第35話 何かが・・・
二条はジト目で俺のことを見ていた。
思ってた反応と~違うんですけど~?
彼女はひとつため息をついてから話し始めた。
「何、そんなことを言いに来たわけ?そんなの最初から分かってたわよ。まぁ、こう面と向かって言われるとちょっとグサッと来るものもあったけど。・・・いいわ。これからもあなたの友達でいてあげる。君はからかいがいがあるからね」
「ほんとか!」
「けど」
え、何が続くんでしょうか・・・
二条は人差し指を立てて俺に諭すように話し始めた。
「あたしは君のこと諦めないから。隙あらば君と二人っきりになろうとするし、君のことを誘惑だってする。これはあたしが勝手にやることだから君は美冬ちゃんに好かれるように頑張ればいいの」
「・・・なるほど。まぁ、文句はないな。さんきゅ」
俺は二条に気がないことを告げた。それでもなお諦めないというならそれはもう彼女の勝手だ。俺は美冬のことだけに専念すればいい。
二条は両手をパンと叩いた。
それから口元にニヤニヤと笑みを張り付けながら俺のもとに寄ってきて
「話はそれだけね?あっ!もうこんな時間だ!どーする?ご飯食べてく?ねぇ?ねぇ?」
なんてことを言ってきた。
「は?バカ言うんじゃねぇ!このまま居座ったらお前の父親が返ってくるかもしれねぇだろ。・・・まぁ、お前がどんな料理食べてるか気にはなるが」
あんまり近づかないでほしいですね。いい匂いがするし、その・・・男の本能が刺激されますね・・・
まぁ、誘惑もするって言ったもんな。けどまさかこれほどすぐにやってくるとは。驚くべき行動力。
「えー?あたしと君はただの友達でしょ?お泊りだって普通にしてもおかしくないと思うけど?」
二条は口元に人差し指を当てながら、そして片目を閉じながらそう言った。
可愛い・・・
なんて思っちゃうじゃないか!!
確かに友達なら、お泊りも普通・・・かな?
だが。
「悪いな。俺は今まで友達がいなかったんだ。だから友達同士がどんなことをやってるかは知らないんだ」
俺は彼女を引きはがし、踵を返して玄関へと向かった。背中の方で「だったらあたしが教えてあげるのにぃー」とか言ってたが無視無視。うん。
玄関脇では秋月さんが姿勢を正してたたずんでいた。彼女は俺と目が合うと頭を下げてこう言った。
「どうかこれからもお嬢様と仲良くしてあげてください」
「いや、頭上げてくださいよ。あいつに救われたのはこっちなんですから。できる限り仲良くはします」
俺がそう言うと、彼女は頭を上げて微笑をたたえながら「ありがとうございます。またいらっしゃってください」と俺を見送ってくれた。
外に出ると、雲の隙間から顔を出していた太陽が西の地平線に沈もうとしているところだった。
***
ガチャガチャ。
家のドアに手をかけたが開かなかった。
「あれ、まだあいつ帰ってきてねぇのか・・・」
いつもはどんな状況でも俺より早く帰ってきて俺の帰りを待ってくれている夏美が今日はまだ帰ってきていないようだった。
「あー、でもそういえば・・・」
美冬が、夏美には何か用事があるって言ってたか。
用事って・・・何?
ねぇ!何なの?
悲しいけどお兄ちゃんにも言えないようなことなんでしょう。
俺はおとなしく鞄から鍵を取り出して鍵を開け、中に入った。当たり前だが家の中は薄暗かった。
リビングの電気をつけ、鞄をそこらへんに放り、ソファに飛び込んだ。
二条の件はこれでひとまず気持ちの整理がついた。あとは俺がどうにかして美冬を落とさねばならない。
あ、あと孔平と二条をくっつける作戦も進めないとね。約束したし。
孔平って誰かって?
もちろん水無月孔平だよ?俺の大親友、ベストフレンドの。
といったように俺がいろいろ考えていると玄関のドアが開く音がした。
俺はその音を聞いた瞬間確信した。
そう、マイエンジェルが帰還したということを。
俺は体を起こし、速攻で玄関へと向かった。
「なーつみぃぃー!!」
そして彼女に向かって飛びつくためにダイブした。
が。
「・・・うわぁ!・・・ってお兄ちゃんか」
夏美は俺に気づいた瞬間、体をよじらせてよけてしまった。
「いっでぇぇー!!」
もちろん俺は体を床にたたきつけてしまいました。
「何でよけたんだよ?」
「だって不審者かと思ったんだもん」
「なわけないだろ!」
「えー?自分の行動を顧みてみてよ」
「確かにそう思われてもおかしくありませんでした・・・」
んー、でもいつもは俺の声を聴いた瞬間、俺のことを認識してくれていたはずだが・・・
「許します!よしよしお兄ちゃん、痛かったね」
夏美はそう言って俺の体をさすってくれた。
お前がよけたせいでもあるんだよ?
