第24話 愛斗と三人のメイド

「先生……」


 玄関に向かった愛斗あいとの目の前にいたのは、メイド服姿の城野じょうの先生だった。


 先生が着ているメイド服は、ついこの前、黒羽くろはが着ていたのと同じもので、俺が言うのもなんだがとてもよく似合っていた。


 メイド服を着る大人の女性。それも、まさかあの城野先生のメイド服姿を拝めるなんて。


 ………………。


 自分の心臓がドキッドキッと高鳴っているのがわかる。


 それにしても……


(どうして、先生が黒羽たちと……それに、何でメイド服を着ているんだ?)


 そんなことを考えていると、先生が顔を真っ赤にしながらこちらを見てきた。


「み……三國みくに君!? ど、どうして、ここに三國君が!?」

「どうしてって言われても……」


 すると、


「? 先生、それは、あー君がこの部屋に住んでいるからだよ」

「へぇーそうなんだ……って、えぇ!?」


 驚きのあまり、目を見開いた先生。

 

 もう俺には、何が何だかさっぱり分からない。


 それからというもの、先生が一旦落ち着くのを待ってから、話を聞いた。先生曰く、どうやら傘がないまま雨の中を走っていたら、黒羽とバッタリ会い、話の流れで雨宿りさせてもらうことになったらしい。


「――というわけなの」

「な、なるほど、そうだったんですね」


 この話を聞いたおかげで、どうして先生がメイド服を着ているのかという理由が何となくわかった。


(どうせ、黒羽が先生にメイド服でも着てみませんか? とか言ったに違いない)


 …………はぁ。


「と、取り敢えず、ここにいても仕方ないので上がってください」


 そう言って俺は後ろに振り返ると、リビングに向かった。


「あー君、待って~」

「……」


 黒羽と菜乃は靴を脱ぐと、愛斗の後を付いて行った。


「あ、ちょっと……」


 舞香は、三人に伸ばした手をゆっくりと下ろす。


 えぇ……。


 呆然としている間に、一人、玄関に取り残されてしまった。


「……ちょっ、ちょっと待ってよー!!」


 それから急いで靴を脱ぐと、慌てて三人の後を追ったのだった。




 リビングにやって来ると、俺たちはダイニングテーブルのイスに座った。


「ここが、三國君のおうちなのね……」


 先生は、興味津々な顔で部屋を見渡していた。

 時々、何かを呟いているようだが、聞き取ることはできなかった。こんなに自分が住んでいる部屋を見られていると思ったら、急に気恥ずかしくなる。


 チラッチラッ。


「……み、三國君。もしかして、私の顔に何か付いてる?」

「!? そ、そんな、何も付いてないですよ!?」

「そ、そうなの?」

「はい! それから、あの……先生」

「なに?」


 俺の言葉を聞いて、先生はキョトンと首を傾げた。


(おいおい、なんだよ今の! 可愛いすぎだろ……!)


 メイドの格好をした先生の仕草に、思わずドキッとしてしまう。


 ………………。


「そ、そんなに部屋を見られると、少し恥ずかしいんですけど」

「…………あっ。そ……そうだよね! ごめんね、つい気になっちゃって」

「え?」

「あ……あはははは……」


 乾いた笑い声を上げながら、先生はこちらと目を合わせないままイスに座った。


 そして、特にこれといった話題がなかったので、リビングが静寂に包まれる。


『………………』


 こんな時でもニコッと微笑んでいる黒羽が、少し羨ましいと思った。


「……あ、あの、一つ聞いていいかしら?」

「はい、なんですか?」

「……どうして、式神さんが三國君のおうちの鍵を持っていたのかなって」


 ………………。


 今、先生が言った言葉を頭の中で反芻はんすうする。


 ……マズい。これは、非常にマズい状況だぞ。


 チラッと顔をうかがうと、先生は真っ直ぐな目でこちらを見ていた。


「あ、あの、それは……――」

「――? おばさんに貰ったんですよ」

「え?」

「!? ちょっ、黒羽っ!!?」


 あ、終わった……。


「おばさん? ということはつまり、三國君のお母様ってこと?」

「はい、そうです♪」


 ……もう、こうなった以上、避けては通れないか。


「先生、これから少しだけ、僕の話を聞いてくれませんか?」

「? え、えぇ。別に構わないけど」

「……実はですね――」


 それからというもの、俺は黒羽がメイド服を着るようになった経緯を説明した。ちなみに、先生はというと、その話を興味津々な顔で聞いてくれていたので、こちらとしてはとても助かった。


「ねぇ、先生、これ見てー♪」


 黒羽は、これまでに撮った自分のメイド服姿の写真を、先生に見せた。


「へぇー。三國君のお母様って、器用な方なのね」

「まぁ、そう……ですね」


 何故だろう。さっきから、冷や汗が止まらないんだけど。

 スマホの画面をスクロールしていた先生は、一通りの写真を見終えたのか、スマホを黒羽に返した。


「それにしても、このメイド服がまさか手作りだったなんてびっくり」

「おばさん、有名なデザイナーだもんね」

「……それを言うなら、お前の両親もな」

「あ、そうだったね」


 そう言って、黒羽は『えへへっ』と笑った。


「……なんだか、凄すぎ」


 二人を眺めながら、舞香はポツリと呟いた。


「……ん? な、なに?」


 ふと顔を向けると、菜乃が舞香の顔をじっと見ていた。


「……いえ、何も」

「?」


 素っ気ない返事に、舞香は更に謎を深めたのだった。




 それから、一時間後。


 外からは、まだ雨の降る音が聞こえていた。


(この雨じゃあ、当分止みそうにないな)


 雨が止むのを待つ間、リビングでゲームをしたり、俺と黒羽たちの小さい頃の写真を見たり、懐かしい話をしていると、突然、先生が席を立った。


 ?


「……わ、私、そろそろ帰るわね」

「え、先生、もう帰るんですか? 外、まだ雨降ってるよ?」

「えーっと……早く帰らないと、家でミクが待ってるから」

「ミク?」

「あ、そういえば、式神さんには言ってなかったわね」


 そう言いながらパアッと明るい表情を浮かべた先生は、迷いのない動きでスマホの画面を開いた。どうやら、黒羽の反応が余程嬉しかったのだろう。


「これが、私が飼ってる三毛猫のミクよ♪」


 先生が、一枚の写真を自慢するように黒羽に見せていた。

 その写真というのが、ソファーの上でミクがきれいな香箱座こうばこずわりをしているという、なんとも可愛らしいものだった。


 ちなみに、一緒に写真を見た黒羽はというと……


「可愛いぃ〜!!」


 目をキラキラと輝かせて歓声を上げていた。

 可愛いものに目がない黒羽は、案の定、ミクの可愛さにメロメロになっていたようだ。


「そうでしょ、そうでしょ〜」


 先生は黒羽の反応を見て、まんざらでもなさそうだった。


「そういえば、ミク、元気にしてますか?」

「……うん。おかげさまでね」


 すると、さっきまでのテンションの高さが嘘のように、急に優しい表情を浮かべた。今思えば、こうやって普通に先生と話ができるのは、ミクのおかげなのかもしれない。


 今度会った時は、大好きなおやつでも用意しよう。うん、それがいいな。

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