第26話 パジャマとメイドと
「………………」
俺は、部屋に戻ってパジャマに着替え終えると、部屋の中をぐるぐると回りながらリビングでの事を思い出していた。
……。
…………。
………………。
「――んん?
「……」
「ど、どうしたんだ、菜乃? 急に何を言うかと思――」
「――それいいねぇ♪ 私、菜乃の提案に賛成~!」
「え」
「……はい?」
「えへへっ♪ 先生ともっとお話がしたいなぁ♪」
「式神さん……」
「えへへ」
「……ありがとう。でも、それは流石に…」
「えっ、ダメ、なんですか?」
「うっ……」
「ダメ、ですか?」
「――はぁ、わかったわ」
「やったー!」
「……はい?」
………………。
…………。
……。
と、まぁこんな事があったとさ。
それからというもの、俺たちはパジャマに着替えるために、一度それぞれの部屋に戻ったのだった。
ちなみに、先生はパジャマに着替えるついでに、乾燥機にかけておいた自分の服を持ってくるとのことだ。
しかし、今はそれよりも――。
(菜乃の奴、一体何を考えてるんだ……?)
そう。それはさっき菜乃が提案した、先生を一晩この家に泊めることについてだ。
最初は何を言っているのか分からず、つい首を傾げてしまっていたが、今になって冷静に考えてみると、この提案が普通ではないことはすぐにわかった。
だが、勝手に話が進んだこともあって、言う事ができなかったことが一つある。
それは、
――わざわざこの家に泊めなくても、黒羽たちの家に泊めてもらえばいいのではないかと――。
あの時、菜乃が言った、みんなで一緒に寝れば雷も怖くないという理論は、わからなくはない。けれど、やっぱり男の俺が居るより、女同士だけの方が先生も安心すると思ったのだ。
……いや、待てよ。
(これってよく考えてみたら、このままいけば城野先生と一緒に寝るってことだよな)
………………って、いかんいかん!!
ふと頭の中に浮かんだ邪念を振り払うように、首を横に振った。その時、
――コンコン。
「!?」
突然扉をノックする音に思わずビクッとしてしまった。
誰だ……?
「あー君、私だよー」
聞き慣れた明るい元気な声。
この声は……黒羽か。てか、もう着替えてきたのか、早いな。
そんなことを考えながら、扉をガチャリと開けた。
「はーい。……おぉ」
口から感嘆の声がこぼれる。
………………。
俺の目は、
……可愛い。
ぱっとこの言葉が浮かんだ。
黒羽のパジャマ姿を見るのは、意外と初めてだった。今まで寝る時間になったらお互いに自分の部屋に戻っていたので、相手のパジャマ姿を見ることがなかったのだ。
こっちの部屋に来る時の黒羽の服装といえば、いつも着ているメイド服や制服、後は普段着くらいだった。
「………………」
すると、俺がパジャマをじーっと見ていることに気づいた黒羽が、不思議な顔でこちらを見てきた。
「? どうしたの?」
「あ、いや、その……」
えぇーっと……。
「黒羽、あのだな……」
「うん」
「えっと~………あ。お、俺に何か用でもあったのか?」
つい言葉を誤魔化してしまった。一瞬、『可愛い』と言おうか迷ったけど、流石にそれを言う勇気は俺にはなかった。
こういうところなんだろうな、モテる人との差は……。
「えへへ。こっちはもうみんな着替えてきたから、呼びに来たの」
「そうだったのか」
「うん♪ ほら、二人も待ってるし、早く行こっ♪」
満面の笑みを浮かべる黒羽を連れて、俺はリビングに向かった。
リビングに入ると、
「あ、二人とも」
そこには、ソファーに座ってスマホを耳に当てている先生の姿があった。先生は一度こっちを振り返って見てから、すぐに電話を再開した。
……おぉ。
先生のパジャマは、左胸に小さなポケットがある白のTシャツと青のショートパンツだった。元々スタイルが良いこともあって、脚はすらっと長く、ショートパンツから覗く弾力のありそうな艶かしい太ももに、思わず見惚れてしまいそうになる。
………………。
そして、
――おぉ~……。
先生が電話をしている間、俺の目は先生が着ているTシャツ……正確には、これでもかと強調している胸部へと向けられていた。
まるで『どうだ』と言わんばかりの大きな膨らみ。それが、Tシャツによってぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
どうやら黒羽から借りたシャツらしく、正直、目のやり場に困る光景だった。すると、
「……!」
不思議な顔で黒羽がこちらを見ていた。
「………………」
黒羽からの視線を感じながら、ゆっくりと視線を逸らす。
もう少しだけ目の前の光景を見ていたかったけど、これ以上は止めておいた方がいいだろう。
――今日だけは、雷と雨に感謝しないとな。
そんな事を考えていると、
(……誰と電話してるんだ?)
