第5話 魅惑のガーターベルト -2-

 夕食を終えて、一時間。俺と黒羽は、ソファーの上で寛いでいた。


 特になにかをするわけでもなく、テレビをぼーっと見ていたのだけど、チャンネルを変えても興味を引く番組は見つからなかった。その後、テレビの画面を消すと、リビングに静寂が流れる。

 

 ちなみに、隣にいる黒羽は携帯型ゲーム機で最新のゲームをしていた。


 ……たしか、『妖精の森』だったっけ。


 妖精の森。先月発売されたばかりの大人気シリーズの最新作で、発売して1週間も経たない内に品切れになっていた。ネット通販も予約が始まってすぐいっぱいになっていたし。

 

 そんなことをぼーっと考えていると、突然、黒羽はゲーム機をローテーブルの上に置いた。


「ねぇねぇ」


 黒羽は、横にいた俺の顔を見る。


「な、なんだ?」


 額に汗を浮かべながら、顔を黒羽の方に向ける。


「……今日のあー君、なんか変だよ? もしかして、どこか具合でも悪いの?」


 ! やっぱり、気付かれていたか。


 あれを思い出さないように、意識していたことで逆に感づかれてしまうとは……。


「……べ、別にどこかが悪いということは、無くてだな……」


 と言ってみたものの、誤魔化しながら押し通すことはできず。


 じと――――っ。


 黒羽のつぶらな瞳から、逃れることができない。


「あの、その……」

 どうにか誤魔化そうにも、うまく言葉が思いつかない。素直に話せばいいだけなのだが、今回の事に関しては、知られるわけにはいかないのだ。


 じと――――っ。


 黒羽からの視線は、未だに続いていた。



「うっ…………わ、わかったよ! 言えばいいんだろ! 言えばっ!!」



 今日、ずっと自分の中で思っていたことを口に出すのは、なんとも気恥ずかしかったが、ここで引き下がるわけにはいかない。


 黒羽の真っ直ぐな視線に観念した俺は、あの事について話し始めた――。


 それから、十分後。


「――というわけなんだ」


 しどろもどろになりながらも、なんとか話すことができた。


 すると、黒羽は俺の話を聞いて目を丸くする。


「えっ、もしかして……ずっと、気になってたの?」

「いや、その…………はい」


 自分でも信じられないくらいの小さな声だった。


「………………」


 その姿を黒羽は、ただじっと見つめている。


 ――――――――。


 ………………こうなったら!


 俺は思い立つと、黒羽を見る。


「黒羽、きゅっ、急にごめんな! こんなこと――」

「――もしかして、見たいの?」


「え」


 黒羽が言った言葉の意味を、すぐに理解することはできなかった。


「見たいかって……言われても」



「――……いいよ、少しだけなら……見せても」



「……えっ!?」


 決して聞き間違いなどではない。今、はっきりと聞こえた。


「え、え、えっ? 本当に、いいのか? ……あ」

「……うんっ」

「!!」


 無意識のうちに聞いてしまったことを後悔するよりも先に、黒羽が頷く。

 その時の黒羽は、心なしか頬がほんのりと赤くなっているように見えた。


 ………………。


 初めて見た幼なじみの表情に、思わずドキッとしてしまった。



「いい……?」



 黒羽は、少し緊張気味な声で呟くと、両手でスカートの裾を摘まんだ。そして、下着がギリギリ見えそうで見えないところまで、ゆっくりと持ち上げた。


 徐々に露になっていく、眩しくそして綺麗な太もも。スカートを持ち上げているのは自分ではないのに、何故かこっちまでドキドキする。程なくして、俺の視線の先には、朝の時と変わらない白のガーターベルトが姿を現した。


「………………」


 目の前に居るのが幼なじみとはいえ、それは、あまりにも無防備な姿だった。


「ど、どうかな……」


 いつもとは違う小さな声の黒羽。その頬は、益々赤く染まっている。


「……い、いいと思う。と、とっても……似合ってるぞ」

「!! ……あ、ありがとう」


 上目遣いでこちらを見ていた黒羽は、俺と目が合うと、恥ずかしそうに顔を俯かせた。


「………………」

「………………」


 ドキッドキッ。


 心臓の高鳴る鼓動が、いやでも伝わってくる。


(ど、どうしよ……。なんて、声をかけたら……いいんだ?)


 そんなことを考えている間に、時間は過ぎていく。


「……あ、あのさ、黒羽――」



 ――プルルルッ、プルルルッ。



 するとその時、突然、どこからかスマホの着信音が聞こえた。

 ……なんだよ、こんな時に。


「あ、私のスマホみたい、ちょっと出るね」


 そう言って黒羽は、スカートの裾を下ろして、ポケットから自分のスマホを取り出すと、キッチンへと向かった。


「もしもしー?」


 緊張の糸が切れたのか、俺は再びソファーに腰を下ろした。


 キッチンの方から、所々で“お母さん”という言葉が聞こえてきたことから、恐らく相手は、黒羽の母親の香奈さんだろう。香奈さんは、おばさんと言われるのが嫌なようで、おばさんと呼んだ時には、とても怒られた記憶がある。


 それから、十分後。


「――うんっ、わかった。はぁーい」


 ソファーの背もたれにもたれ掛かっていると、電話を終えた黒羽がキッチンから戻って来た。


「おばさ……香奈さんからか?」

「うん。何かなぁって思ったら急に『明日から二学期だから頑張れ!』って言われたよ。もう、元気が有り余ってるって感じだった」

「はは……香奈さんらしいな」

「ほんとだよ」


 さっきの空気が嘘かのように、和やかな空気が流れる。だが、


「………………」

「………………」


 一瞬にして、またさっきのシーンっとした空気に戻ってしまった。


(えぇーと……)


 考えても、なにかいい言葉が出てくることもなく。

 そんな状態が五分間続いた頃、目の前の黒羽がバアッと顔を上げた。


「わ、私、明日早いから、もう寝るねっ! おやすみっ!」

「お、おやすみ」


 反射的に返したけど、よく考えてみればまだ夜の八時なのに、寝るには早すぎなんじゃないのか。

 と思った時には、当の黒羽は表情を見せないようにしながら、自分の部屋へと戻って行ったのだった。


「………………」


 俺も、もう寝ようかな――。




 明日から二学期が始まる。夏休み終わってしまうという喪失感はあるけど、何故か、それよりも楽しみにしている自分がいた――。

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