第15話 情報屋の綺羅

 それは、ある日の放課後のことだった。




「なぁ、愛斗。この後暇だし、ゲーセンにでも行かねー?」


 カバンに荷物を入れていると、琢磨が声をかけてきた。


「今日はパス。悪いな」

「マジかよ……。どうしよっかな」


 琢磨には悪いが、今日はどうしても寄るところがあるので、誘いを断ることにした。


「最近、お前ノリ悪いぞー」

「そうか……?」

「ああ」


 真っ正面からノリが悪いと言われたのは、生まれて初めてだった。


「はははっ……あ」


 ふと顔を向けた先には、いつもの光景があった。

 これじゃあ、ゲーセンに行けたもんじゃないな。


「なぁ、琢磨」

「ん? なんだよ」

「あれ」

「……あれ?」


 俺が指差した廊下に視線を向けると、琢磨は目を大きく見開いた。

 そこには、琢磨が教室から出てくるのを待つ、女子の群れ。


 ……おつかれ、琢磨。


「……あ、愛斗。誘うのは、また今度にするわ」

「おう」

「じゃ、じゃあな!」


 そう言い残すと、琢磨は教室の前の方の扉から廊下へと出て行った。

 もちろん、女子達がその様子を見逃すことはなく――。


 ……まぁ、取り敢えず、これでよしっかな。


 そう心の中で呟きながら、俺はカバンを持つと、小走りで教室を出た。


 一方、その頃。


「あー君、一緒に……って、あれ?」


 黒羽は、さっきまで隣の席にいた愛斗に話しかけようとしたが、そこにはすでに彼の姿はなかった。


「……あ」


 そこで教室を見渡していると、教室を急いで出て行くところを見つけた。


(どうしたんだろう……?)


 お腹が空いたのかな? それともどこか怪我でもしたのかな? でも、それなら授業が終わったタイミングで保健室に行くだろうし。


(うーん……。よしっ!)


 ほんの一瞬考えても答えが見つからなかった黒羽は、こっそり愛斗の後を追った。




 愛斗は廊下を進むと、目的地である教室の前にやって来た。


 ふと顔を上げた先にあったのは、『新聞部』と書かれたネームプレート。

 そう。愛斗がやって来たのは新聞部の部室だ。だが、部室に来たからといって、別に所属しているわけではない。ここには、もっと別の理由でやって来たのだ。


「失礼します」


 手で扉をコンコンとノックしてから、新聞部の部室に入った。


 じ――――っ。


 その様子を、黒羽は物陰に隠れながら観察していた。

 そして、愛斗が扉を開けて教室に入ったのを確認すると、物陰から出て教室の前にやって来た。


「……新聞部?」


 愛斗と同様、教室のネームプレートに視線を向ける。


 どうして、あー君がここに?


 頭に浮かんだ疑問の結論を出すよりも先に、黒羽はノックしてから扉を開けた。


「失礼しまーす」


 教室の中に入ると、真ん中の大きなテーブルを囲うようにして、棚に積んだ状態の新聞や本が置かれていた。そして、黒羽の瞳はテーブルの奥に向けられる。


 そこには、愛斗ともう一人、大人の雰囲気を漂わせる女性の姿があった。


「あの、それで例の件についてなんですけど――んん?」


 一方、愛斗はというと、扉をノックする音と馴染みのある声に気づいた。


「――く、黒羽……?」


 女性は、驚いた顔をしている愛斗に尋ねた。


「なんだ? 君の知り合いか?」

「知り合いというか、何というか……」


 今、部室に入って来た女の子は幼なじみです。と言えば話は早いだろう。だが、予期せぬ事が起きた時、人は無力になるということを思い知らされる。

 それに、ここに来た理由を知られるわけにはいかないのだ。


「黒羽、どうしてお前がここに……?」

「えへへ。あー君がすっごい慌てた顔をしていたから、何かあったのかなって思って」


 と、いつもと変わらない笑顔で答えた。


「そ、そうか……」


 心配してくれた事が嬉しかった反面、この状況をどうしようかと考えを巡らせていると、


「おやおやー? これは、また面白そうな情報が手に入りそうだな」


 二人の様子を見て、謎の女性は不敵な笑みを浮かべた。


 あの表情、まさか……。


「ふふっ、まぁいい。折角来てくれたんだ。君の話も聞きたいし、そこの席に座るといい」

「あ、はい。それじゃあ、お言葉に甘えて」


 そう言って、黒羽は俺の隣の席に腰を下ろす。


「えへへっ♪」

「……」


 俺は小さく息を吐くと、こっちをずっと見ている人物に顔を向けた。


「あの……ちょっといいですか?」

「ん? なんだ」


 と言って顔を近付けてきたので、小声で呟いた。


『あの……。出来れば、あの事は内緒でお願いします』

『あの事? ああ、そういうことか』

『はい……』

『ふふふっ。私を誰だと思っている。大丈夫だ。任せてくれ』


 どうやら、俺の言いたい事は伝わったようだ。取り敢えず、これで一安心かな。


 話を終えて顔を離すと、黒羽が不思議な顔でこっちを見てきた。


「待たせてすまなかったな。えーっと……」

「高等部1年の式神黒羽です!」

「? その名前……あっ、思い出した。確かこの前、1年に凄く可愛い女の子が転校してきたという話を聞いたことがある」


 黒羽を見て何かを思い出したのか、納得した表情を浮かべる。


「……あっ、そういえば、まだ自己紹介をしてなかったね」


 そう言って背筋を伸ばすと、黒羽と目を合わせる。


 整った顔立ち、そして黒羽と同じ艶のあるロングヘアーの黒髪。


「私は、高等部3年の一ノ瀬綺羅いちのせきらだ。この新聞部の部長をしている」


 一ノ瀬綺羅。この学園で彼女の名前を知らない者はいない。何故なら、彼女はその圧倒的な情報収集能力で、この学園のほぼ全ての情報を掌握していると言われているからだ。


 その力は絶大で、学生だけに止まらず、教師、事務職員、食堂のおばちゃんといった様々な人たちの情報を持っていると言われている。


 そんな敵なしの彼女は、いつしか裏でこう呼ばれるようになった――。



『情報屋の綺羅』……と。



 綺羅先輩自身は、この二つ名を気に入っているらしい。


 まぁ、今の話だけを聞くと怖いイメージはあるけど、実は、綺羅先輩は自分が持っている力で、学生達から寄せられる依頼を引き受けていたりする。


 依頼の内容までは、流石に教えてはくれないけど。


 ここだけの話、俺もその一人だったりする。


「へぇー。とってもきれいな名前ですね♪」

「え……。あ、ありがとう」


 どうやら、名前を褒められて嬉しかったのか、頬が少し赤く染まっていた。


 一見、落ち着いた雰囲気を感じるけど、実際に話してみると、年頃の女の子のような一面を見せてくれる時がある。


 これを俗にギャップ萌えって言うのかな。


「……あ」

「ん?」

「そういえば、あー君って、どうしてここに来たの?」

「え……。そ、それは……」


 何とかこの場を切り抜けようとしていたところなのに……。ああ……もう、どうしたらいいんだ。


「なるほどね……ふふふっ」


 俺達を見て、綺羅先輩は含みのある笑みを浮かべていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る