【短編】完全反材

豊十香

【短編】完全反材

「犯人はお前だ!!!」


黒縁メガネをかけた20代の青年が、部屋に集められた9人の中から1人を指差してそう言った。


「はっ?何を言ってるんだ?俺が犯人?人をおちょくるのも大概にしろよ!!!証拠はあるのか?証拠はよ?」

指を差された30代の男が言い返す。


「証拠・・・か・・・?」


「ほらみろ!ないんじゃないか!散々人を疑っておきながら証拠なんて何もないんじゃないか!それでよく人のことを犯人だなんて言えたもんだな!ふざけてるのか?」

犯人(仮)となっている男は黒ブチ眼鏡の青年へ自信満々に言い返した。


「どれからがいい?」


「えっ?」


「だから、証拠はどれからがいい?」


「・・・えっ?えっ?ちょっと待って!あるの?証拠?」

犯人(仮)は急に大人しくなった。


「いや、あるというか・・・、ありすぎるというか・・・。」


「あ、ありすぎる?」

犯人(仮)は声が裏返った。


「そう!ありすぎるんだよな。証拠が!」


「は?はは?ははは?冗談だろ?俺を騙そうとして、ボロを出させようとして嘘をついているんだろ?」


「いや、嘘なんてつかないし・・・。逆に聞いていい?なんで自分が犯人じゃないって自信持ってるの?」

なかなかこの手の推理ショーでは効かない質問である。


「当たり前だろ!俺が疑われる要素なんて、はなから何もないんだからな!」

犯人(仮)は此処ぞとばかりに語気を強め黒ブチ眼鏡の青年に言い返した。


「いや、もう、被害者を背中から刺していたあのナイフにお前の指紋がめちゃくちゃついちゃってるから。」

もし、それが本当ならばもう犯人(仮)は犯人である。


「は?ははは!そんなはずはないだろ!俺は犯人ではないが、そいうのって必ず皮のグローブみたいなものをはめて、どこにも指紋を残さないように行うのが定石だ!これだけ手際の良い犯人がそんなミスを犯すはずがない!これは鮮やかすぎるほどの完全犯罪だ!そうだろ!違うか?」

犯人(仮)は遠回しに犯人のことを褒めているような言い回しで青年に食ってかかった。


「いやもう無理無理無理!無理・ザ・ワールド。時間止めても此処からじゃ無理!あなたの部屋から被害者の血がべっとりついたグローブが出てきたから!出てきたっていうか、もうグローブとナイフとフルフェイスのマスクが、テーブルの上にテレビのリモコンと一緒に並ぶようにして置いてあったから!あなた犯行に使った凶器とか全く処分してないでしょ?もう、完全犯罪ができた時点で満足しきって、その後がおろそかになってんのよ!ちゃんと処分して、そこまでして、はじめて完全犯罪だから!被害者の部屋を出たら終わりじゃないから!自分の使ったものを処分するまでが完全犯罪だから!そして、家に帰るまでが遠足だから。」

そう。家に帰るまでが遠足なのである。


「俺は知らない!罠だ!これは罠だ!誰かが俺を犯人にしようとしているんだ!俺の部屋に犯罪に使われたものがあったからって、俺を犯人と決めつけるのは推理として浅すぎるぞ!」


「いや、この皮の手袋だけど」

青年は透明なビニールに入った皮のグローブを犯人(仮)に見えるように突き出した。


「これ、オープンフィンガーグローブだから!!!!!!指全部出ちゃってるから!!!だから被害者の背中に刺さったままのナイフだけじゃなくて、そこらじゅうにいっぱい、ビックリするくらい指紋が残っているから!」


「オープンフィンガーグローブ駄目なのぉ〜〜〜!!!!!」


「ダメじゃ!!!ボケーーーーーー!!!ハンカチか何かで指紋を消すために拭き取った後とかあったけど、オープンフィンガーグローブのまま拭き取ってるから、そのつど指紋がついちゃってるから!意味ないから!ドアノブというドアノブ全部にあんたの指紋がついてるから!鑑識の人なんて"こんなに指紋が残っている現場は見たことがないよぉ〜★ウッヒョ〜♪"なんて言っちゃってたから!あの綿みたいなのポンポンポンポンあちこちしまくってたから!そりゃそうだよね?すればするほど指紋が出てくるんだから。どんどん面白くなってきちゃってテンションブチあげだったから!俺、テンションの高い鑑識さん見たの人生ではじめてだったから!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「それにさぁ!犯行の時はカーテンくらい閉めろ!外から丸見えなのこの部屋!今日土曜だぞ!ちょうど真正面に当たる向かいのホテルの屋上で、どこぞのカップルが結婚式の2次会開いてたんだぞ!これ見ろ!」

