第2話 幼なじみとメイド
場所は変わって、リビング。
俺と黒羽は、テーブルを挟むようにしてイスに座っていた。
えっと……。
何から聞けばいいのか悩んでいる間も、黒羽はリビングをキョロキョロと見渡していた。
「…………」
俺と黒羽は幼なじみだ。黒羽とは元々、親同士が仕事仲間だったこともあって、小さい時からよく顔を合わせていた。幼稚園からずっと一緒で、それは小学校に入ってからも変わらなかった。でも、そんな時間は、突然終わりを迎える。
黒羽の父親が仕事の関係で遠くに引っ越すことになって、俺と黒羽は離れ離れになった。最初の頃は、よく手紙を書いていたものだが、それも長くは続かず……。
そんな年月が七年経った今日、俺は黒羽と再会を果たした。
メイドの恰好をした、幼なじみと――。
「……あのさ」
「? な~に?」
そう言って、黒羽はキョトンと首を傾げた。
……なんだ、黒羽ってこんなに可愛かったっけ?
ぱっちりとした愛くるしい瞳、整った鼻筋、蕾のように小さく綺麗な唇。
記憶の中にいる小さい頃の彼女とは、まるで別人のようだった。
まぁ、最後に顔を見たのが七年前なのだから、無理もない。
「?」
「いや……なんと言うか、その……」
俺が、成長した幼なじみにドギマギしていると、黒羽は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふっ、あー君のそういうところは、昔から変わってないね」
「……悪かったな、昔と変わってなくて!」
あれ……なんで俺、こんなにドキドキしてるんだ。
お互いに時間が流れていけば、昔と変わったところも変わっていないところもある。
なのに、どうして……。
そんなことを考えていると、黒羽が俺の顔を覗き込んでくる。
「ねぇ、あー君」
「……な、なんだよ」
「こうやって会って話すのも、七年ぶりなんだね」
「……そうだな」
七年という年月は、俺たちにとってとても長い時間だった。だが、こうやってあの時と変わらず話が出来ていることに、思わず頬が緩んでしまう。それは、黒羽も同じようだった。
「……そういえば、黒羽っていつも俺の後ろに付いて来てたっけ」
小さい頃の黒羽はよく俺の後ろに付いて来る、どちらかというと、おとなしい印象の女の子だった。
すると、それを聞いた黒羽が頬を赤く染める。
「もぉ~それは昔の話だよ! 私だって、成長して大人になったんだからぁ!」
「へぇー。だったら昔と今とで、なにが違うのか教えてくれよ」
「ウッフッフッフ~、仕方ないなぁ」
その言葉を待っていたかのように、黒羽はイスから立ち上がると、テーブルを回って俺のすぐ目の前にやって来た。
(……? なにが始まるんだ?)
