ソーシャルディスタンス千香ちゃん
小鈴なお 🎏
ソーシャルディスタンス千香ちゃん
中学3年の冬休み直前。
初めて彼女ができた。
終業式のあと、千香ちゃんに告った俺。
「私もひろくん好きだったんだ。……か、彼女だし、好きなことしていいよ?」
超にドもつく真面目な千香ちゃんの言葉の破壊力に悶絶する俺。
明日うちに遊びに来てもらう約束を取り付けて、そのときはどうにか紳士っぽく立ち去った。
でももう明日どこまでなにしていいかしか頭にない。
「これについて関係者は『正体不明の風邪が流行りはじめてしまいました。念のためソーシャルディスタンスを確保し、人との接触は抑えて下さい』と――」
その夜テレビで流れていた不穏なニュースも全く頭に入っていなかった。
待ちに待った、なんてもんじゃない冬休み初日。
仕事に出る両親を見送り、部屋を片付ける。
もう楽しみでしょうがない。
約束の昼過ぎ、ついに千香ちゃんがやってくる。
「こんにちは。少し早かったかな?」
千香ちゃんにしては少し短めの焦げ茶色のスカート、つるつるした白シャツにベージュのニット。そのまわりを、ちょっとサイズが合わない大きなコートが包んでいる。後ろで結んだ髪もいつも通りかわいい。
「早くないよ、待ってた。ささ、あがって!」
サンダルをつっかけて千香ちゃんを迎えに行く俺。
……あわてて下がる千香ちゃん。あれ?
「え? あがってよ」
「うん。じゃあひろくん下がって?」
「?」
「ソーシャルディスタンスだよ。ほら、ニュースで言ってたでしょ。風邪が流行ってるから5m離れて、って」
「あー……」
確かに言ってはいた気がする。え、でも5m? さすがに離れすぎじゃないの。普通は1mぐらい、離れても2mとかじゃなかったっけ……。
「まあ別にいいんじゃない?」
「よくないよ!」
「ええ……じゃあ今日どうするの」
「ひろくんのうちで5m以上の長さが取れるところある?」
「そんなこと言われても。5mってどれぐらいだっけ?」
「6畳の部屋が3.6m×2.7mなんだって」
「じゃあ俺の部屋じゃだめだな。リビングなら多分大丈夫」
「よかった、じゃあお邪魔するね!」
とりあえず約束がちゃらになったりはしなかった。良かった!
「……あれ、入らないの?」
「ひろくんが下がってくれないと前にすすめない。ほら、ソーシャルディスタンス」
そんなかんじで家デートがはじまった。
さて。
千香ちゃんの指示に従ってジュースを2つ用意し、リビングのはじっこに置いた。
クッションをひとつずつ持ってお互い壁際に座る。
……なんか喧嘩してるみたいだな。
「えーと。なんか遠いね。やっぱやめない? 5mもあけるの」
「だめだよひろくん。私がもし風邪持ってて、ひろくんに移しちゃったら大変だよ」
「いや、どうかなぁ……」
「それで、なにしよっか」
「この状態でか。うーん。だるまさんが転んだ?」
「確かにスタート位置はあってるね。でも近づけないからだめだよ」
「じゃあまあこのままおしゃべりでもしよっか」
「そうだね。それでもいいけど……ほんとにいいの?」
「いいのって?」
「……なんでもしてあげるよ?」
「じゃ、じゃあまずこっちにきて」
「それはだめ。ソーシャルディスタンスはとるの」
「他はいいの?」
「いいよ」
「ぱんつ見せて……とかでも?」
しまった、つい欲望がこぼれてしまった。
彼女できて2日目で愛想尽かされかねない。
でも千香ちゃんは目を細くしてにっこりし、こう言ってくれた。
「いいよ」
ほあぁっ、いいの? ほんとに?
「まって、それだったらもっとこう、どうしよう」
いいんだったらもうちょい過激な要求もしたい。
冷静に考えろ、俺。
いや、無理だな。
どうしよう。
「落ち着いてひろくん」
「は、ご、ごめん! つい妄想で頭どっかいっちゃってて」
「……ひとつじゃなくていいんだよ」
へ?
「ひろくんのお願い、いくつでも聞いてあげるよ?」
ふおぉっ! 千香ちゃん神!
「じゃあ、ま、まずぱぱぱんつ見せて!」
これはもう思いついた先から要求を並べて、最後はソーシャルディスタンスとやらもうやむやにして……ああもう千香ちゃんたまらん!
