第8話

 ヴェレンゲル基地のWPメインコントロールルームは格納庫とはちょうど反対側の位置にあった。普通に考えたら格納庫のすぐ近くにあってもおかしくないものだが、万が一敵の襲撃を受けた場合にWPの機体と機体の管制権限を同時に奪取されてしまうのを防ぐことを想定して、コントロールルームと格納庫は離れた位置に置かれていた。

 だが、その発想は考えうる最悪の形で間違いだったと証明されてしまう。

 基地を襲撃した敵はまず兵員宿舎と事務局に陽動を仕掛けて狙いをぼかし、不意を突かれた基地側の防御態勢が格納庫に偏った一瞬の隙を突いて、別動隊が防御の薄くなったコントロールルームのある建物を総攻撃して完全に制圧してしまったのだ。

 あとは格納庫にいる多数の兵員を、基地のWPを使ってするだけだった。


「やれやれ、上手く行きすぎて怖いくらいだぜ」


 メインコントロールルームで管制任務に当たっていた兵士を殺害してコントロールルームを乗っ取った男があざけるような口調でそう言った。

 彼らは服装こそ軍服ではなく普段着を着ているが、漂わせている雰囲気はどう見ても一般人のそれではなく、荒々しく危険な雰囲気をまとっていた。

 この部屋には他にも数人の男たちが、それぞれWPの遠隔操作を行うコンソールビットの中で01Wを操作している。


「おい、動きに変化はねぇだろうな!」

「今のところありませんぜ。もうあらかたっちまったんじゃないですか?」


 指揮官格らしき男の問いかけにコンソールビットの中にいる別の男が答えた。


「油断すんじゃねぇぞ。作業用WPは足元がお留守だからな」

「分かってますって、大丈夫でさぁ」


 男から威勢の良い返事を受け取って、指揮官格の男は部屋のメインヴィジョンに映し出された基地内の見取り図を見た。

 陽動部隊の方も的確にをこなしているようで、兵員宿舎や軍庁舎のほとんどの建物の制圧に成功したという連絡が入っている。一部の民間人が退避している建物とメインコントロールルームから見てもっとも遠い位置にある体育館にそれぞれ残存戦力が集まっているようであったが、それらは放置しておけばいい。基地に残されているWP-03Aさえ手に入ればこちらのものだ。

 指揮官格の男は頃合いとみて、座っていた席の傍らに置いてあったレシーバーを手に取った。だが、その時、コンソールビットにいた一人の男が声を上げた。




「へっ! こっちだぜうすのろ野郎が!」

「ジャック軍曹!あまり調子に乗らないでよ!」


 罵声を上げるジャックをサフィール曹長がたしなめる。

 ジャックと曹長は格納庫中央に密集している01W群から見て最も遠い部屋の右端に這って移動したあと立ち上がって敵の気を引いた。もちろん、陽動のためである。

 それにいち早く気が付いたと思われる01Wの一部が二人に向かって一直線に突進してくる。


「軍曹!」

「分かってますよ、曹長!」


 ジャックと曹長は互いに合図を交わすと二手に分かれてその場から離れた。


「!」


 どうやって二人を追撃するべきか、操縦者は一瞬迷って01Wの動きを止めてしまう。その間に二人は攻撃してきた01Wから離れた位置で合流する。原始的なやり方だが、効果的なかく乱戦術だった。


「……ったく面倒くさいったらありゃしねぇな。何で俺が陽動なんだよ!」

「ぼやかないの! すぐ次が来るわよ!」


 ぼやくジャックを鋭い声でサフィール曹長がたしなめる。

 先程とは別の01Wが二人に迫ってきていた。



 その時、アレク隊長と僕は二人で出入り口とは反対の位置にあるオペレーションルームのドアの前までどうにか辿り着いていた。


「ナオキ、二人の様子は?」

「まだ上手くやっています。ただ、いつまでたもてるかは……」

「他の人員も動いてくれればもうしばらくは保てるはずだ。こちらも急ぐぞ!」


 アレク隊長はそう言ってオートロックの掛かっているドアの脇にあるロック装置に拳銃を向けた。装置そのものを破壊して強引にドアを開ける目算である。

 目的はもちろん、中にある簡易型有線コンソールを入手して03Aを動かすことだ。

 そのための囮としてジャックとサフィール曹長が選ばれ、僕は隊長に従ってコンソールの入手役に回ったのである。


 バン! バン!


 隊長の拳銃が火を噴き、ロック装置に弾が直撃する。

 途端に、ロック装置から火が噴き出て非常用アラームが鳴り響く。


「上手く行くでしょうか?」

「上手く行かなければこちらがやられるだけだ」


 不安げな僕の言葉に、アレク隊長は淡々とした口調で答えた。

 しばらくして、ロック装置の火の粉が収まる。


「よし、これでいい。私がドアを開けるから、軍曹、君は後方を見張っていてくれ」

「了解!」

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