もちろん俺のせいが9割くらいだけど。
「なぁ、夏美。・・・何か、あったのか?」
夏美が俺のそばを離れてリビングへ向かおうとしていたところを呼び止めた。
すると彼女はぴたりと足を止めた。しかし顔と体は真っ直ぐ正面を向いたままだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうやら黙考しているようだった。
しばらく沈黙が続いていたため、俺が再び話しかけようとしたがその瞬間に彼女は顔だけこちらに振り向いて再び口を開いた。
「ううん。別に何もなかったよ。さっ、ごはんごはん!」
それだけ言い残して彼女は台所へと向かっていった。
「絶対なんかあっただろ・・・」
だが彼女はそれを口にしなかった。やはり俺に触れてほしくないことなんだろう。
不安はあったものの、しばらくは様子を見守ることにした。
***
「夏美。明日、俺ちょっと早く家出るわ」
夕食後。俺はリビングのソファに座り、夏美は台所で洗い物をしている。
「んー?どしてー?」
夏美は顔をこちらに向けず、手を動かし続けている。
「ああ・・・まぁ、美冬の機嫌をな。・・・話したいこともあるし」
なんか言ってるうちに照れ臭くなって若干言葉に詰まってしまった。
おかしなことに夏美は俺の言葉を聞いた瞬間、手を止めていた。
「ん?どうかしたか?」
「え?・・・あ、いや別にー。そっかそっかー!じゃあ私ちょっと早く起きるからお兄ちゃんも一緒に起きてね」
「あ、ああ。分かった」
やはり今日の夏美は様子がおかしい。だがとりあえず様子見と決めたから無視だ。
「朝、美冬を迎えに行こうと思ってるんだ。悪いが明日は一人で学校行ってくれ」
「嫌」
消え入りそうな弱弱しい声だったが確かに俺の耳に届いた拒絶の言葉だった。
俺は驚いて夏美の方を見た。だが彼女は手元を見ながら洗い物をしているので表情は
「今・・・何て・・・?」
俺は思わず聞き返した。すると夏美はこっちを見てにこっと笑いながら口を開いた。
「ん?ああ、いいよ。私ももう子供じゃないしねぇー。けど帰りは一緒に帰ろ!」
「・・・・・おう」
顔こそ笑顔だったが、俺にはどこか無理をしているようにも見えた。
***
翌朝。
「んじゃ、行ってくるわ」
時刻は朝7時45分ごろ。いつもはあと30分くらい家で過ごしている。
俺は玄関で靴を履き、鞄を持って夏美の方を向いてそう言った。
「うん。気を付けて」
「夏美こそ気をつけろよ!変な男に絡まれるなよ!車には気をつけろよ!」
「あはは。もう、過保護だぞー」
夏美は俺の軽口に対して花が咲いたような笑顔で返してくれた。
しょうがないんだ。俺は夏美の親代わりだから。そう、しょうがない。
親父と母さんは仕事が忙しいらしく、昔からあまり俺達との時間を過ごすことがなかった。
「じゃ」
「うん」
今度こそ、ドアを開けて外に出た。六月の空は絵に描いたような曇り空だった。空気は重く、湿っぽい。
美冬の家までは歩いて15分弱だ。一応昨日「明日朝、迎えに行く」とメッセージを送ったが返信はなかった。
そりゃそうだよなぁ。俺なんて所詮友達の兄貴というだけだし。相手にされなくて当然。
「はは」
思わず笑ってしまった。まぁ、俺が頑張るしかない。
しばらくすると公園が見えてきた。ここを抜けると美冬の家が見えてくる。
公園には朝の散歩をしているお年寄りやランニングをしているお兄さんの姿があった。なんてことない日常の風景だ。
「それにしても、夏美のやつ何もねぇといいけど」
夏美のことは気がかりだが、あんまり干渉しすぎるのもね。
だって、
「お兄ちゃんには関係ないからっ!ほっといて!」
って言われちゃいそうだし。そんなこと言われたら傷つくし。
階段を上って時計台を通り過ぎ、ブランコの横を抜けて公園を出ると住宅街に出た。少し歩くと周りの家より少し大きい白い家が見えてきた。
よし。大丈夫だ俺。だいじょぶだいじょぶ。
俺は震える手で神楽坂家のインターホンを押した。どくんどくん、と心臓の鼓動が聞こえる。
『はい』
帰ってきた声は美冬のものだった。
「あ、ああ。俺、卯月だ。」
俺が言葉を返すと美冬は「はぁ」とため息を吐いた。
『待っててください。今行きますから』
ブツっと音声が途切れる音がした。その後にガチャとドアが開けられる音がして美冬は姿を現した。
「お、おは―」
おはよう、と続けようとしたが、思わず息を呑んでしまった。
なぜなら。
美冬が、
ポニーテールで、
出てきたからだ!
