第14話 天然メイドと小悪魔メイド
とある休日の朝。
目をこすりながらベッドから起き上がると、
枕元の目覚まし時計の針は、五時を指している。どうやら、いつも起きる時間より三十分早く起きてしまったようだ。
「ふわぁ~……」
小さな口から可愛いあくびがこぼれる。
早寝早起きは、清潔な肌を保つ上でとても重要だ。特に、人前に出る職業のアイドルになろうとしているのだから、人一倍気を遣っている。
しかし、今の私には自分の肌の状態を気にする余裕はなかった。
何故なら……
「はぁ…………」
自然と口からため息がこぼれる。
……どうして私、あんなことを……。
それは昨日、学校からの下校中の時まで
私とお兄ちゃんは、放課後に起きたハプニングを終えて、帰り道の歩道を歩いていた。
隣を見れば、お兄ちゃんがいる。
七年ぶりとはいえ、またこうやって一緒に歩けることがとても嬉しかった。
本当なら、この機会にもっといろんな話をしたかったけど、私は、さっきの光景で頭が一杯だった。
それは、教室に入って来た教師から隠れるために、二人でカーテンの裏に隠れた時の事だ。
………………。
そこでお兄ちゃんをドキドキさせるところまでは、ほとんど私の計算通りだった。
――あの人が渡り廊下を歩いていなければ……。
あの時、菜乃は気付いてしまった。白衣を着た女性を見つめる愛斗の眼差しが、黒羽や自分を見る時とは違っていたことを――。
その時の事が頭から離れなかった私は、ついお兄ちゃんに尋ねてしまった。
「お兄ちゃんはさ……」
「ん?」
「今……好きな人って、いる?」
気が付いた時には、すでに遅かった。
「え? どうして、お前がそんなこと聞いて来るんだよ?」
急に尋ねてきた私に、お兄ちゃんは不思議そうな顔で聞き返した。
「え、えーっと……な、何となく聞いてみたかっただけ!」
お兄ちゃんからの視線を感じて、珍しくテンパってしまう。
「好きな人か……」
と呟きながら、お兄ちゃんは何か考え事を始めた。
(やっぱり……)
その時のお兄ちゃんの顔を見て、恐らく今、頭の中で思い浮かべている人物は、あの白衣を着た女性だろうとすぐにわかった。
しかし、結局、お兄ちゃんは誰が好きなのかを教えてはくれなかった――。
………………。
この時の事が、今でも心に残っていた。
(このままじゃ……私は、あの人達に勝てない……!)
その時、ふと菜乃はある事を思いついたのだった。
その日の午後。
お昼ごはんを食べ終えた私は、ソファーに座って、キッチンで食器を洗っているお姉ちゃんを待った。
理由は、ただ一つ。
………………。
緊張しているせいか、雑誌の内容が全く頭に入ってこない。
(落ち着け……落ち着くんだ、私……!)
と心の中で呟きながら待っていると、キッチンからお姉ちゃんが出てきた。どうやら、食器を洗い終えたようだ。
いつもと変わらずメイド服姿のお姉ちゃんは、私がじっと見ていたことに気づいたのか、不思議な顔でこっちを見てきた。
「どうしたの、菜乃?」
「……お姉ちゃん、ちょっといい?」
「え、うん」
そう言ってお姉ちゃんはコクンと頷いた。
…………よし。
一方、その頃、愛斗は自室のベッドに寝転がって天井を眺めていた。
天井をじーっと見ていると、ふと何かの模様に見えるこの現象は何だろう。
キリンにも見えるし、マグロにも……見えなくはないな。
えーっと……あれは……。
本当は、まだ途中までしか進んでいないゲームをしようと思ったが、今は充電中なのですることができないでいた。SNSをチェックしようにも、スマホはリビングに置いてきてしまったし。
そんなこんなで、この状況にいたっている。
………………。
すると、突然、リビングの方から楽しそうな声が聞こえてきた。
……何してんだ、二人とも。
最近は、菜乃もこっちの部屋で過ごすようになった。だからなのか、リビングには菜乃の私物らしきファッション雑誌やお菓子が置きっぱなしになっていた。
もちろん、寝る時は自分の部屋に戻っている。
それから、二人には決して言えないが、最近部屋から男の一人暮らしにしてはいい匂いがするようになった。
女子特有の甘い香りってやつなのか。
(……取り敢えず、行ってみるか)
ふと気になった俺は、部屋を出てリビングに向かった。
リビングの扉を開けて中に入ると、
「あー君!」
楽しそうな笑みを浮かべている黒羽が、俺の目の前にやってきた。だが、俺の目は、メイド服を着たもう一人の少女へと向けられる。
「――菜乃!? どうしたんだよ、その格好……」
メイド服姿の菜乃は、俺を見て目を丸くした。恐らく、俺が入って来るのが予想外だったのだろう。
「……」
菜乃が着ているメイド服は、メイド喫茶などでよく見られるタイプのものだった。丈が短めで白いフリフリが付いたスカート。そして、そのスカートと白のニーソが生み出す絶対領域の太ももが眩しく輝いていた。
このメイド服は、黒羽が着ているところを何度か見たことがある。
「やっぱり、私が思っていた通りだよ! 菜乃、可愛い~!」
黒羽が言うように、確かに菜乃のメイド服姿はよく似合っていた。
もっと正確に言うと……とても可愛かった。
ちなみに当の本人は、顔を真っ赤にして俯いているけど。
「お、お兄……じゃなかった。ど、どう? これ……」
