第6話
幸いなことに格納庫は僕たちがたどり着くまでの間、敵の攻撃を受けることはなかったようだった。次の搬出作業に向けての準備や訓練に当たっていた他の小隊も続々格納庫に駆け付け、機体の警備に
敵の狙いは何なのかまでは分からないが、搬出予定だったWP-03Aがまだ半数以上残っている状態であったから、格納庫が狙われていないというのは幸いな話だった。
ただし、敵の掃討にWPを使用することは許可されていない。WPが相手をするのはWPか他の機動兵器に限定され、生身の人間相手にWPを持ち出してはならないことが、今から10年ほど前に締結された国際機甲操兵条約で定められている。
そして、今のところ敵がWPやその他の兵器を持ち出したという話はない。
だから、僕たちは万が一の事態に備えて銃を構えてはいるが、WPを直接操作して戦うことはできない。
僕は銃を持ちながらも初めて味わう緊迫感に、震えを押さえるのがやっとだった。
僕の隣にいるジャックはやる気満々で恐れなどまるで感じていないようであったが。
一方、アレク隊長とサフィール曹長は何事かを話し込んでいるようだった。僕は緊張をごまかそうと二人の話に聞き耳を立てた。
「……隊長の考えでは、何かある、と?」
「ああ、何の策もなくこの基地を狙ってくるとは思えなくてね」
サフィール曹長の問いに、アレク隊長は深刻そうな声で応じた。
「……曹長は、敵の狙いについてどう考える?」
「そうですね、単純に考えれば新型WPの配備を阻止すること、あるいは奪取することにあるかと思います」
その答えに隊長は小さくうなずいたようだった。
「そうだな、曹長のその考え方は概ね正しいと思う。しかし……」
「それにしては敵の動きが雑ですね。真っ先にこの格納庫を狙ってきてもおかしくないはずなのに、敵は散発的な攻撃しか仕掛けていないようです」
「曹長もおかしいと思うだろう? 敵はおそらく、この基地に03Aがあるのを知っていて攻撃を仕掛けてきた。それなのに、敵はそんなことなど気にもかけていないように動いている」
「敵が実は全くそのことを知らないで攻撃を仕掛けている可能性は?」
「まずありえないな。それならこの基地を狙う必然性がない。それに偶発的に攻撃を仕掛けてきたのなら、こちらに全く誰も来ないなどということもないだろう」
「では、一体敵の狙いは……?」
「そうだな……どう思うナオキ軍曹?」
「え……?」
いきなり隊長から話を振られて僕は焦ったが、気が付くと周囲の視線が僕に集中している。こっそり話に聞き耳を立てていたつもりだったのに、周囲にはとっくにバレていたらしい。
「それでどうなんだよ、ナオキ。何か思い当たることはないのかよ?」
やはり話に聞き耳を立てていたらしいジャックが僕に聞いてくる。
「そう、ですね……」
僕は慎重に言葉を選びながら、隊長たちの話を聞いて思い浮かんだことを話し始める。
「敵の狙いが03Aなのは恐らく確実です。でも、何も略奪したり壊したりすることだけが目的とは限らないのではないですか?」
「というと……」
「ふむ、機動性や装甲の度合、火力などの運用データが狙い、か?」
サフィール曹長の言いかけた言葉をアレク隊長が続けた。
「でもよ、俺たちだってまだろくに動かしたことのない機体なんだぜ? データが狙いったって、データそのものが無えんじゃないのか?」
「ジャックの言う通りね。まだロールアウトしたばかりの新型のデータなんて取れるわけないじゃないの」
ジャックとサフィール曹長は口々にそう言ったが、僕は静かに首を振った。
「データを奪うことは出来なくても、作ることなら出来るんじゃないですか?」
「何を言っているの? 作るって、どうやってデータを……あ!」
曹長は言いかけて口を押えた。隊長は非常に厳しい表情で僕を見ている。
「つまり、ナオキ軍曹はこう言いたいわけだな。敵はこの基地にいる我々を実験台にして、03Aの運用データを入手するつもりだと!」
アレク隊長がそこまで言った時だった。
僕の目の前にあった作業用の旧型であるWP-01Wの頭部がゆっくりと旋回を始めた。
もちろん、僕はそんなことをしていない。それどころか、簡易操作用の有線コンソールの類は全て格納庫後方にあるオペレーションルームの中であり、ここにいる誰かに動かせるはずがない。
「いかん、全員急いでその場に伏せろ!」
それを察知したアレク隊長が今までに聞いたことのないほど焦りに満ちた声で絶叫した。状況を理解していた僕たちはすぐにその場に伏せることが出来たが、それを知らない他の小隊の隊員たちは対応がわずかに遅れてしまう。
そして、その後に待っていたのは、無機質な機械音と悲鳴と怒号だった。
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