主人公との別れ


 成長要素のある物語において、醍醐味だと思っているところは「主人公との別れ」である。

 実際の離別イベントを指しているわけではない。横を歩いていた気心の知れた友人が、前へと進んで、遂には見えなくなるような、そんな感じ。言い換えるなら「巣立ち」だったり「卒業」なのだろう。

 作品の初めから終わりまで、主人公が全く変わらない作品は珍しい。何らかの目的を持っているのなら、それを達成するために主人公は努力をすることになる。それを読者は共感、同情、あるいは応援しつつも読み進めていくことになる。

 目的は様々だ。強大な敵を倒すのかもしれないし、深遠な境地に辿り着くのかもしれない、憧れの誰かに認めてもらうのかもしれない。

 紆余曲折を経て、彼(彼女)は目的を果たすのだろう――成長の証を手に掲げて。


 そしてその時、読者であるこちらは、複雑な感情を胸中に抱くことになる。念願は叶った。追いかけてきた甲斐があった。主人公には様々な感情を持って接してきた。ある時は同調し、ある時は反発もした。そんな彼が遂にゴールにたどり着いたのだ。喜ばしいことである。

 けれども、同時に胸には静かな痛みが残る。もう彼(彼女)は手の届かないところへ行ってしまった。笑顔を浮かべて前を走っていき、いずれ、地平線に消えていくのだろう……

 やむを得ないことなのだ。主人公が成長するように、読者も成長出来るかと言えば、必ずそうはいかない。ずっと隣を並走出来るわけではない。そもそも同じ道である保証もない。いつか違う道へと離れることもある。


 時間がたったある日、ふと、一緒にいた時のことを思い出すことがある。

 振り返って読んでみても、当時のように喜べるわけでもない。いわばアルバムを見ているようなものだからだ。(その逆も然りだ。当時はいまいちだと思っていたものについて、想定外の評価点を見つけることもある)

「別の道にいても、それなりに頑張っているよ」と、ぽつりと呟いてみて、口の中に残った空気を確かめる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る