第27話 天然メイドの笑顔
(……全く眠れないんだが……)
チラッとリビングの時計を見ると、もうすぐ日付が変わる時間になっていた。本当なら、これから元気になる時間なのだが、唐突な緊張に襲われていた。
今の状況はというと、先生、俺、
それにしても、ぎゅうぎゅうだな……。
布団の数が足りないこともあって、隣の人の肩と自分の肩が完全に当たっていたのだ。
………………。
嫌でもドキッドキッと心臓が高鳴っているのがわかる。それもそのはず、すぐ隣には、気持ちよさそうに眠っている先生がいた。
寝る場所が決まった時の慌てていた姿が、嘘のようだ。
部屋の電気が消えて暗くなっても、その綺麗に整った顔立ちはハッキリと見える。
それにしても、
(ち、近い……)
隣同士で寝ているのだから、顔が近いのは無理もない。だが、それが先生となると話が変わってくる。
………………。
外からは、未だに雨と雷の音が聞こえていた。それもあってか、先生は今、俺のシャツの袖をぎゅっと掴んでいた。
眠っていても、怖いものは怖いのだ。
と思いつつ、いざトイレに行きたくなった時にどうしようかと考えていた時、
「ねぇねぇ、あー君。起きてる?」
「……起きてるぞ」
そう言って横を見ると、向こうも丁度こっちを見たようで、お互いに目が合った。
「えへへ」
「な、なんだよ」
黒羽は俺の顔を見るなり、眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。
「ほら、小さい頃、よく一緒にお泊りしてたなって……」
「ああぁ。そういえば、そうだったな」
俺と黒羽は、よくお互いの家にお泊りをすることがあった。
両親の仕事が忙しくて家に帰って来られない時は、黒羽の家に泊まったり、またその逆もあったりした。ちなみに、菜乃もよく一緒にお泊まりをしていたのだけ、その頃の菜乃は、ママが居ないと言ってよく大泣きしていたっけ。
今では、その全てが懐かしく思う。
「……懐かしいね」
「そうだな。ふっ」
「? 急に笑ってどうしたの?」
「いや、確か今みたいな時にトイレに一人で行けないからって、黒羽によく起こされてたことを思い出してさ」
「!! もう、あー君のいじわる」
黒羽は頬を膨らませて言った。その様子が頬を膨らませた時のリスに見えて、なんとも可愛らしい。
「ふぅ~ん。あー君がその気なら、こっちだって!」
「……え?」
「……ふふっ。あー君の小さい頃のヒミツ」
「ヒミツ?」
はてぇ、小さい頃のヒミツ? うーん……。
小さい頃の自分が何をしていたのかを思い出していったけど、これといってヒミツにするようなことは何もなかった。すると、
「えへへ。それじゃあ言うね! あー君は小さい頃、お泊りをした時はいつもお――」
「――ちょっと待ったぁぁぁぁあー!!」
「!! しーっ。そんな大きな声を出したら、二人とも起きちゃうよ?」
「あ……。そ、そうだな」
黒羽に注意され二人を見ると、目を瞑ってぐっすりと眠っていた。
ふぅ……。って、黒羽のやつ、どうしてあの事を知ってるんだよ!
『あの事』とは、まぁ小さい頃なら誰でも一度は経験したことがあるだろう。……たぶん。
そんなことを考えていると、外でピッカーンと光ったと思った、次の瞬間、『ゴロゴロ……』と大きな雷が鳴った。
相変わらず天気は悪いようで、さっきスマホで天気予報を調べてみると、夜の間はこの状態がずっと続くらしい。
「……まだ、鳴ってるみたいだな」
「そうだねー。先生は大丈夫かな?」
そう言って黒羽は起き上がると、俺の隣で眠っている先生の顔を覗いた。
「ぐっすり眠っているみたいだし、大丈夫だろ」
「ふふっ。そうだね」
と言って黒羽は再び布団に横になった。
実は、少し喉が渇いたのでキッチンに行きたいのだけど、シャツを掴まれていることもあって、下手に身動きが取れないでいた。
でも、雷を怖がっていたあの先生が気持ちよさそうに眠っているのに、それを起こすのは流石にやめておいた方がいいと思ったのだ。
……仕方ないか。
それから数十分が経ち、段々、瞼が重たくなって来たところで、突然シャツが引っ張られる感覚があった。それも、先生が掴んでいるのとは反対側の袖。
きゅっ。
(ん……?)
