叫びたい


……終電を逃したらしい。


 歩いて帰ることも出来るが、明日も仕事はあるし、決して近くでもない。

 雲行きも随分と悪い。というより、数時間前まで激しい雨風がオフィスの窓に叩きつけられていた覚えがある。

 げんなりだ。

 こうなってしまった理由を振り返ると、よりげんなりする羽目になる。

 自分の段取りの悪さ、他人の段取りの悪さ、排他的な雰囲気。開き直り、押し付け、その他諸々の不愉快な取り決め。

 叫びたい。怒りや悲しみとは関係なしに。納得出来ないから叫ぶのではなく、叫ぶことで納得しておきたいのだ。


 こんな状態でしか書けない文章があると信じて、今こうして書いている。目が覚めたらきっと大半は忘れてしまうだろう。前回の悪夢とそう変わりはしない。

 屁と一緒だ。屁の臭いを人はずっと記憶することは出来ない。一過性であるし、何よりも屁の臭いは死体の臭いと違って、予想が出来る。予想が出来ないときに人はまごつく。屁の臭いは生の臭いだ。


 叫び声をあげるでも、屁をこくでも、何でも良いが、この不納得の状態をどうしたものか。頑張った自分へのご褒美でも買ってみようか。ハーゲンダッツでもマカデミアナッツでも、自分が普段口にしないもの、「価値は分かっているが、意識が向かなかったもの」を買ってみようか。

 そうすれば、納得できるだろうか。だけれども、職場環境を変えない限りは、毎日ご褒美を買わなければ納得させられなくなるのは自明だ。

 些細な欲求や仕草がエスカレートしていく展開というのは、ホラーではよくある手法だが、自分自身の体でそれを実践するというのは、興味はあれど、今やるべきことでもないか。



 結局……歩いて帰ることにした。

 風こそ吹いていたが、雨は降っていなかったし、一日中座りっぱなしのまま振り回されていたので、何となく体を動かしたかったのもある。

 土砂降りになるのを恐れつつ、お守り代わりの折り畳み傘を握りしめる。

 自分の意思を体感できるのはこんなときくらいだと、半ば自嘲気味に帰路を歩く。

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