第25話 菜乃の提案

 それからというもの、一向に雨が止む気配がないまま、気付けば夕食の時間。


 黒羽くろはの提案で、今日の夕食は先生も一緒に食べるということになったのだけど。

 城野じょうの先生は、その提案を受けようか迷っていた。


「う~ん……」

「先生、ダメ……ですか?」

「うっ……。も、もぉ、わかったわ!」

「やったー!」


 と黒羽の天使な誘惑に負けて、今日の夕食は先生も一緒に食べることが決定したのだった。




「――んっ! この生姜焼き美味しい!」


 先生は、皿に盛られた生姜焼きを美味しそうに頬張ると、一緒に盛り付けてあったキャベツの千切りに、生姜焼きのタレとマヨネーズをたっぷり付けて、口に運んだ。


 あれ、美味いんだよな。先生、わかってるー。


「ふふっ。ねぇ、先生。その生姜焼き作ったの、誰だと思う?」

「え?」


 突然の問いに、一瞬困惑した表情を浮かべた先生は、俺たち三人の顔を順番に見ていく。


 ………………。


「あの……それ作ったの、俺です」


 それを聞いて、先生と目が合う。


「え、この生姜焼き、三國君が作ったの?」

「まぁ……はい」


 先生の視線を真っ直ぐ浴びながら、ぎこちない動きで頷く。


「凄いじゃない! とっても美味しいわよ、この生姜焼き。三國君、料理上手だね」

「! きょっ、恐縮です」


 なんだろう、急に恥ずかしくなってきたんだけど。まさか、自分の料理を憧れの人が食べてくれて、ましてや『美味しい』なんて言われたら…………料理、頑張ってよかったぁ。


 嬉しさのあまり、つい頬が緩んでしまう。


「……」


 そんな愛斗を、菜乃なのはじっと見ていたのだった。




 夕食を食べ終えた俺たちは、リビングにあるテレビを前にして対戦ゲームをしていた。


「やったー! 私の勝ちー♪」

「式神さん、ちょっと強すぎじゃないっ⁉︎」

「えへへ。ゲームは得意なんです」


 二人のあまりにも白熱した光景に、思わずぽかんとすることしかできない。

 黒羽がこういう対戦系のゲームが得意だったのは知ってたけど、まさか先生も得意だったとは。


 ……いい情報を手に入れたな。


 ちなみに、俺はこのゲームで一度も黒羽に勝ったことがない。なので、基本的に俺と菜乃は見る側に回っていた。


「……」


 菜乃は、ソファーに並んで座っている俺の顔を、時々チラチラと見てくる。


「……どうしたんだ、菜乃?」

「……何でもない」

「何でもないってことはないだろ」

「……」


 すると、菜乃はプイッと顔を逸らした。


 はぁ……。


 と口の中で小さなため息を洩らしていると、またこちらをチラッと見てきた。その表情は、さっきとは全く違う真剣なもので――


「お……お兄ちゃん」

「ん?」


 菜乃は、二人に聞こえないように小さな声で呟いた。そして、俺の腕を掴むと、ダイニングテーブルの方へと連れてこられた。


「なんだよ、急に」

「お兄ちゃん、あのさ……」


 と菜乃が真っ直ぐな瞳で何かを言おうとした時、


「んっ〜! こんなに熱くなった試合久しぶりよー。式神さん、ゲームの才能あるんじゃない?」

「えぇ、そうかなぁー」


 リビングの方から、先生と黒羽の楽しそうな声が聞こえた。それから菜乃に視線を戻すと、彼女は顔を俯かせていた。


「……やっぱりいいや。ごめんね」


 そう言い残して、菜乃はソファーの方に戻っていった。


 ………………。


 その時の菜乃の背中からは、どこか寂しさを感じた。


「――なんだったんだ、一体……?」


 その後、先生と交代して黒羽の相手をすることになったのだけど、一瞬でボコボコにされた。


 ……いや、黒羽強すぎな。


「先生、次いいですよ……」


 と言って持っていたコントローラーを先生に渡そうとした時、




 ――――ピシャアッ!!! ゴロゴロ……。




 突然、外で雷の大きな音が鳴った。


 うわ、すげぇ……。今、絶対近くに落ちたよな。


「キャャャャー!!」


 先生の絶叫に近い声がリビング中に響き渡った。


「!? せ、先生……!?」


 余程びっくりしたのか、隣にいた俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。それによって、腕に気持ちの良い感触が……。


