第20話 女神とメイドと
「先生……」
「……へぇー」
今の状況を把握したのか、先生はまるで納得したかのように頷く。
だが、愛斗にはそれが大きな勘違いだということがすぐにわかった。
「!? 先生――」
「――あ、城野せんせ~い!」
それを遮ったのは、元気な声で手を振る黒羽だった。さっきまでの姿はどこに行ったのやら。
「あら。式神さん、もう起きて大丈夫なの?」
「はい!」
「そう、それはよかったわ」
先生は、俺と黒羽の元に歩いてきながら返事をした。一瞬、黒羽に声をかけられて戸惑いの表情を浮かべたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。
そんなことを考えていると、先生は興味津々な目で俺と黒羽を交互に見た。
「それで、二人はどういう関係なの?」
……やっぱりそう来るよな。でも、さすがにここで下手なことは言えない。
「先生、それは――」
「? あー君と私は、小さい頃からの幼なじみなんです」
「ちょっ……はぁ」
またも、それを遮ったのは黒羽だった。
説明する前に言われて、俺は肩を落とす。
ちなみに、先生はというと、それを聞いてさらに興味が湧いたのか、黒羽に尋ねていた。すると、それに対して黒羽は自慢するように俺との関係を話し始めた。
頼むから余計なことは言うなよ……。
そう心の中で願ったのも束の間、俺がずっと秘密にしていた昔のことを黒羽が話そうとしたので慌てて止めた。
先生にあんなことを知られようものなら、その話でずっと弄ばれるに違いない。絶対、そんなことにはさせないぞ。
その後、俺が介入したことで話は終わりを迎えた。
「へぇー。つまり二人は、七年ぶりに再会した昔からの幼なじみなんだ」
「ま、まぁ……そんなところです」
「ふーん……」
俺の顔を見て先生がポツリと呟く。
「あの、先生……?」
先生は何かを考え始めたようで、俺の声には気付いていない。だが、その表情はいたって真剣なものだった。
………………。
また、静寂な空気が流れる。
「……まぁ、いっか。あ、そういえば怪我の手当てがまだだったね」
「あ、はい」
「あー君、どこか怪我したの?」
「ちょ、ちょっとな……」
お前のことを考えていたからだ……と、本人に直接言うほどの度胸は、生憎持ち合わせていなかった。
「冷やす物持ってくるから、三國君は、式神さんのこと見ていてあげて」
そう言って先生は笑みを浮かべると、保健室の奥にある冷蔵庫へと向かった。
「――幼なじみ、ねぇ……」
一瞬、何かを呟いていた気がしたけど、聞き取ることは出来なかった。
「三国君、お待たせー」
黒羽と
「取り敢えず、今日一日はきちんと冷やしておくこと!」
「はい、気を付けます」
「うん、それでよろしい!」
そう言って「ふっ」と笑う先生から、袋を受け取った。手に持つと、冷蔵庫で冷やしていたこともあってひんやりとしている。
その後、保健室を出る前に、黒羽に声をかけた。
「黒羽、ちゃんと横になって休むんだぞ」
「はーい、えへへ」
この様子なら、たぶん俺が出て行った後、先生と女子トークでもするんだろうな。
元気が
それから、俺は先生に一言お礼を伝えてから、保健室を後にした。
その日の夜。
俺は洗面所で歯を磨いてから、部屋に戻った。
あれからというもの、怪我したところをきちんと冷やしていたおかげで、放課後には痛みも治まっていた。
これから体育の時は、他の事を考えないように気を付けよう。うん、その方がいい。
と心に誓いながらベッドに入った。
「ふわぁぁぁ……」
大きく開けた口から自然と
今日は色々なことがあったから、疲れたのかもしれない。
そんなことをぼーっと考えながら電気を消し、足元にあったタオルケットを取ろうとした。その時、
――ガチャリ。
突然、部屋の扉の開く音が聞こえた。
「……ん?」
ふと音のした方に視線を向けると……
「にゃあ〜♥」
そこには、キャミソールにショートパンツの格好で、頭に猫耳を付けた菜乃が立っていた。
………………。
その姿を目の前にして、つい無言になってしまう。
――――あ、黒だ。
笑顔で猫のポーズをしている菜乃が付けていたのが、黒の猫耳だったのだ。
いや、今はそんなことよりも……!
「菜乃。お前、合鍵で入ってきたなぁ!!」
「うん♪」
俺の質問に菜乃は即答で返してきた。
この家の合鍵を持っていて、いつでも出入りができる人物は限られている。菜乃も、その内の一人だ。
「……ちなみに、黒羽はこのことを……」
「ううん。知らないよ♪」
「……やっぱり。それで、俺に何か用でもあるのか?」
と尋ねてみると、菜乃はじーっとした視線で俺の顔を見てくる。
「お兄ちゃん、これ見てまだ気付かないの?」
「え? うーん……」
今の菜乃の格好を見ていつもと違うことがあるとすれば、やっぱりあれだよなー。
「その猫耳は、どうしたんだ?」
「あ、やっと気づいてくれたー」
最初に見た時に気付いてたよ。ただ言わなかっただけで……。
「ふふふっ。これはね、さっき、お姉ちゃんに借りたんだよ」
と言って菜乃は気付いてもらえたことが嬉しかったのか、昨日の黒羽と同じ様に、その場でゆっくりと回って黒の猫耳と尻尾を見せてきた。
(おぉ……)
その光景につい見惚れていると、不敵な笑みを浮かべた菜乃がグッと顔を近付けてきた。
「ふふっ。お兄ちゃん、夜はまだまだこれだよ♥」
「…………」
何を言うかと思えば……。
俺がじーっと見ていることも気にせず、さらに顔を近付けてきた。
互いの鼻と鼻が、今にも触れてしまいそうな距離。
「さぁ、お兄ちゃん♥ これから一緒に――」
――ガシッ。
「え」
俺が肩に手を置いた瞬間、菜乃はびっくりした顔で慌てて身を引いた。
「……」
頬を赤く染めながら、俺の顔をじっと見つめてくる。
ただ、何か様子がおかしい。
もしかして、止めるためとはいえ勝手に身体に触ってしまったからなのか。でも、それなら、わざわざ自分から顔を近付けては来ないはずだ。
「な……菜乃?」
俺が声をかけると、無言だった菜乃と目が合う。
「……じゃ、じゃあ、私もう寝るね。おやすみ、お兄ちゃん……」
「? ああ、おやすみ」
てっきり、怒られることを覚悟していたが、返ってきたのは意外と普通の言葉だった。
菜乃は言い終えると、顔を見せないようにしながら部屋を出て行った。
その時の後ろ姿からは、ここに来た時のような余裕はまるで感じられなかった。
「なんだったんだ……?」
結局、あの後眠りに就くまでの間に原因を考えてみたけど、特にこれといって思いつくことはなかった。
でも、これだけは言っておきたい。
――黒の猫耳も、最高だった。
菜乃は自分の部屋のベッドに飛び込むと、枕に顔を埋めた。
ドキッドキッ……。
心臓が高鳴っている。
鏡を見なくとも、今の自分の顔が真っ赤になっていることが嫌でもわかった。
「どうして……私……」
小さな声でポツリと呟いた菜乃は、先程の出来事を振り払うようにブランケットを
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