ふと、電話の相手が誰なのか気になった。だが、それを聞くのは流石に良くないと思い、電話が終わるのを待った。すると、
「あっ、菜乃」
ガチャリと扉の開く音が聞こえて振り返ると、トイレに行っていた菜乃が戻ってきた。
――へぇー……。
と思わず口から声がこぼれる。
これまた意外な事に、菜乃のパジャマ姿を見るのは初めてだった。
菜乃は見るからにサイズの違う大きなグレーのTシャツを着ていて、彼女の特徴でもある華奢な生足を際立たせていた。
だがここで、ふとある意味重要な疑問が頭に浮かんだ。
……流石にあの下って、履いてるんだよな?
ただ見えないだけで、ショートパンツみたいなのを履いている筈だ。……多分。
…………って、俺は、何を考えているんだ!
とこの疑問を解くために思考を凝らしていると、一緒にいた黒羽が菜乃と入れ替わるようにトイレに行ってしまった。それによってリビングには、俺と菜乃、そして今も電話をしている先生が残った。
それはつまり……
「………………」
「………………」
まぁ、こうなるよな。
さっきの問題もまだ解決していないという状況で、まさか二人きりになるとは。
「……なに?」
「え!? いや、何も……」
頭の中で考えを巡らせていると、菜乃がジト目でこちらを見てきた。
流石に、時折チラチラと見ていたら、気づくのも無理はない。
………………。
そういえば、菜乃は大人びているように見えて、まだ中学生なんだよな。
菜乃の鋭い視線を一身に浴びながら考えていると、
「待たせちゃってごめんねー。今、丁度母が家に来ていたから、一晩だけミクのお世話をお願いしていたの」
ソファーの方から電話を終えた先生が声をかけてきた。
先生、タイミング良すぎ。……あ、そうだ。
そこで俺は、この雰囲気を変えるべく、気になっていた事を先生に尋ねた。
「せ、先生のお母さんって、どんな人なんですか?」
「え? う〜ん……」
すると先生は、なにか言いにくそうな気まずい表情を浮かべた。
?
俺と菜乃は、黙ったままその様子を見つめる。
「そうだな……。一言で表すなら、厳格かな」
「厳格ってことは、それじゃあ、とても厳しかったんですか?」
「……まぁ、そうね。学校のテストでいい点を取っても、あまり褒められたことなかったし」
「へぇー」
これまた意外な返答だった。
先生のような誰にも優しい娘さんを育てた人だから、てっきり温厚な人だと思ってたんだけど。
「……」
ふと横を見ると、隣にいた菜乃が先生の顔をじーっと見ていた。
「どうしたんだ、菜乃?」
「……」
「?」
その後、トイレから戻ってきた黒羽を入れた四人で、寝る準備を始めた。
俺と黒羽が押入れから布団を持ってくると、菜乃と先生がローテーブルを
それは、布団は来客用の二人分しかなかったことだ。
――ということはつまり……。
「……そ、それじゃあ、俺は自分のベッドで――」
と言って扉の方へと体を向けた時、
「――え? 今日は、みんなで一緒に寝るって決めたよね?」
菜乃は真っ直ぐな目で俺の顔を見てきた。
「……はい、そうでした」
真っ直ぐな視線に耐えることができないまま、すぐに引き下がった。
「えーっと……菜乃さん?」
「……なに」
「い、いえ、何でもない……です」
ああ〜怖ぇ。
と菜乃に気付かれないように心の中で呟く。
「ごめんね、三國君」
「そ、そんな、謝らないで下さいよ」
外では、まだ激しい大粒の雨と雷の音が鳴り響いていた。このタイミングで先生を帰らせるのは、さっきの反応でもわかるように、ここに居てもらった方がいいだろう。
「それじゃあ、誰がどこに寝るか決めよう~!」
黒羽の元気な声を皮切りに、四人で話をした結果――。
「どうして……こうなった?」
なんと、黒羽と城野先生に挟まれる形で寝ることになったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます