第21話 キミと初めて出会った日
「はぁ~気持ちぃぃ…………」
自然と声を洩らしながら湯船に浸かっていると、お風呂のお湯が疲れた身体に染み込んでいくのがわかる。
心身ともに癒してくれる空間、それがお風呂だと私は思う。
いつもなら、このまま何も考えずにぼーっとしているのだけど、今日に限っては少し違った。
(それにしても……)
私の頭の中では、今日の保健室で起きた事がずっと浮かんでいた。
それは、三國君に怪我の手当てを待ってもらっていたこともあって、急いで保健室に戻った時のこと――。
そこで、私は見てしまった。
貧血で休んでいた式神さんと話す、三國君の姿を……。
………………。
あの後、二人から聞いた話では、どうやら二人は、七年ぶりに再会した幼なじみらしい。
それを聞いた時は『へぇー』としか思っていなかったが、何故か心の中でモヤモヤとした気持ちが生まれていた。
この気持ちが何なのか、一向に見つけられないでいる。
「…………」
自分を落ち着かせるために、一度、お湯を頭からかぶる。
結局、答えが見つからないまま、気付いた時には三十分もお風呂に浸かっていたのだった。
浴室から出ると、濡れた体を棚に置いていたバスタオルで拭いてから、部屋着に着替えた。部屋着と言っても上下赤と白のジャージという、男子生徒達が想像するような大人なパジャマではない。
学校では、すれ違うたびに『女神』と言われていたりするが、現実は時として冷酷なのである。
私が住んでいるマンションは、学校の最寄りの駅まで電車で一時間もかかるところにある。本当なら、もっと近くのマンションに引っ越したかったのだけど、そうはいかないとある事情があった。それは――
「あ」
ふとリビングの時計に視線を向けると、針が夜の八時前を指していた。
今日は、八時からある人物とリモート飲み会の約束をしていたので、慌てて準備に取り掛かった。
まず、最初に、ダイニングテーブルの上に置いてあるノートパソコンを開いてから、専用のアプリを起動する。それが終われば、次に冷蔵庫の中を確認した。
「これと、後は……」
と呟きながら、帰りにコンビニで買っておいた缶チューハイとスモークチーズなどのおつまみをテーブルに並べた。ちなみに私はあまりお酒が強くないので、ジュースに近いアルコールの低いチューハイを選んだ。
そうこうしている間に約束の時間になったので、ソファーの前に座った。
リモート飲み会の始まりだ。
『ハローンッ』
そう言ってカメラ機能を使った画面に、一人の女性が写し出された。
栗色のショートヘアが良く似合う、その人物の正体は――
「ふふっ。久しぶりね、
開口一番に独特な挨拶を披露してくれたのは、
『舞香、ほんと久しぶりだねぇー。どう? 元気に生きてた?』
「ま、まぁ……なんとかね」
大雑把な質問に少し首を傾げながらも、何とか返事をする。
今の会話の流れでもわかるように、これが工藤沙織という人物だ。
ここ最近はお互いに仕事が忙しかったので、こうやって飲み会をするのは久しぶりだった。
ちょっと顔を見ないだけで懐かしいと思ってしまう。この現象は一体何なのだろう。
そんなことを考えていると、画面の向こうの沙織が笑顔で缶ビールの蓋を開けていたので、私も缶チューハイを開けることにした。
プシュッ!!
……この音を聞くために、仕事を頑張ったと言っても過言ではない。
『それじゃあ、今日一日立派に働いたあたしたちを祝って……カンパーイ!』
「カンパーイ!」
沙織の威勢のいい声を合図に、飲み会は始まった。
始まって早々、
『ぷはぁ~‼ サイコ~‼』
沙織は満面の笑みを浮かべながら、ビールを一気に飲み干した。
その飲みっぷりの良さは、見ていて気持ちがいい。
と思っている間に、沙織は次のビールの蓋を開けていた。
「相変わらず美味しそうに飲むよね」
『えぇ? そうかなー』
「ふふっ。そうだよ」
と伝えると、沙織は私の顔をじーっと見てきた。
『だってさぁ、夜に飲むお酒なんて、仕事の疲れを吹き飛ばす最強の飲み物じゃん?』
「まぁ、それに関しては同意見だけど」
『でしょー! もう飲んでないとやってられないんだからーっ!!』
そう言うと、あっという間に二本目のビールを一気に喉に流し込んだ。
いや、流石に飲むペースが早すぎでしょ。
『……舞香。今、何か悩んでいることあるでしょ』
「! はぁ……。沙織の直感はよく当たるね」
『ということは、つまり、例のアレですな』
三本目のビールの蓋を開けながら、沙織は言った。
『それで、どうなの? 舞香が言う例の男の子。あれから、何か進展はあった?』
「そ、それは……」
率直に聞かれて、私は
沙織が言う『男の子』とは、ズバリ、三國君の事だ。
本当は、今日、保健室であったことを話したかったが、予想外のこともあったのでどう説明しようか迷っていた。
そして、私が一向に説明をしないところを見て、沙織は『はぁ…』とため息を吐く。
『もう、
「……」
『舞香が言うその子、一度でいいから会ってみたいなー。そういえば、あたし、舞香がその子と初めて会った時のこと、まだ聞いてなかったよね?』
「え、そうだっけ……?」
話を聞いていた私は、気になって聞き返した。
今思えば、確かに彼と初めて出会った時のことを話していなかった気がする。
『ねーねー教えてよー。お願いっ!』
そう言って、沙織は顔の前で手を合わせた。
「もぅ、仕方ないな……」
「やった!」
なんだか、こっちのペースが持っていかれたような気がしないでもなかった。
まぁ、今説明しておけば、これから相談する時にスムーズに話が進むだろう。
と思ってから事の説明を始めようとした時、
ニャー。
後ろの方から、かわいい鳴き声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには、ソファーの上で大きく口を開けて欠伸をしている猫がいた。
三毛猫のメスで、名前はミク。来月で1歳になる元気な女の子だ。
ミクはぐっと伸びをすると、私の膝の上に乗った。どうやら、画面に映る沙織に気付いたようだ。
『お、ミクー! 久しぶり〜元気だった〜?』
「ニャニャー」
『そうかそうか、今日も一日中ゴロゴロしてたのか!』
「ニャー!」
『いいなぁ、あたしも一日中、家でゴロゴロしていた〜い!』
「ニャー……」
ミクは、沙織のテンションに圧倒されていた。というより、少しうんざりしているようにも見えた。
「……それで、私の話はもういいの?」
と尋ねると、まだ半分残っていたチューハイを一気に飲み干す。
「ああ、そうだった。ついミクと話が盛り上がっちゃって、舞香のこと忘れちゃってた……てへ♪」
………………。
可愛い子ぶるには、少し年齢が……おっと、これ以上追及するのは止めておこう。同い年だからこそ、余計に笑えない。
ほんと、年は取りたくないものだ。
そんなことを考えながら、ジト目で沙織をじーっと見つめる。
「……じょ、冗談だって……。ミクちゃんを探してた時に出会ったんでしょ。舞香が言う子と」
「……うん」
沙織の言葉を聞いてゆっくりと頷く。
あれは、暑い夏が始まる少し前のこと――。
その日、私は珍しく寝坊をしてしまった。
「え、噓でしょー!?」
枕元にある時計を確認した時は、それはもう、目が飛び出るほどビックリした。
それからというもの、
(……急がなきゃ!)
私は慌ててベッドから起き上がると、着替えとメイクを急いで済ませていった。本当はシャワーを浴びて行きたかったけど、そんな余裕はなかった。
それからすべての準備を終え、ミクにごはんをあげてから、仕事用のカバンを持って家を出た。
「ミク、行ってきまーす!」
しかし、この時、私は一つのミスを犯してしまう。それは、外に出る時に必ず玄関に置いていた、猫の脱走防止用の柵を置き忘れてしまったのだ。
ミクは玄関の開く音を聞いて出迎えてくれる。だからこそ、きちんと柵を置いておかないと、最悪外に出て行ってしまうのだ。
だが、それは現実となる。
その日の夜。
「ただいま――」
仕事から帰ってきて家の玄関を開けた時、ミクが外に飛び出して行った。
「――ミク!!?」
それに気付いて、私は慌ててミクの後を追ったが、すぐに見失ってしまった。
「ミク…………」
この時の、大切なものが離れていく感覚は、今でも忘れることはない。
結局、その日は、夜中になるまで探したけど見つけることは出来なかった――。
それから私は、仕事が終わるとすぐにミクを探した。隣の町や猫が隠れそうな車の下や建物の隙間などを見て周ったり、歩いている人に写真を見せて情報を集めたりした。
(お願い、見つかって……!)
しかし、すぐに見つかることはなかった。
ミクが居なくなって一週間が経とうとしたある時、スマホに一本の電話がかかってきた。
「?」
確認すると、そこには、知っている名前が表示されていた。それは、ミクの体調を見てもらったり避妊手術などをしてくれた、行きつけの動物病院からだった。
………………。
私は、震える指で何とか着信ボタンを押すと、スマホを耳に当てた。
「はい、もしもし……」
電話に出ると、聞き慣れた看護師さんの声が聞こえた。そして、
――城野様の猫ちゃん、こちらで保護していますよ――。
それを聞いた途端、私はいてもたってもいられなくなり、急いで動物病院に向かった。
(ミク……!)
その後、病院に着いて中に入ると、そこには、キャットフードを食べるミクを、優しい表情で見つめる一人の少年がいた。
………………。
「あの……」
私が声をかけると、彼はゆっくりと振り向いた――。
「――と、まぁこんな感じだけど」
『いいなー! あたしもそんな運命的な出会いしたーい』
「あはははは……」
恥ずかしい気持ちを苦笑いで誤魔化す。
顔に手を当てると、熱くなっているのがわかる。
『ごくっ……ごくっ……。それで、これから舞香はどうすんの?』
「どうするって言われても……」
『本当は好きなんでしょ? その子のことが』
「え……」
好き? 私が、三國君のことを……?
沙織の言葉が、頭の中を駆け巡る。
でも……。もし、あの時の感覚が一目惚れだとするなら……――
『ねーねー。その子にはさぁ、まだ彼女とかいないんでしょ?』
「えっ!? そ、それは……」
『!? もしかして、舞香、彼女持ちの子に――』
「――ち、違うよ! 彼には、彼女じゃなくて、その……」
……い、言えない。三國君に、とっても可愛い女の子の幼なじみがいることなんて……。
すると、そんな私を見て、沙織は『ふっ』と笑った。
『……私に出来ることがあるなら、いつでも相談に乗るよ♪』
「沙織……ありがとね」
『えへへ。よーしっ! 今日は飲むぞー!』
「おぉー!」
それから、楽しい飲み会は深夜まで続いたのだった。
しかし、この時の私は、次の日、二日酔いで寝込んでしまうことを、まだ知らない――。
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