そんな俺至上最高の温度に達していた頭が一気に冷める声が聞こえた。
「……なにやってんのおにーちゃん」
……紹介します。うちの妹、舞です。千香ちゃんと同じ中学2年生。
「あ、舞ちゃん。お邪魔してるよー」
千香ちゃんがスカートの裾を掴んだまま舞に挨拶。
「千香もなにやってんの。とりあえずスカートから手を離して」
「えー、でもひろくんのお願いだから断れないの」
舞がゴミを見る目で俺を見る。
いつもと変わらないと言えば変わらない。
「……って千香は言ってるけど?」
「誤解だ」
誤解する要素は全くないけどとりあえずその場しのぎの言葉を絞り出す。
「あれ、まくるんじゃなかった? ちゃんと脱いだほうがよかったかなぁ」
千香ちゃんのそういう真面目なとこ、可愛くて好きだよ。でもここは一緒にいいかんじの嘘をついてごまかしてほしかった。
「おにーちゃん……とりあえず千香もなんでこんなことになってるんだか教えて」
……と、いうわけで俺と千香ちゃんは離れた位置でふたりとも正座。事の経緯を説明する。
「誤解は解けたな?」
「誤解じゃないじゃん。ぱんつ見せろっつったのはおにーちゃんでしょ」
「そうだけど! しょうがないじゃん、千香ちゃん5m離れろって言うんだから」
「えっち」
「触れないんなら見るしかないだろー!」
「見たの?」
「これから見るとこだったのに舞が邪魔した。だいたい図書館行くっつってたろ」
「なんか臨時休館でさ。他にもちょいちょい休みになってるとこあるみたい。」
「あの……」
千香ちゃんが口をはさむ。
「私別にいいよ。舞ちゃんいても」
「へ?」
「ひろくん、お願いの続きしていいよ。次はなにすればいい?」
今度は舞が慌てる。
「何言ってんの千香、こんなの駄目に決まってるでしょう?」
「ええと、でもお付き合いしてるんだし」
「私いるんだから嫌でしょ!?」
「舞ちゃんもお友達だし。別にいいよ?」
これは形勢逆転。
「だそうだ。おまえは部屋戻って本でも読んでろ」
「く……」
妹がおとなしく部屋に引き下がる。
意外に素直だった。
「じゃあ続き? なにすればいいかな」
現場を妹に見られた気まずさは残っているが、今はもうそれどころではない。本能のままに動くべきとき。
「じゃあね……」
「ふふ。なぁに?」
男らしくないぞ、俺。
千香ちゃんがここまで言ってくれてるんだ。
俺は本当に願うことを正直に言うべきじゃないだろうか。
「まずその、ニット脱いでもらっていいかな」
「いいよ」
千香ちゃんの手が交差してニットの裾をつかみ、するすると上に上がっていく。中にシャツを着ているので別になんてことないはずなのだが、それだけでもう口の中がからからになる。
「脱いだよ。次は?」
「少し前屈みになって」
「こう?」
「そう、それで上から順番にゆっくりシャツのボタンを外していって」
「うん。そのまま脱げばいいの?」
「いや、真ん中ぐらいまで外したらストップ。全部はずしちゃだめ」
「はーい」
もう千香ちゃんが可愛くて死にそう。
「こんなかんじ?」
「もうちょっとゆっくり。たまにこっちちらって見てくれる?」
「わかったぁ」
ああ、千香ちゃんは本当に神だ。
千香ちゃんがいるだけで、生活感あふれるいつものリビングが厳かな神殿のように感じる。……やってることはえっちなお店だけど。
だが。
その2人以外いてはいけないはずの空間に侵入してくる者がいた。
「よいしょっと」
神聖な静寂をぶちやぶる妹ボイス。
「な! 舞、部屋にいろよ! なんで戻ってくんだよ」
「私も一緒に千香眺めようと思って。千香、こっちみてー」
「こう?」
かしゃ。
「おま、何撮ってんだよ!」
「いや、千香可愛いし。撮っとかないと。絶対バズるよ、これ。」
「友達の写真で何しようとしてんだよ」
「ばらまかれたら嫌?」
「嫌に決まってんだろ。千香ちゃんの裸を見ていいのは俺だけだ」
「……裸にしようと思ってたんだね?」
「……例えば、の話だからな?」
「だいじょぶ、目を隠しとけばばれないって。……まーどーしても嫌だって言うんだったらこんな馬鹿なことさっさとやめよ?」