俺は何事かと思いながら、体を黒羽の方に向ける。
「あー君! 手、出して」
「手? 手なんか出してどうするんだよ」
「いーからいーから、ほらっ」
そう言って黒羽は、俺の右手を持つと、自分の方に寄せていき――
「……えっ!? おま……」
俺の右手は、導かれるように黒羽の胸に触れた。
………………。
服越しとはいえ、この大きさは……。
それを意識してしまった俺は、つい唾を飲み込む。
こ、こんな大きいものが、すぐ目の前にある。それも、俺の右手は、今、その大きなものに触れている――。
何が起きているのか、頭の中で整理が全く追い付いていなかった。そこへ、
「はいっ、終~了~」
終わりを告げる声がリビングに響き渡る。
そして次の瞬間、黒羽は両手で持っていた俺の右手を離すと、いたずらっ子のような表情で、こっちを見てきた。
「どう? 昔と今とじゃ全然違うでしょ~」
「……」
た、確かに、全然……違う。
右手には、まだ黒羽の胸に触れた時の感触が残っていた。
温かく、そして弾力がある大きな…………って、こんな事をしている場合じゃなかった。
「そ……そんなことより、黒羽。どうしてお前、メイド服なんか着てるんだ?」
「メイド服? あぁ、これのこと?」
「ああぁ、そうだよ」
危なかった……もう少しで、あの大きな胸……メロンの力に取り込まれるところだった……。
そんな愛斗の苦労を知らない黒羽は、自分が着ているメイド服に視線を落とす。
「実はこのメイド服、おばさんから貰ったんだぁ」
「おばさんって……もしかして、母さんから?」
「うんっ」
黒羽曰く、どうやらメイド服は、彼女がこっちに戻って来ることを知って、母さんが急いで用意した物らしい。
それにしても、まさかあの母さんがメイド喫茶によく通う、メイド好きだったとは……。
意外という言葉しか出てこない。
「……あ。あと一つだけ――」
――ピンポーン。
黒羽が何かを言いかけた時、突然インターホンから音が鳴った。
タイミングが悪いなぁ……もぉ。
と心の中で呟きながら、愛斗はインターホンに出た。
「はい」
『宅配便のお届けです』
「あ、はーい」
この時間に宅配便が来たという事は、これが母さんからの届け物なのだろう。
そう思い、リビングを出ようとした時、黒羽が声をかけてきた。
「私が出ようか?」
「いや、黒羽はここに居てくれ。その……色んな意味でまずいから」
「? わかったー」
ふぅ……。なんとか説得は成功したようだな。
まぁ、流石にメイド服のまま対応させるのは、色々とまずいし。
そんなことを考えながら、俺は玄関に向かった。
「………………」
俺の視線の先には、配達の人から受け取った大きな段ボール箱があった。
伝票の送り主の欄のところに、母さんの名前が書いてあることから、今日届く予定だった荷物が届いたようだ。
(う~ん……)
中に何が入っているのか気になったが、ここで考えていても仕方ないので、箱をリビングへと持って行った。
――――――――――。
リビングの扉を開けると、イスに座っていた黒羽がこっちを見る。
「もしかして、それ、おばさんから?」
「あぁ、そうだ」
そう言って、少し重たい段ボールの箱をテーブルの上に置いた。
この箱に一体何が入ってるんだ……?
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。
「そうなんだね。なら、早く開けようよ!」
イスから立ってノリノリな黒羽を尻目に、箱に貼ってあったガムテープを剥がしていく。
すると、
「これって……メイド服だよな?」
蓋を開けて中を見ると、そこには綺麗に畳まれた数着のメイド服と一緒に、手紙が入っていた。
「あぁ~やっと届いたんだぁ」
隣で一緒に箱の中を見ていた黒羽の口から、予想外の言葉が告げられた。
「……え? 届いた?」
「うん。だってこの箱に入ってるメイド服、おばさんからから私へのプレゼントだもん」
「……はい?」
俺は、黒羽の言葉に少し啞然としつつ、箱に入っていた手紙を手に取る。
手紙には、綺麗な字で何かが書いてあった。
「えぇーと、何々……――」
『愛斗へ。ねぇ、聞いてよ! 実は、あんたの幼なじみの黒羽ちゃんが、七年ぶりに帰って来るんだって! 驚いたでしょ!』
……まぁ、驚きはしたけども……。
『そこで急なことなんだけど、私達の居ない間、黒羽ちゃんにあんたと家のことをお願いしたから!』
………………。
『黒羽ちゃんのご両親も、夫と私と一緒に海外に仕事に行くから、いざという時はあんたが黒羽ちゃんを守ってね。あとそれから、この箱に入っているメイド服は、黒羽ちゃんがこれから着るものだから、必ず渡してね! それじゃあ、後のことはよろしく! 母より』
…………はい?
「というわけだから、よろしくね!」
「…………」
手紙の内容に追い付いていない俺に、黒羽が満面の笑みを向けてくる。
「お、俺の……楽しい一人暮らしが……」
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