そう言うと青年は自分の携帯を犯人に見せた。


「その2次会に参加していた若者が、この部屋で映画の撮影していると勘違いして写メ撮ってインスタにアップしちゃってんの!」

黒ブチ眼鏡の青年が見せた携帯の画面には、2次会途中のパリピが向かいのビルからこの部屋の光景が映るようにピースをしながら自撮りした様子が収められていた。そしてそこには"全然知らねぇ役者が向かいのホテルで2時間サスペンスの撮影している。まじビビった!超〜感動!改めてケンジ&マサミ結婚おめでとう"というメッセージが添えられていた。そこに写っているこの部屋の様子というのは、ちょうど犯人が被害者を後ろからナイフで刺した瞬間であった。


「ほらこれ!拡大するとこの犯人の手!ほら見て!オープンフィンガーグローブしちゃってるじゃん!それにマスクしてるけど、それ以外、今のお前と全く同じ服着てるじゃん!せめてよ・・・、せめてもの話だけどよ、こういう時は黒とか着ようぜ!なんでベティちゃんのパーカー?目立ってしょうがないわ!」


「ベティちゃん駄目なのぉ〜〜〜!!!!!」


「ダメじゃ!!!ボケーーーーーー!!!ベティちゃんの服は良いよ!素晴らしい商品です。ただ、こういう時に着るもんじゃないんだよ!目立たないようにするもんなんだよ、こういう時は!それにさ、物取りの犯行に見せたかったのか何なのか知らないけれど、荒らされた形跡の作り方がおかしいのよ!何でお店みたいに畳んだまんま服とか床に出しちゃってんの?俺、最初被害者が倒れているの見た時、青山あたりにある斬新なコンセプトのアパレルに来たのかなって思ったもん!こういう時はさ、コップとかを割ったりとかして争った痕跡とかを残して、捜査を混乱させるんだよ。何これ?」

そういうと黒ブチ眼鏡の青年は事件当時の部屋の写真を犯人(仮)に見せた。


「これ、グラスがドミノでも始まるのかってくらいに綺麗に床に並べられてるから!いや、考えようによっちゃかなりイカれたサイコパスやろうって考え方もできるけど、どう見てもあんたの育ちの良さが出ちゃってるんだよ。散らかし方を知らないところが出ちゃってんだよ!この写真に写っている被害者の服、さっき男全員でお風呂入った時に見た、あんたの脱いだ服の畳み方と全く一緒だから!ここにいる男性全員覚えているから!あれかな?さっきの凶器を処分できないってうのも、物持ちの良さっからきてんのかん?・・・そんなのいらねぇからぁぁぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「それにさ、あの行きのバスの時のみんなに質問したあれは何?"もしだよ、もしだけど俺がツトム(今回の被害者)を殺してしまったら、みんなどうする?"って。せっかくみんなで楽しく"あつ森"の話してたのに、すっごい空気読まずにぶっ込んできたからここにいる全員覚えてんのよ。」

黒ブチ眼鏡の青年はたまりにたまったうっぷんを吐き出した。


「ククククク。ハハハハハハハ!!!だからどうした!!!え?そんな偶然が重なったくらいで俺を犯人にするつもりか?これだから探偵気取りは・・・。テレビや漫画の見すぎじゃないのか!そもそもこの部屋は密室だったんだぞ!このホテルはオートロックじゃない!鍵がないと入れない仕組みなんだ!だが、みんながこの部屋に入った時には鍵は被害者の側に落ちてたじゃないか!」

さっきまであんなに取り乱していた犯人は冷静さを取り戻し、強気な態度で打って出た。


「あんた置いていく鍵間違えてんのよ!自分の部屋の鍵を被害者の側に置いて帰っていったのよ!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

犯人は秒でまた取り乱した。


「もうこれほぼ自白じゃん!それにさっきから密室、密室言ってるけれど、この部屋そもそも鍵かかってなかったから!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「わかんないけど、多分あんた、この部屋の鍵を使って一旦外に出て、ドアに鍵をかけてテグスか何かで被害者のところまで鍵を持っていく、みたいなトリック使ったんでしょ?でも、全然鍵掛かってないから!あなた疑われるのを恐れてみんなが被害者の部屋に集まっている中、1番最後に来たよね?だから知らなかったんだろうけど、この部屋密室でもなんでもなかったから!!!最後一回ガチャンって確認しようぜ部屋出るときには!念には念を入れようぜ!」


