冒険譚と旅行記


 星野道夫「旅をする木」を読んだ。

 国語の教科書でサケが川を登っていく話(だったか?)を書いていた人くらいしか印象がなかったのだが、この本を読んで以降まるきり認識を改めることになった。

 この人は根っからの冒険家で――それでいて文才まで備わっている。冒険譚(特に野性味あふれる世界を舞台にする)を書くことがあれば、まずは著書をコンプリートして雰囲気、書き方をひたすら参考にさせてもらうことになるだろう。


「旅をする木」を簡単に要約するなら「極地(アラスカが主)における生活、風景、調査活動をまとめたエッセイ集」ということになる。長いものでも20ページ程度、大体は5~6ページといったところで、その中で知人との会話、氷河の描写、過去の伝記、温かいカリブーのスープなどが登場する。

 何が良いかって「この人楽しそうだなあ」ということが文章の節々から伝わってくることだ。例えば「早春」という一章では、クマの行動範囲を調べる為に発信機を取り換えに行くシーンがある。冬眠中(かつ、麻酔を使用する)ではあるが、目覚めたら悲惨な事態になることは間違いない。その中で、筆者は眠るクマの身体を撫で、体毛の一本一本の感覚を確かめる。掌を口に当てて呼吸を感じたり、指を口の中に入れたりもする。

 見方によっては命知らずの行為であるのだが、彼はその行動によってクマの強い生命力を感じ取り、歓喜の雄たけびを上げそうになっている。新しい春が近づいていることを伝えてこの話は終わる。

 読み終わって自分も気づかされるわけだ――ああ、これが冒険なのだろうなと。危険を冒すと書いて「冒険」なのだ。安心や確実が欲しいのだったら、そもそも極地に出向く必要がない。現に筆者は学生時代に一人でアメリカに出向いている。海外旅行が今ほど手軽でなかった時代に「前もって決めていた」のである。未知に向かって進むことがこの人のさがなのだ。


 大自然の描写もそうだが、現地の住人とのやり取りも温かみが感じられてよい。なんだろう「ちょうど良い」のだ。自然(野生動物)の力強さも、文明(人)のありがたみも、どちらかに寄りすぎることがない。

 バランス感覚というか、冒険を積み重ねて公平な視点を手に入れているのか。

「何万年、何億年単位の星や自然の歴史と比べると、人類はまだ若輩者なのかもしれないけど、それでも決して少なくはない積み重ねの上にあるよね」というメッセージが含まれている気がする。個人的にだが。

 この作品のおすすめの章は、筆者の過去を描いた「アラスカとの出合い」「十六歳のとき」、極地にいることを端的に示した「夜間飛行」、そして「あとがき」「作品解説」である。


 未知の世界を書きたいのなら、まずは自分自身が未知を学ばなくてはならない。

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