(む、胸が当たって……)


 ……――――ドキッドキッ。


 頭の中は、この圧倒的な弾力のことでいっぱいになっていた。


 意外と先生にも弱点があったんだな。


「………………」

「………………」


 黒羽と菜乃の視線が、俺と先生に集まる。


「……あ」


 少し落ち着いたのか、先生は俺を見て顔を真っ赤に染めた。


「ご、ごめんなさい!! 私ったら、雷の音でびっくりしちゃって、それで……」


 そう言って、慌てて俺の腕から離れた。ちょっとだけ、勿体ないと思ったことは内緒だ。


「い、いえ、俺は大丈夫ですよ」


「はぁ……。この中で私が一番年上なのに……恥ずかしい――」


 ――ゴロゴロ……。


「ひぃー!?」


 続いて鳴った雷の音に驚いた先生は、手で耳を塞いだ。

 もう、雷が落ちる音より先生がびっくりした時の声の方がびっくりする。


「うぅ〜……」

「先生、大丈夫?」

「だ、だ、大丈夫よ、式神さん。ははははは……」


黒羽は、プルプルと震えている先生の背中を優しくさすっていた。まるで、怖がっている子供を慰める母親のように見える。


 ………………。


 ふと窓を見ると、外ではまだ雷の轟音が鳴り響いていたのだった。




 それから、雷が収まったことにほっとしたのか、先生はソファーの背もたれにもたれかかった。


「ふぅ……。ありがとう、式神さん。おかげで少し落ち着いたわ」

「えへへ。先生は、雷が苦手なんですか?」

「え、ま、まぁね。昔から、雷の音だけはどうしても慣れなくてね」


 と言った先生は、リビングにある時計に視線を向けた。


「あら、もうこんな時間なの」


 時計の針は、夜の十時を指していた。ゲームが盛り上がったり、雷が収まるのを待っている間に、時間は過ぎていったようだ。


「式神さん。ちょっと、家を開けてもらえないかな」

「家ですか?」

「うん。もうこんな時間だし、そろそろ帰ろうかなって」

「えぇー。先生、もう帰っちゃうの?」

「まぁ、今なら雷も落ち着いているし、乾燥機にかけてた服も、もう乾いていると思うから」

「そっか……」


 しょんぼりとした顔で俯く黒羽。


「ごめんね。でも、今日はありがとう。とても楽しかったわ」



 と言って先生は、俺たちの顔を順番に見ていくと、先生は黒羽を連れてリビングを出ようとした。


 その時、




「――待ってください」




 透き通った声がリビングに響く。

 俺と黒羽と先生は、声の主に視線を向けた。


「……な、菜乃ちゃん?」


 少し驚いた顔の先生が呟くと、外でピカンッと一瞬光った。その後、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。すると、それを聞いた先生がさっきと同じように手で耳を塞いだ。


「……ねぇ、先生。雷が怖いなら、一人だけじゃない方がいいですよね」

「え? それはまぁ、そうだけど」


 菜乃……?


 俺には、菜乃が何を考えているのか分からなかった。それは、黒羽も先生も同じ。


「……城野先生。一つ提案があるんですけど」


 そう言った時の菜乃の表情は、真剣そのものだった。


 すると、次の瞬間。


 菜乃の口から、予想外の言葉が告げられた。




「……ねぇ、先生。今日、みんなで一緒にこの部屋に泊まっていきませんか?」

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