ふと横を見ると、黒羽がプルプルと震えながら俺のシャツの裾をぎゅっと掴んでいた。
「? どうしたんだ、黒羽?」
気になって尋ねてみたが、黒羽は俺と目を合わせようとはしない。さらに返事が来ないので、どうしたものか。
いつもの彼女らしくない姿を目の当たりにして、何を言えばいいのか言葉に詰まってしまう。
………………。
そんな硬直した時間が十分過ぎたところで、思い切って黒羽に尋ねた。
「……黒羽、お前もしかして、雷が苦手だったのか?」
すると、
「………えへへ」
笑顔を作るのが精一杯だったのか、黒羽はどこかぎこちない笑みを浮かべた。
――――――――。
それから、静寂がリビングを包み込む。
――俺は、一体どうすれば……。
頭の中はこれでいっぱいだった。
(……何か、黒羽を安心させる方法はないのか……?)
悩んだ末に、俺はある事を思い出した。それは、小さい頃、黒羽が落ち込んでいた時にいつも俺がやっていたこと。
………………。
よしよし。
俺は、俯いている黒羽の頭をゆっくりと撫でた。
「!」
すると、急に頭を撫でられてびっくりしたのか、顔を上げた黒羽と目が合った。
「あー君……?」
困惑した顔でこちらを見る黒羽。
「……すっかり忘れてたよ。実は黒羽が、雷が苦手だったってこと」
「…………」
小さい頃の黒羽は、天気が悪い日にお泊りがあると、さっきのように俺が着ているシャツの袖をぎゅっと掴んでいた。
七年という年月の中で、雷に慣れることはできなかったのだろう。しかし、怖いものは怖いのだ。これは、先生と同じ。
おそらく黒羽は、自分が怖がると先生を余計に不安にさせてしまうと思って、怖いのを我慢していたのだ。
なんとも、黒羽らしいと言える。
………………。
そんな事を考えていると、さっきと違って黒羽の表情が少し和らいでいるように見えた。
「……大丈夫か?」
「うん。けど……」
「? けど?」
「……もう少しだけ、このままがいい」
「え」
驚きのあまり、口から素っ頓狂な声がこぼれる。
こ、これは……!? もしかしたら、俺の左手には、不思議な力が宿っているのかもしれない!!
――厨二病乙。
すると、黒羽は俺の顔をじーっと見てきた。
……ああ、ゴホン。
兎にも角にも、黒羽の顔から不安の色が消え始めたことはとても嬉しい。というより、安心した。
――――――――。
それから、チラリと時計見ると、三十分近くが経っていた。
黒羽を安心させようとする一方で、彼女のツヤのある黒髪を、いつまでも撫でていたいと思ってしまっていたのだった。
触り心地が良すぎるんだよな……。
と思いつつも、流石に手が疲れてきたので撫でるのをやめた。
「あっ」
「? どうしたんだ?」
「……な、なんでもないよ〜」
と言うなり、黒羽は俺から顔を逸らす。だが、一瞬、頬が赤く染まっていたような……。
……何がなんだか、さっぱりわからん。
「…………」
当の黒羽は、急に俺が何も言わなくなったことが気になったのか、こちらに視線を向けた。
……やっぱり、顔が赤くなってるよな。
電気が消えて部屋が真っ暗でも、顔が完熟したトマトのように真っ赤だということはわかった。
すると、
「……お、おやすみ! あー君」
「え、ああ、おやすみ」
いつものような元気な声で言った黒羽は、身体ごと反対の方に向いた。背中越しでは、顔を見ることはできない。
……ふっ。おやすみ、黒羽。
そうして、俺と黒羽は眠りについたのだった。
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