第7話

 それはまさに悪夢の光景だった。

 その場にあった全ての01Wが起動して無作為にその場にいた兵士たちを襲い始めたのだ。

 完全な不意打ちであったことに加え、僕たちが01Wの近くにいたことも事態を悪化させた。

 僕らは全員拳銃を持っていたが、拳銃程度の火力で止められるほど01Wは脆くないし、作業用で銃器を持ってないとはいえ01Wの馬力と装甲は人を殺めるのには十分な力を持っていた。

 周囲で血みどろの「虐殺」が繰り広げられる中、僕たち第一小隊のメンバーは、隊長の指示に従って懸命に地を這いながら格納庫の出口を目指していた。ひとまず退路を確保して安全を担保する、というのが隊長の指示だった。



 敵がどうやって01Wを操作しているのかは定かではないが、かなり大雑把な指示で動かしているらしく、「目の前に映っている人間」だけを手当たり次第に襲っているようだった。その証拠に起動直前にその場に伏せた僕たちのことは気にされている様子がない。


「隊長、本当にいいんですか? このままじゃ……」

「構わん! このまま我々までやられたら格納庫の状況を伝える人間がいなくなってしまう。それに今の我々の装備では01Wに勝てん!」


 逃げに徹しなければならない状況にたまらなくなったジャックがアレク隊長に意見しようとしたが、アレク隊長は言下にそれを退けた。


「ジャック軍曹、今はそんなことを言っている場合じゃないわ!」

「しかし、仲間たちを見捨てるわけにも!」

「見捨てるのではない。あとで救出するための布石だ!」


 ジャックとアレク隊長たちの言い争いをよそに僕は必死に体を動かしながら、違うことに頭を巡らせていた。



 敵は恐らく基地内にあるメインコントロールルームの遠隔操作権限を使って01Wを操作しているはずだ。ただ、基地内のコントロールルームの権限では昨日基地に搬入されたばかりの03Aは動かせない。03Aはこの基地に配備される予定がないからだ。僕たちが積み込み作業で有線型のコンソールを使って動かしていたのは、そういった事情も関係していた。

 だから、もし本当に敵が03A本体やその運用データを狙っているならば、誰かがこちらに来て格納庫のオペレーションルームで有線型コンソールを入手する必要性があるはずだ。今、こうやって格納庫内を01Wで蹂躙しているのも、恐らくはそのための布石なのだろう。

 しかし、と僕は思う。こうやってWPの最新の配備状況を完璧に把握し、WPの遠隔操作権限を奪取するだけの知識を持ち合わせ、なおかつ基地に襲撃を掛けることが出来るほどの敵勢力が、一体どこに潜んでいたのだろう、と。



 僕たちは何とか01Wの攻撃を受けずに格納庫の出入口付近まで到達できた。だが、格納庫内の状況は最悪で、01Wの攻撃を受けた多数の兵士たちが地に倒れ伏している。うめき声と血の匂いが内部に充満していた。

 かろうじて襲撃を回避できた生き残りたちは僕たちと同じように地に伏せて壁際で息を潜めている。作業用である01Wには機体の下部をチェックできるようなカメラやサーモセンサーは搭載されていないため、地面に伏せて動かなければそうそう攻撃される恐れはない。だが、01Wはまだ動作を止めておらず、しきりに頭部を旋回させて周囲を監視しているため、僕たちも含め誰も表立って動けずにいた。



「ちっ、なかなか神経質な野郎だぜ……!」


 ジャックが頭部の旋回を続けている01Wを見やりながら小声で毒づいた。


「どうしてもここに人がいると困るようね。となると……」

「うむ、敵は恐らくオペレーションルームにある有線型コンソールで03Aを動かすつもりだろう」


 サフィール曹長の言葉を引き継ぐように隊長が言った。曹長と隊長も僕と同じ結論に達したらしい。


「隊長、このまま待ちますか? おそらくこの出入り口から敵は来るでしょうし」

「ちょっと待ってくださいよ、曹長。敵が火器を持っている可能性だってあるんじゃないですか? 仮にそうなら、この位置だと敵と01Wの挟み撃ちになる可能性だってあるんですよ?」

「死中に活を求める、だったっけ? どのみち今の私たちは劣勢なんだからそれくらいしないとね」

「こんなところで犬死はイヤですよ俺」

「上手くやれば死なないで済むわよ。覚悟を決めなさい!」

「しかし……!」


 ジャックとサフィール曹長が言い争いをしている間、アレク隊長はじっと何事か思案を巡らせていた。


「隊長……?」


 僕は隊長に声を掛けた。


「ナオキ軍曹か……君は二人の意見をどう思う?」

「曹長のご意見は間違ってはいないと思います。勿論、敵が違う個所から侵入してくる可能性もありますけど、予測できない可能性を考えるよりはここで待ち伏せしている方が賢いでしょう」


「しかし、ジャックの意見もまた正しい。敵がこちらより重武装で来た場合、手持ちの火器が拳銃しかない我々は圧倒的な劣勢に立たされる。まして、背後に01Wがいる状態では思うように動けんだろう」


 アレク隊長の言葉に僕はうなずいた。隊長の言いたいことは何となくだけど理解できる。


「つまり、もっと分の良い作戦があると隊長は見ているんですね」

「ああ、待ち伏せも悪くはないんだが、能動的ではない。それにこのまま動かずに待っていたら敵の思うつぼだ。こちらから仕掛けなければな」

「でも、どうやって動くんです? 出来ることは限られますよ」

「敵がWPを使うのなら、こちらもWPを使うまでだ」


 隊長は大真面目な顔でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る