第16話 すき焼きと相談

 その日の夕方。


「これ、何が入ってるんだろう?」

「さぁ……?」


 場所は、リビング。

 愛斗あいと黒羽くろはの視線の先には、つい先程届いた少し小さいサイズのダンボール箱があった。


 送り主の欄を見ると、どうやら母さんが送ってきた物のようだ。


 ちなみに菜乃はダンスのレッスンがあるため、今、ここにはいない。


 ………………。


 ふと放課後のことが頭に浮かんだ。


 菜乃が何を考えているのか、理解するにはまだ時間がかかりそうだな。


 ……って、今はそれよりよりも。


「ま、まぁ、それも開けてみればわかるだろ」

「うん。そうだね」


 俺は、リビングにある棚からカッターを持ってくると、貼ってあるガムテープを切っていった。


「よし、じゃあ開けるぞ」


 そう言って、黒羽が見守る中、ゆっくりとダンボールの蓋を開けた。すると、


「! こっ……これは――」




 それから、二時間後。


 ダンスレッスンを終え帰って来た菜乃を入れた三人の視線は、ダイニングテーブルの真ん中にある鍋に向けられていた。


「それじゃあ、入れるよ」

「ああ」「うん」


 真剣な顔で返事をする俺と菜乃。


 黒羽はそれを聞くと、手に持った菜箸で……牛肉の一切れを鍋に入れた。


 鍋の中には、すでに焼き色のついたネギが入っていた。それから、肉にも焼き色がついたところで、事前に作っておいた割り下をまわしかける。後は、鍋を弱火にしてから、用意してある焼き豆腐や白菜などの具材を入れて煮込めば完成だ。


 そう。この日の夕食、それは…………すき焼きだ。


 夕方に送られてきたダンボールの中に入っていたのは、高級ブランド牛の肩ロースだった。ちなみに後で調べてみると、どうやらこの肉は予約が殺到するほど人気で、今から予約すると軽く四年待ちらしい。


『………………』


 俺たちが卵を溶いていると、鍋の中から聞こえてくるグツグツと美味しそうな音が食欲をそそる。


 ……ゴクリ。


 どこからか喉を鳴らす音が聞こえた。


 ふとそちらに目を向けると、黒羽が箸で卵を溶きながら鍋の中にある肉をじっーと見ていた。


 そんなこんなで、いつもとは違う特別な夕食の幕が上がった。


「それじゃあ……」


 黒羽の合図で手を合わせる。


「「「いただきます」」」


 と言った瞬間、


 ――――――――。


 くっ!!


 三つの箸が、真っ直ぐと肉に向かって放たれた。そして、


「ヨッシャャャャー!!」


 コンマ数秒の差で、俺の箸が肉を掴んだ。


「あー君、早いよ~」

「さ、さすがお兄……じゃなかった。や、やるわね」


 ……そこまで言ったなら、もう素直にお兄ちゃんって呼んでくれよ。まぁ、それより今は……。


 俺は、箸で掴んだ肉を溶いた卵に付けると、二人に見せつけるように口に運んだ。


 噛めば噛むほど口の中に肉の旨味が広がる。


美味うめぇ〜……」


「………………」

「………………」


 そんな俺を、黒羽はネギ、菜乃は焼き豆腐を食べながらじーっと見ていた。

 二人には悪いが、これはすき焼きという名の戦い。一瞬の隙が命取りになるのだ。


 そんなことを考えていると、次の戦いが始まった。


「あっ、二人とも! あそこに変なUFOが!?」

「え、なになにUFO!?」

「UFO?」


 と、菜乃が指をさした方を見るために、俺と黒羽が鍋から目を離した時、


「ふふふっ。隙ありー!」


 菜乃は迷うことなく箸で肉を掴んだ。


「ああぁぁぁー!!」


 すると、それに気付いた黒羽が大声を上げた。


「菜乃~」

「えへへ♪ まだまだだねっ、お姉ちゃん♪」

「むぅー……」


 それから、この楽しい夕食は、しばらく続いたのだった。




「「「ごちそうさまでした!」」」




 それから、一時間後。


 ふと甘いものが食べたくなった俺は、リビングソファーにいた二人に声をかけた。


「これからちょっとコンビニに行くけど、何かいるか?」

「今から行くの?」

「ああ、何だか急に甘いものが食べたくなってな」

「そうなんだ。なら、私も行くー!」


 そう言って黒羽は、元気な声を上げてソファーから立ち上がった。


「えへへ♪」


 黒羽は一緒に付いて来るから、買うものは向こうで選ぶとして……。

 と頭の中で考えながら、今もソファーに座っている菜乃に顔を向けた。


 えっと……。


 菜乃は、ドラマを食い入るような目で恋愛ドラマを見ていた。これは琢磨から聞いた話だが、このドラマは特に女子に人気が高く、話の展開が予測できないこともあって、女子達の間でトレンドになっているらしい。


「ああ……菜乃は、何か買ってきて欲しいものはあるか?」


 恐る恐る尋ねると、


「……チョコのアイスが食べたい」

「そっか、わかったよ」


 ドラマに集中しているから話が聞こえていないと思いきや、意外と返事は早かった。


 そして、出かける準備を済ませると、俺と黒羽はリビングを後にした。




 コンビニでアイスとジュースを買い終え、俺と黒羽は帰り道を並んで歩いていた。時間が遅いこともあって、夜は昼とは違いシーンっとした静けさがあった。


「はぁ……」

「どうしたの、あー君?」


 ふとため息を洩らしていると、黒羽は不思議な顔でこちらを見てきた。


「いや、その……」

「何か悩みごとがあるのなら、私、相談に乗るよ?」

「……」


 一瞬、話そうか迷ったけど、黒羽なら何かを知っていると思い、思い切って相談することにした。


「……実は、菜乃のことについてなんだけどさ」

「菜乃?」

「ああ。再会してからというもの、菜乃が何を考えているのか、よくわからないんだ……」

「菜乃が、何を考えているのか、か……」

「……」



 ――――――――。



 少しの沈黙の後、ふと黒羽が口を開けた。


「……ふふっ」


 黒羽は何を思ったのか、突然、口に手を当てて微笑んだ。


「?」

「あー君は、難しいことを考えすぎなんだよ」

「え?」

「ふふっ。元気出してよ、あー君。ほら、マンションが見えてきたよ」


 と言う黒羽の視線の先には、俺たちが住んでいるマンションがあった。


「ほら、行こっ! 菜乃が待ってるよ」


 そう言って、黒羽は俺の前に立つと、満面の笑みを浮かべた。


「……ああ、そうだな」


 だが、俺の中では、黒羽が言った言葉の意味がわからないでいた。


 要するに、もっとフラットになって考えればいいってことなのか……?


 黒羽の顔を見るに、何が原因なのかは気付いているようだけど。


「はぁ……。女の子ってほんとわかんねぇ……」



 口からこぼれた呟きは、夜の静寂に溶け込んでいったのだった――。

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