「私は別にひろくんがいいなら……」
おずおずと千香ちゃんが声を挟む。
「ややこしくなるから千香はだまってて!」
「う、うん……」
くそ、実の妹ってほんと邪魔だな。
「……あ」
「なに?」
「いや。今の取り消す。妹よ。おまえは世界一可愛い。最高だ」
「え、なんのこと? なに?」
「そして賢い」
「そ、そぉ?」
目隠しはタオルでいけるかな。
耳栓も要るな。戸棚にあったはずだ。
無事見つかった目隠し用タオルと耳栓をテーブルに置く。
千香ちゃんに受け取るように言って一旦リビングを出る。
この5mルールほんとめんどくさい。
だがあともう少しの辛抱だ。
そしてお互い元のポジションへ。
「千香ちゃん、お願いがあるんだ」
「なーにー?」
「目隠しして。そのタオルでぎゅって」
「いーよー」
「あと耳栓も」
「いいけど? はい、こんなかんじ?」
「おっけ。最高!」
「あれ、なんか言った? よく聞こえない」
ちょっと服がはだけて目隠ししてもじもじしてる千香ちゃん可愛い。っていうか目隠しってエロい。
舞が袖をひっぱってくる。
「ちょっと、何してるの」
「舞のアイディアをもらった」
「?」
「あの目隠しはな。ソーシャルディスタンスブレイカーだ」
「??」
「見えないのをいいことに、目一杯おさわりする」
「なんだとー! ……って、どっちみちばれるでしょ」
「触ったのは舞だった、ってことにする」
「そんなの信じるわけないでしょ」
「千香ちゃんならきっと信じてくれるさ。俺は信じてる!」
「うわぁ……ああでも、千香なら信じかねない……でもまあ無駄だよ。おにーちゃんが千香に近づいたらすぐ私が止める。竿役だけ顔分かるように写真撮ってネットにあげてやる」
竿役とか言うな。
「妹よ」
「なんだ、おにーちゃんよ」
「何年一緒に生きてきたと思っている」
「そうさのう、われら悠久の時を超え……って、何の話?」
「今おまえ、ちょっとトイレ我慢してるだろ」
「!」
「ほら、早く行ってこいよ」
「……やだ」
「我慢はよくないぞ?」
「……うぅ」
舞も耐える。
今この場を去れば確実に俺が千香ちゃんに飛びかかると思っているのだろう。まあその通りなんだけど。
12月は日が短い。
もう太陽は西におち、ただひたすら暗くなっていく時間。静かな戦いが続く。
「おにーちゃん」
苦しそうに声を出す舞。
「なんだ」
「千香に手を出したら許さない」
「部外者は黙ってろ」
「く。……千香! すぐもどるから! それまで無事でいて!」
「え? 誰かなんか言った? 聞こえないんだよー」
舞が靴下を脱ぎ捨ててグリップを高めた後、猛ダッシュでトイレに向かう。
間髪入れずに俺も床を蹴って千香ちゃんのもとへ。
たった5mが遠く感じる。
だがあと一歩。
妄想でしか味わったことのない千香ちゃんの感触がついに我が手の中へ。
ついた。
高速で千香ちゃんの全身を嗅ぎ回る。
もうすこしすんすんしていたいが時間がない。
舞のふりをして体中を……
「なにやってんの、ひろ」
……タイムオーバーだった。
母、ご帰還。
父母ともにいつもは遅くなることが多いのだが、今日に限って定時っぽい最速ラップを叩き出されてしまったようだ。
あれか。自粛だとかテレワークだとかあのへんのやつか……。
「かーさん……」
無言のまま千香ちゃんのもとへいき、目隠しを取って耳栓を外す母。
ふとテーブルに目を向け、カメラを見つける。
「ひろ……あんた……人様の娘さんになんてことを……」
「違う。それは舞が」
そこに舞がとたとたと帰ってくる。
「おかーさん! おにーちゃんが千香にっ……うぅ……」
泣き崩れる舞。
いや、それどう見ても演技だろ。
自分がカメラ持ってきたくせにごまかすな。
……次こそは。
有意義な冬休みを過ごすため、決意を新たにする俺だった。
ソーシャルディスタンス千香ちゃん 小鈴なお 🎏 @kosuzu_nao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます