第18話 猫耳メイドの黒羽ちゃん

「ふんふんふ~ん♪」


 学校から帰ってきた黒羽くろはは、愛斗あいとの部屋に行く前に、自室でメイド服に着替えていた。


 今日選んだメイド服は、最近気に入っているミニスカートタイプのメイド服。


 メイド喫茶が大好きな愛斗の母親の顔が、目に浮かぶ。


 黒羽自身、この服を初めて着た時は、ちょっぴり恥ずかしかった。


 そんな少し懐かしい頃を思い出しながら、メイド服に着替えると、ふとメイド服を入れていた段ボール箱の底に目を向けた。


「何だろう……」


 そこには、少し大きめのポーチが入っていた。

 この箱を最初に見た時に、中に入っている物を一通り確認したつもりが、どうやら見落としていたようだ。


 ………………。


 中身が気になった黒羽は、ファスナーを開けて中を見た。


「――猫耳……?」


 中には、白や黒といった王道のものから、ヒョウ柄など少し変わった猫耳と、それぞれの色に合った尻尾が入っていた。


「なにこれっ! かわいい~っ!」


 黒羽はポーチの中から白の猫耳と尻尾を取り出すと、頭と腰に付けて鏡の前に立った。


「おおぉー♪」


 鏡に映る自分は、まさにメイド喫茶で働く猫耳メイドそのものだった。


「……あっ、そうだ!」


 ふとあることを思い付いた黒羽は、ポーチを段ボール箱に戻してから部屋を出た。




 それから、一時間後。


「ただいまー」

「お帰りなさいませ、ご主人様♪」


 …………ん?


 玄関に入った愛斗の耳に、聞き慣れた声と聞き覚えのない言葉が届いた。


「…………んっ!?」


 そっと顔を向けると、いつものようにメイド服を着た黒羽が立っていた。だが、いつもと違う部分があることに気付く。それは、黒羽が着ているメイド服に白の猫耳と尻尾が付けてあったことだ。


「えへへっ」


 楽しそうな笑顔で、呆然としている愛斗を見つめる。


「どう? あー君、これ似合うー?」


 そう言って、頭に付けている猫耳を指差す。


「……似合うって聞かれたら、そりゃあ、似合ってるけど」

「え、ほんと!? やったぁー!」


 黒羽は褒められて嬉しかったのか、子供のような無邪気な笑みを浮かべた。


 まぁ、正直に言うと……似合い過ぎていた。


 ただでさえ、普通のメイド服だけでも似合い過ぎているというのに、そこに猫耳と尻尾が加わったら、それはもう……ねぇ。


「……それで、どうしたんだ? その猫耳と尻尾」

「ああー、これはね。実はさっき、段ボールの中を整理していたら出てきたの」

「段ボールって、メイド服がいっぱい入っていたあれか?」

「うんっ」


 母さんめぇ……ありがとう。あの二つを入れてくれてありがとう。

 いつもは照れくさくて言えない言葉も、今ならすぐに言えそうだ。


 ――とつい話が脱線しそうになっていると、


「ねぇねぇ見てよ、この尻尾。可愛いでしょー♪」


 黒羽は長い尻尾を右に左にと揺らしていた。


 ……………………。


 揺れている尻尾をつい目で追ってしまう。


「? どうしたの? 顔真っ赤だよ」


 俺の様子に気付いたのか、黒羽は尻尾を揺らすのを止めた。


 あっ……もう少しだけ見ていたかったのに。


「……き、気のせいだ」

「ふぅーん。あ、猫耳とメイドなんだから……」


 何か閃いたのか、黒羽は背筋を伸ばして姿勢を整えると、元気な声で言った。



「ご主人様♪ お帰りにゃさいませにゃ♪」



 ――か……かわいい。




 それからというもの、


「お待たせしましたにゃ♪ こちらが、猫耳メイド特製のナポリタンにゃ♪」


 黒羽は、すっかり猫耳を楽しんでいた。

 今も、まるでメイド喫茶のメイドのように、夕食のナポリタンをテーブルの上に置いた。


 黒羽自身、本当はオムライスを作りたかったようだが、丁度、家に卵がなかったので少し残念そうにしていた。まぁ黒羽のことだから、オムライスにケチャップで文字を書くという、メイド喫茶でよく見られることをしたかったのだろう。


 そんなことを考えていると、黒羽がフォークを手に取った。


「ご主人様♪」


「?」


「はい、あーん♪」


 黒羽は、ナポリタンを巻いたフォークを、愛斗の口に向けた。


 ……こうなったら、素直に楽しんだ方がいいのかもしれないな。


「……あ、あーん」


 ――うん、美味うまい。


 まぁ、それも当たり前か、これまで何度も食べたことあるし。


 ふと視線を向けると、黒羽が何かを期待するような目でこっちを見ていた。


 ……ふっ。


「とっても美味いよ。毎日食べたいくらいだ」



「えへへ。喜んでもらえて、とってもうれしいにゃ♪」



「!?」


 不意打ちの笑顔に、つい心を奪われそうになる。


「……それは反則だろ……」


 これなら、毎日猫耳メイドでもいいかもしれないな……。


「ん? 今、なにか言った?」

「!! い、いや……何も言ってないぞ!?」

「?」


 ふぅ……。相変わらず感が鋭いなぁ。


 そんな俺に、黒羽はとどめの一発を放つ。



「たくさん作ったから、いっぱい食べてにゃ♪」



 満面の笑みでそんなことを言われたら、いっぱい食べるしかないじゃないか。



 あぁもう……猫耳メイド、最高ッ!!




 それからさらに数時間後、ダンスレッスンを終えた菜乃が帰って来た。


「ただいまー」

「お帰りにゃさいませ、ご主人様♪」

「……!?」


 菜乃も俺同様、呆然としながら玄関で立ち尽くしていた。


「………………」


 すると、菜乃は黒羽と一緒にいた俺に小声で呟く。


『お兄ちゃん! お、お姉ちゃんが、ついに本当のメイドに……!?』

『ま、まぁ……』

『! まさか、お兄ちゃん……』


 そう言って菜乃は頬を真っ赤に染めた。


「え」


 俺は、意味が分からずその場で立ち尽くしていると、何故か恥ずかしそうな表情の菜乃がこっちをじーっと見てきた。


 あれ、なんだか、どんどん変な方向に進んでいる気がしてならないんだが。


「そんなお兄ちゃんでも、私……」


 ……やはりそうだったか!


「ご、誤解だ! お前は今、大変な勘違いを――」



「――にゃあ♪」



「…………」

「…………」


 黒羽の鳴き声に、俺と菜乃は固まった。


「これの、どこが勘違いなの?」

「え、えーっと……」


 ジト目の菜乃の視線を感じている間、当の黒羽は、ずっと猫のポーズをして楽しんでいたのだった。




「――え、私たちを驚かすために猫耳メイドになった?」


 と、ナポリタンを食べていた菜乃が言った。


「うん。最初はちょっと遊び心でやってみたんだけど、途中からどんどん楽しくなってきちゃって」


 黒羽は、イスに座っている俺と菜乃の前で『にゃ♪』と言って猫のポーズを決めた。


 ……まぁ無理もないよな。俺だって、最初見た時はびっくりしたのだから。


「ふーん……。ねぇ、お姉ちゃん」

「ん? なーに」

「お姉ちゃんが付けてるのとは別の猫耳って、あったりする?」

「え、うん。他にもいくつかあったよ」

「そうなんだ……。ふふふっ」


 なんだ……? 何故か、嫌な予感がするのだけど……。


 そんなことを考えている間、菜乃は不敵な笑みを浮かべていたのだった。

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