銀髪の子のポニーテールってあんまり拝めなくない?
なんてね。
「なんて顔してるんですか?・・・っていうか、目障りなんでさっさと消えてくださいって言いませんでしたっけ、卯月冬人?」
多分、今俺は相当間抜け面を晒しているのだろう。そんな厳しいお言葉が返ってくるぐらいには。
だが。
「顔はもともと悪いわ!そんなひでぇこと言ってないだろ、お前!あと何でフルネーム!?」
いろいろとツッコみたかった。
「ふふ。ごめんなさい。でも、嫌いだって言ったのに、どうしてわざわざ罵倒されに来たんですか?」
美冬は見た目通り氷の女王のような笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた。
「罵倒されに来たわけないだろ。それにメッセージ送ったからね、俺?」
「はいはい。わかってます。ありがとうございます、わざわざ」
美冬は家の門を開けて俺の目の前までやって来た。
「けど、私、あなたのこと嫌いですって言いませんでしたっけ?なのにどうしてわざわざそんな相手のためにお迎えに来てくれたんですかね〜?」
彼女は首を傾げ、薄く笑いながら俺を見上げてきた。
そ、それはだな、
「お、俺はだな・・・お前のことを、憎からず・・・思っているんだ、多分。・・・だから、お前に、嫌われたくは・・・ないんだ」
情けない。美冬の綺麗な顔を見ながら言うことはできなかった。顔が熱くなっていくのを感じる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
美冬は目を少し見開いたまま、沈黙していた。異様に気まずい雰囲気が流れていた。
多分、さっき俺が言ったことは事実であり、思ったことをそのまま話しただけなのだ。
この気まずい雰囲気を断ち切ろうと、俺が口を開こうとした瞬間、美冬がようやく口を開いた。
「そ、それって・・・もしかして・・・告白、だったり、しますか・・・?」
彼女の方を見ると、俯きながら地面を見ていた。表情は窺えなかったが、心なしか顔が赤くなっているような気がする。気のせいだな、多分。
おいおい、可愛いじゃねぇか・・・・・・
けどな。
「悪い。まだ、よくわからねぇんだ。俺がお前のことを本当に・・・好きかどうかは。何しろこんな性格で、見た目で、妹大好きを貫いてきた男だからな」
実際これも事実だった。俺は今まで妹以外の誰かを好き、というか気になったことなどなかったので、この胸の奥から沸き上がる得体のしれない感情に戸惑っていた。
「そ、そうですよね・・・。私、何言ってんだろ・・・」
俺の言葉に美冬は焦ったように声を上ずらせ、語尾はぼしょぼしょと小さくなっていった。
しかし彼女はすぐに何かに思い至ったような顔になり、また話し始めた。
「でも結局冬人さんって、私のこと・・・少なくとも好意的には、見てくれているってことですよね・・・?」
美冬は顎に自分の人差し指を当てながらそんなことを言ってきた。
う、うぐ・・・。
「・・・・・ああ」
正直に答えるしかなかった。
「・・・まぁ、今はそれでよしとしましょう。けれど、待っててくださいね。夏美ちゃんにも、二条さんにも勝って私が一番になってみせますから!」
彼女はそう言って、両手で俺の手を握ってきた。おいおい、そういうのやめてくれよ。ドキッとするだろ。心臓に悪い。
「まぁ、待ってるわ」
「よし。さぁ、行きましょう!遅れちゃいます」
そうして俺たちは学校へと歩き始めた。
***
学校へ向かう道中。
「あ。そういえば」
「どうかしたんですか?」
「あ、ああ。まぁ・・・」
美冬に聞いてみたいことがあったのだった。主に夏美のことだ。
「気のせいかもしれないけど、なんか昨日夏美のやつ様子がおかしかったんだよな。俺が飛びついたら避けたし」
「妹に飛びついてるんですか・・・」
美冬はやれやれといった感じでため息を吐いていた。だが無視。
「それでお前ならあいつに何があったのか知ってるかもと思ってな」
「ああ・・・。夏美ちゃん、言ってないんですね・・・」
「ん?何のことだ?」
美冬は「うーん」とうなりながら思案していた様子だったが、やがて意を決したように話し始めた。
「実は昨日の夜に、メッセージが届いたんです」
後に続いた言葉は衝撃的なものだった。
「三年の中黒先輩と付き合うことになった、って」
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