んだのだ。仮に君が我々の求めるものを持っていなかったからと言って、君が責任を感じる必要もないのだしな。楽にしたまえ、軍曹」


 ニデア大佐は口ではそう言っているものの顔は一切笑っておらず、その目は鋭く光っている。僕は、暗に「あまり失望させるな」と言われているような錯覚を感じた。


「あまり軍曹にプレッシャーを与えるような言動は、控えて頂けると嬉しいのですが、大佐?」

「ニーゼン中尉、君が部下を案じる気持ちは理解できるが、あまり過保護過ぎるのも考え物だぞ。このくらいは涼しい顔で請け負ってもらわねばな」


 アレク隊長の言葉にニデア大佐は軽く口の端を吊り上げて答えた。アレク隊長の気遣いをあざ笑われているようで、僕はニデア大佐に軽く反感を覚えた。


「失礼しました、大佐。以後は心いたします」

「分かればいい。……そういえば貴官はリヴェルナ出身だったな、中尉?」

「はっ、十八歳までこの地で過ごしておりました」

「そうか。任務とはいえしばらく離れていた郷里きょうりだ。懐かしくもあろう。ナオキ軍曹が試験を受けている間は、のんびりと故郷を楽しんではどうかな?」


 明らかに本気ではない口振りでニデア大佐は言った。


「いえ、私はナオキ軍曹の上官です。部下が大佐や上層部の人間に粗相そそうをしでかさないように監督する責任があります」

「そうかね。まぁ自由にしたまえ」


 アレク隊長の答えにニデア大佐は全く歯牙にも掛けていないといった風に素っ気無く言葉を返した。マクリーン中将からも話は聞いていたが、想像以上に愛想のない、無機質な人間だと僕は思った。

 それからは誰も一言も話すこともなく僕たちは、軍の用意した車に乗り込み、中央幕僚本部へと向かった。




 初めて見る首都リヴェルナは整然としていた。街並みもそうだが、行きかう人も車もみな規則正しく動いているように感じられた。南部の街のようなどこか牧歌的な雰囲気や、ヤーバリーズのような圧倒的な人の熱気みたいなものとはまた違った印象だった。

 僕に言わせれば少々活気に欠ける印象もあるが、それでも首都の人々の規則正しい動き方は僕の目には新鮮に映った。こんな時でなければ、傍らのアレク隊長にあれこれと質問をぶつけていたことだろう。

 しかし、今はニデア大佐に連れられて中央幕僚本部へと向かう途中の車内である。僕は勿論のこと、隊長にもそんな能天気なことをしている余裕はどこにもなかった。




 リヴェルナ共和国軍中央幕僚本部は、首都リヴェルナの中心部、国防省の敷地内に置かれていた。

 整然とした街並みとはやや場違いに思える歩哨の兵士たちの横をすり抜けて僕たちは中央幕僚本部の建物へと到着した。

 建物の中へと歩みを進めた僕らは二階へ上がり、ある部屋の前でニデア大佐が立ち止まった。


「済まないがニーゼン中尉、貴官はこの部屋で待っていてもらおう」

「この部屋で? ナオキ軍曹は?」

「軍曹は別室で試験を受けてもらう。公平を期すため、貴官の立ち合いは認められない」


 ニデア大佐の言葉にアレク隊長は小さくうなずいた。


「なるほど、もっともな話です。では、自分はこちらで待機させていただきます」

「うむ、試験が終わるまでゆっくりしていたまえ」


 ニデア大佐はそっけなく応じた。

 アレク隊長は素直に室内へと入っていったが、その間際に本当に小さな声で「油断するなよ、軍曹」と僕に言った。

 僕はその言葉に小さくうなずいて返事の代わりにした。

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