黒いシミ


 小説のジャンルの中でホラーが一番好きである。

 ホラーというのは特異な立ち位置にある。読者を嫌な気分にする。これが許されるばかりではなく、「嫌な気分になってもらう」ことが目的なのだから。

 恐怖の主体が人間の心にせよ、化け物の姿にせよ、不快にせよ、驚愕にせよ、(感動するホラーという例外を抜きにして)堂々とえぐい描写を書けるのはホラーの特権である。

(まったく関係のない話だが、ホラー小説の構成能力は「欠損」をどれだけ想定して書けるかで測れる気がする。例えばクモの八本の足のうち一本を切り落としたら、どんな動きになるか……これを調べたり、想像したりで如何にリアルに再現できるか。「もし~の設定があったら」という意味ではSFにも当てはまるかもしれない。主観的にはSFは+α、ホラーは-αのイメージだ)


 ホラー小説を作ることの醍醐味は、読んだ人の記憶に「黒いシミ」を残すことだ。トラウマとまで呼んでもらえれば、ホラー冥利につきる。

 けれども、時代の流れによって、それもなかなか難しくなっているか。黒いシミは一人で抱え込むことで増大し、その印象を強めていくものだが、今や「一人で読む」なんてことは、酔狂な人がやることだ。黒いシミが成長する前にシェア……要するにオススメされて(して)しまう。

 オススメされることは、売れ行きという意味ではメリットなのだが、恐怖という面では大きな問題だ。主観的な感情を客観的な見方で覗かれると、途端にちっぽけになってしまう。


 ホラーはある意味娯楽の分野ではあるのだが、少なくとも見た(読んだ)個人については、娯楽だと悟らせたくはない。なるべく真剣に見つめてもらって、印象に残り続けてほしい……「これを見てから、肉が食べられなくなりました」なんてコメントが出てきてほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る