「・・・・・・・・・・・・・・。」

犯人(仮)いいや犯人は何も言葉が出てこなかった。


「なぁ、お兄さん。今何時か知ってる?」

黒ブチ眼鏡の青年は唐突な質問をした。


「夜の8:30です。」


「今日は何曜日だっけ?」


「土曜日です。」


「早ぇぇぇよ!!!捕まるのが早ぇぇぇって!事件起きたの夜7:00だよ!ついさっきだよ!まだ1時間30分しか経ってないんだよ!そりゃそうだよね!被害者を見つけてからずっとノンストップで次から次へと色んな証拠が出てくるんだから!落ち着く間もなく事件解決に向かうよね?"ミヤネ屋"より早く終わってんだってこの事件。ギネス級だわ!!!小学校の給食費盗んだやつでも、もうちょっと粘ると思うわ!それにさぁ・・・。」

黒ブチ眼鏡の青年は最後に重大なことを言いたそうな雰囲気を醸し出しながら言葉を含んだ。


「被害者死んでねぇから!!!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「あんたは後ろから刺して、大量の血が噴き出したから殺した気でいたんだろうが、実際は被害者の背中にできていた大きなニキビに刺さってニキビが潰れただけだから!!!」


「ニキビが潰れただけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「さすがに痛みは相当なのがあって、俺たちが見つけた時には気絶していたみたいだけど、さっき起きて、自分で救急車呼んで病院に行ったから!"なんか体が軽くなりました。彼にありがとうと伝えてください"なんて伝言まで預かってるから!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「だからあんたは犯罪どころか人助けしちゃってるから!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「完全犯罪とは全く逆のことしちゃってるから!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「でも、銃刀法違反として逮捕するから。」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


ガチャンガチャン。


駆けつけた警察官によって犯人の手には手錠がかけられた。連行されていく犯人はどこか晴れやかな表情をして、最後に黒ブチ眼鏡の青年に言った。


「悪かったな。俺のせいではじめての"お泊まりスペランカーオフ会"がこんなことになっちまって。本当なら今頃、9人で眠くなるまでスペランカータイムアタックをやってた頃だったのにな。・・・それにしても、さすがは探偵さんだな!他の仲間からよく、このオフ会に探偵やっている人がいるって聞いていたんだが、ここまでしてやられるとはな。でも、おかげで目が覚めたよ。罪を償って、俺ももう一度真面目な人生を歩もうと思う。それじゃあな。黒ブチ眼鏡の名探偵さん。」

そういうと犯人は背中越しに"じゃあね"と言わんばかりの手を挙げた。


「おいっ!」

そんな犯人を黒ブチ眼鏡の青年が呼び止めた。


クルリ。


振り向いた犯人。


「俺探偵じゃねぇからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「探偵はそこのソファで爆睡している人だからぁぁぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「俺はただのモブだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「今回の役回りは8人で話し合って、じゃんけんで決めただけだからぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「8人全員、あんたが犯人だってわかってたからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「日曜解散のお泊まりオフ会で土曜に捕まってんじゃねぇぇぇぇ!!!

みんな今日どんな気持ちで寝りゃいいんだよぉぉぉ!!!

ってか、こんなんで寝れるかぁぁぁ!!!」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


その日の夜は、みんな全く眠れずにとことんスペランカーをプレイした。そんなこんなをしていると病院からツトム(今回の被害者もどき)が帰ってきた。


「いやぁ〜、ただいまぁ〜!!!本当に助かったわ!!!ちょうど手の届かないところにびっくりするくらい大きなニキビができてたからさ!!!なんかナイフの刺さり方も良かったみたいでさ。かなり血とかは出たんだけど、もう完全回復!!!本当にあいつには感謝だよ!!!体が軽い軽い!!!」


「・・・・・・・・・。」


「ん?なんだお前ら今日は徹夜か?頑張れよ!!!せっかくの初お泊まりオフ会だけど俺は今めちゃくちゃ眠いから、もう寝るわ!!!今夜は爆睡だぜ!!!じゃあな!!おやすみ。」


「・・・・・・・・・。」


この時、8人は思った。

「殺してやる」と。

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