第33話 はぁ、全く。

 「お前に・・・言わなきゃいけないことがあるんだ」


 俺がそう言うと、二条は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべて口を開いた。


 「うん。何?」


 二条は首を傾げながらこっちを見ている。俺は心を落ち着かせるためにひとつ深呼吸をし、それから口を開いた。


 「じ、実はな、この前の勉強会の時、お前と水無月がしてた会話を聞いちまってたんだ。そ、それで・・・お前は、俺のことが―」


 俺が続きを言おうとした瞬間


 「ぷっ」


 と二条が小さく噴き出した。


 え?何、どしたの?


 俺が呆気にとられていると、二条はくすくす笑いながらも口を開いた。


 「あ、あー、あれね!やっぱり聞いてたんだ。ま、まさかあれホントのことだと思った?ば、ばっかじゃないの?あ、あたしが君のこと好きなんてそんなわけないじゃん。・・・あー、でも友達としては好きよ?面白いし」


 は?いや、でもそれじゃあ・・・


 「じゃ、じゃああれは何だったんだよ?お前と水無月で話していたあの会話は!」


 もしあの会話の内容を俺が勘違いしていたというならば、一体何の話をしていたっていうんだよ。


 「ちょ~っとだけ、君を驚かせようとしたの。あたしが水無月君にその話を持ち掛けたの。そしたら彼も喜んで承諾してくれたわ」


 二条はさらっとそんなことを言ってのける。


 「ほんとか?」


 実際、疑わしいものである。最近の二条の行動を見ていると。


 ただ、もともとこいつは俺をからかってくるうざい奴なのは間違いないからあながち嘘とも言えないかもしれない。それに水無月のやつもああ見えて性格が悪いということもあるかもしれない。


 俺の言葉に二条は


 「ほんとほんと。だって君は美冬ちゃんのことが好きなんでしょ?そんな略奪愛みたいなことはしないわよ」


 手をひらひらさせながらそう言った。表情を見ても何か隠しているという感じはしなかった。


 「・・・そうか」


 ひっかかりはするが、本人があれはただ俺をからかうためのものだったと話したのだ。ここではとりあえずそういうことにしておこうと思う。


 だって。だってさ?ここで俺が「本当は俺のこと好きなんじゃないか」なんてことを言ってみろよ。


 そんなこと言った日には「自意識過剰なんじゃねぇのバーカバーカ」って感じでひたすら自己嫌悪に陥って次の日には多分俺、自殺しちゃうよ?


 それにもし二条が本当に俺のことを何とも思っていなかったら一生そのことをネタにされそうだ。そして何より夏美と美冬にそんなことを言おうものなら俺はどうなるかわからない。


 俺は平静を装って軽い口調で言った。


「ま、まぁとにかく。あんま人のことからかうんじゃねぇよ。うっかり好きになっちまうかもしれねぇだろ?ま、俺はお前のことなんて何とも思ってないけどな」


 「あはは。・・・ごめんごめん」


 俺の言葉に二条が苦笑しながら返事をした。一瞬言葉が途切れたときに二条が傷ついたような表情を見せたのは気のせいだろうか。


 そしてその後気まずい沈黙が流れた。ふと空を仰ぐと雲が空一面に広がっていて星は一つも見えなかった。


 俺はいたたまれなくなって口を開いた。


 「話は・・・それだけだから。じゃ」


 俺はそう言い残して家へと足を向けた。二条は顔を俯かせたまま立ち尽くしていた。


 俺が自分の家の前まで来て振り返ると、彼女の姿はなかった。


 ―言葉通りに受け取っていいんだな?


 俺はそんなことを思いながら向き直って家のドアを開けた。


 その瞬間。


 高速、否。神速の飛び蹴りが俺の顔に炸裂した。俺はそのまま玄関でぶっ倒れた。


 「このばか兄貴!不良息子!何時だと思ってんだ!私、今すぐに帰ってこいってメッセージ送ったよね?ね?」


 俺の愛すべき妹、夏美がパジャマ姿で俺の近くに立っていた。ぷんすか怒りながら顔を俺に近づけてきた。可愛いなぁ、まったく。


 やれやれと思いながら俺は口を開いた・・・のだが。


 「俺は君の息子じゃないし、まだ9時前だから―」


 「黙らっしゃい!!」


 「はい・・・」


 俺は反論しようとしたが夏美の一言で黙らされてしまった。よっわいな、俺。


 それからしばらくお説教されることになったのであった。ちゃんちゃん。


 ***


 翌日。外の雨の音で早くに目を覚ました。何やら隣に誰かいるなと思って見てみると。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そこにはパジャマを着崩して下着が見えそうになっている妹の姿があった。


 「は?」


 ま、待て待て。どうしてこんなことになってるんだ?ま、まさか俺、妹とイケナイことしちゃったとか?