と言って裾を摘まんだ菜乃は、上目遣いでこっちを見てくる。
「……え? まぁ……似合ってると思うぞ」
……てか、今のは流石に反則だよな。
「……そっか」
返ってきた言葉は、意外とあっさりとしていた。けど、言い終えた後の表情は、とても嬉しそうに見える。
菜乃のまだ幼さの残る顔が、独特の色っぽさを醸し出していた。
ふと菜乃が中学生であることを忘れそうになる。
三國家のリビングに二人のメイド。それも美人姉妹。
「ねぇ、菜乃。一緒に写真撮ろう♪」
「え」
そう言って、黒羽はポケットからスマホを取り出すと、菜乃の腕を引いて慣れた手付きでツーショットの自撮りを始めた。
さすが、現役の女子高生は器用にスマホを使いこなすな……。
という俺も、一応現役の高校生なんだけど、この差は一体何なのだろう。
そんな先の見えないことを考えている間も、二人は色々な角度で写真を撮っていた。
「あ、あの……」
「よーし! じゃあ次は、こっちのメイド服を――」
「――ちょっとストーップ!」
リビングの床に置いてあった箱から、別のメイド服を取り出そうとした黒羽を、慌てて止めた。
「? どうしたの、そんな大きな声を出して?」
「あ、あのなぁ……」
ここで黒羽にどう返答しようかと考えたけど、さすがに居場所がなくて気まずいなんて言えないし。
はぁ……。
「……俺が聞きたいのは、どうして、菜乃があの格好をしているかって事だよ」
「ああぁー、それはね。実は菜乃が、メイドの仕事について教えて欲しいって頼んできたの」
「……あの、菜乃が?」
「うん。だから教える代わりに、菜乃にメイド服を着てもらったんだ♪」
と黒羽は屈託のない笑顔で言った。
へぇー。そうなのか……。
チラッ。
まだ恥ずかしそうにしている菜乃の顔を見た。すると、
「……な、なに?」
「いや、何でも……」
菜乃にはすぐに気付かれてしまった。
えーっと……。
そんなことをしていると、黒羽が満足そうな顔でスマホをポケットに仕舞った。
「写真も撮れたし! じゃあ、
「う、うん」
黒羽が言うと、菜乃はコクンと頷く。
かくして、天然メイドによる授業の幕が開かれた。
どうなることやら……。
俺は少し興味があったので二人の後を追った――。
その日の夜。
「菜乃のやつ、今日は一体何だったんだろう……」
俺は湯船に浸かると、さっき起きた出来事を振り返っていた。
あの後、黒羽は、菜乃に普段している家事の事についての説明をしていた。当の本人である菜乃も、その話を必死にメモしていた。
それは、夕食の時も続いていて――。
今日の晩ごはんは、メイドにちなんでなのか、オムライスだった。
メイドになった菜乃は、オムライスにケチャップでメッセージを書いていく。
『萌え萌えキュン♥』
と言って両手でハートマークを作っていた。
ちなみにオムライスには、可愛い文字で『♡LOVE♡』と書かれていた。
後から来た話では、どうやら、黒羽がメイド喫茶のようなことを菜乃に頼んだらしい。
最初は抵抗していた菜乃も、何だかんだ言って楽しそうだったし――
「失礼しまーす♥」
「ん?」
…………え?
突然、浴室の扉が開くと、明るい声が聞こえた。
俺は、扉の方へと視線を向けた。
「――な、菜乃……!? な、何でお前がここに入ってくるんだよ……っ!」
そこにいたのは、さっきと同じメイド服を着た菜乃だった。
菜乃は扉を閉めると、楽しそうな笑顔でこっちを見てくる。
「えへへっ♥ せっかくだから、お兄ちゃんのお背中を流そうかなって思って♥ これもメイドの仕事でしょ?」
「し、仕事……!?」
……そんな仕事、俺は知らないぞ。
菜乃が引っ越して来てから、この家で一緒に過ごす時間は増えたけど、流石に浴室の中に二人だけというのは、もちろん初めてだった。すると、菜乃がゆっくりと近づいて来る。
「まあまあ、落ち着いて。――ご主人様♥」
「これが落ち着いていられるか!? それと、俺はご主人様じゃなーい!」
俺の大きな声が、浴室に響き渡る。
その姿を見た菜乃は、特に気にする様子もなく浴室の棚に視線を向けた。
「ふふふっ。お兄ちゃん。そこにあるスポンジで私が――」
「――!? そ、それはダメ――」
菜乃を慌てて止めようとした時、閉まっていた筈の浴室の扉が開いた。
今、浴室には俺と菜乃の二人がいる。
ということは、つまり――
「ふんふんふ~ん♪ って、あれ? 二人とも、そこで何してるのー?」
上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた黒羽は、俺と菜乃を見つけると、キョトンとした表情を浮かべた。
………………。
そんなことよりも、俺の目は別のところに向けられていた。
「くっ……黒羽……」
何故なら、今、黒羽は生まれたままの姿だったからだ。
俺が黒羽の整った容姿に見惚れていると、
「お、お姉ちゃん!? 流石に裸はまずいよ!!」
「え?」
裸の黒羽は、顔を真っ赤にした菜乃に手を引かれて浴室を出て行った。
俺の目は、扉が閉められるまで黒羽へと向けられた。
…………黒羽って、意外と着痩せするタイプだったんだ――。
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