 まだよく働かない頭で昨日のことを思い出してみると。


 「・・・・・あ、そういえば」

 

 昨日さんざん説教された後、罰として「今日は私と一緒に寝てもらうから」と言われたのだった。


 ま、まぁ俺にとっては罰どころか嬉しすぎて天にも昇りそうな心地がするご褒美だけどな?


 でも今、内心めっちゃ焦ってました・・・


 「ごめんな、昨日は」


 多分、寂しかったのだろう。昔よりはずいぶんと成長したとはいえ、夏美はまだ中学生だ。見た目こそ大人っぽいが心はまだまだ子供そのものということなのだろう。


 まぁ、子ども扱いすると怒るけどな。私はもう子どもじゃないって。


 俺は夏美を起さないようにゆっくりとベッドから降りて洗面所へ向かった。ふと時計に目をやると時刻はまだ6時前だった。


 「勉強するか。テストも近いし」


 そうして俺は洗面所で顔を洗った後、しばらくコーヒーを飲みながらテスト勉強をした。


 って、また俺妹と一緒に一夜を過ごしちゃったよ!いかんいかん、こんなことはもうやめにしなければ・・・


 ***


 「美冬ちゃん、昨日かなり怒ってたし、落ち込んでたよ。もう私と遊んでくれないんだって」


 「マジか・・・」


 俺はいつも通り妹と登校していた。「言っとくけどまだ許したわけじゃないからねお兄ちゃん」とか言ってたけど何だかんだ一緒に登校してくれるあたりマジ神。ヴィーナス!


 まぁ当たり前といえば当たり前だが、今日は二条はうちに来なかった。


 ちなみに今日は雨なので傘をさしている。そして。


 そして。


 俺は。俺は今。


 妹と相合い傘をしているのだ!!


 もちろん中学校までだけどね。


 まぁ・・・それはさておき。


 美冬はどうやらお怒りのようで、今朝はうちに来てくれなかった。これはしばらく美冬のご機嫌取りをしなければいけなさそうだ。


 はぁ。それにしても、二条のやつ。


 ほんと、何なんだよ。


 「美冬ちゃん、このままだとお兄ちゃんに愛想つかしちゃうかもよ?」


 「そ、それは困る。・・・めっちゃ」


 俺が若干照れながら言うと、夏美は「はぁ~」と長いため息をついてから口を開いた。


 「そんなに美冬ちゃんのこと好きなら、どうして昨日はあの・・・二条さん?と遊びに行ったの?」


 水無月も居たんですがね。どうやらわが妹の記憶からは抹消されているらしい。安らかに眠ってくれ、親友よ。


 「そ、それは、ほら、勝負が―」


 俺の言葉に被せるように夏美が言った。


 「それはそうだけど、それだけが理由じゃないよね?」


 俺は言葉に詰まってしまった。ぐ、さすが我が妹だ。完璧に見透かされていたとは・・・


 俺は観念して本当のことを話した。


 「・・・そっか。昨日は自分の気持ちを確かめるために二条さんと。まぁ、それなら私はしょうがないなと思うよ?でもそれを美冬ちゃんに伝えられる?二条さんのことは本当に何でもないんだって」


 「う・・・それは難しいな」


 だって。


 「あはは。そーだよね?もうほとんど告白だもん」


 夏美は口に手を当てながら笑ったが、俺は全く笑えない。


 「ま、まぁとにかく美冬に愛想尽かされないように頑張ってみる。どうにかして」


 「頑張れ!」


 はぁ。本当にいろいろどうしよう・・・


 ***


 その日、二条と俺は一言も言葉を交わさなかった。彼女は俺と目を合わせるとすぐに顔をそっぽに向けてしまい、昼食も水無月の席で一緒に食べていた。もちろん俺はそんなところに入っていけるわけもなく、そして彼との約束を破るわけにもいかず、久しぶりのぼっち飯をすることになった。


 放課後。二条は半ば無理やり水無月を誘って一緒に帰った。教室を出る瞬間彼女がちらっと俺の方を向いたのは気のせいだろう。


 クラスのやつらはそんな光景を見て


 「卯月、二条さんにフラれたんだ~」


 「え、二条さん水無月君のこと好きだったんだ!」


 「卯月・・・大丈夫だ」


 とかなんとか言ってやがった。別にフラれてねぇって!むしろ俺が振ったとすらいえる・・・かな?二条が水無月のことをどう思っているかは知らん!


 はぁ。どうやったらあいつの機嫌を直せるだろうか。


 何だかむしゃくしゃする気分を振り払うようにスマホを開いて一通のメッセージを送った。もちろん相手は美冬だ。こっちの機嫌も直さねばならない。


 『今日、ちょっと会えないか』


 数分後に返信が来た。


 『嫌です。会いたくありません。二条さんと遊んでればいいんですよーだ』

 

 完全に拗ねちゃってるなぁ。まぁ、可愛いけど。


 それなら。


 『それなら今から迎えに行きますよ』


 とだけ残して俺は中学校に向かったのだった。

 


 


 



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