第32話 確かに楽しかった
「ルンルーン♪」
隣を歩く二条はご機嫌だった。その様子を俺と水無月は優しく見守っていた。
あ、そういえば。
「なぁ二条。今日行きたいところって・・・」
「そう!前に言ったでしょ。映画に行こうって」
二条は俺の方を向いて人差し指を立てながらにっこり笑ってそう言った。
やっぱりか。まぁ、あんとき確か行くって約束したもんなぁ。映画は別に嫌いじゃないからいいけどよ。
それにしてもやっぱりその笑顔、ただの友達に向けるものじゃないんだよな。
思わず目をそらしてしまった。
俺がいまだに戸惑っているのを察してか、水無月が口を開いた。
「ああ、言ってたね!そんなことも。それで何を見るの?」
「え、ああ。えーっとね・・・」
二条はいきなり話してきたのにびっくりしながらも「えーっと」と頭の中で考えて
「レッツゴートゥーザワールド~世界を見に行こう~、だったかな」
「サブタイトルいらねぇだろ・・・」
その題名を聞いて思わずツッコんでしまった。サブタイで同じこと言わんでええわ。
あー、でも日本人英語苦手だからなぁ。制作会社さんのやさしさなのかも・・・
その程度の英語も分からないようじゃ困っちゃうんですよね~英語力は大事!
「ああ、それって確か長い間大事に家で育てられてきたがために碌に世の中を知らない女の子がある日やってきた転校生の男の子に『世界を見に行こう』って言われてまだ見ぬ世界へ旅立つ話だよね」
水無月が物語の説明をした。
ほう、そんな話なのか。
「うん、そう。実はさ私も家が家だから友達とあんま遠出したことないんだよね。行けたのは町の中だけ。でもさ、世界にはまだ私たちの知らないものがたくさんあるんだよ。私は知識ばかり持ってるけど一度も本物の世界ってやつを見たことはないの。だから、擬似的に体感したいなって」
二条はどこか遠くを見ながらそう語った。
「そう、なのか・・・」
なるほどな。物語の主人公に自分を重ね合わせたってわけか。確かにそれを聞くと似てるとは思う。
「僕たちは17年くらい生きてきてるけど、知ってることなんてほとんど自分の住む町とか本で見たことばっかりだもんね。知った気になってるだけ。ほとんど何にも知らないんだよ、僕たちはね」
そう言って水無月は悲しげな笑みを浮かべた。
世界は確かに広い。まだまだ知らないことが多すぎる。
しばらくの間、俺たちの間に沈黙が流れた。聞こえてきたのは街を行く人々の喧騒と車の音だけ。
くそ、なんでこんなムードになってんだ。
俺はいたたまれなくなって口を開いた。
「じゃ、じゃあさ。夏休み、俺達でどっか遠くへ行こうぜ。知らない世界ってやつを、見に行こうぜ」
俺がそう言うとふたりは驚いていた。だが二条はすぐに悲しそうな顔をして
「ありがと。でも、うちの親がなんていうか、その・・・」
そう言った後、顔を俯かせてしまった。
だろうな。そういう話になるとは思っていた。
けれど大丈夫だ。
「それなら問題ない。親父さんを説得してやるからよ。・・・・水無月が」
「僕!?」
水無月は素っ頓狂な声を上げて驚いた。周りの人が一瞬こっちを見た。
「どうかお願いします大親友様!俺じゃコミュ力なさすぎて無理だ!それにお前みたいなイケメンならきっと向こうのウケもいいはず!」
俺は必死に頼み込んだ。
「都合のいい時だけ僕を大親友って呼ばないでよ・・・。はぁ、まったく。君はずるいな。・・・わかった。頑張ってみる。けれどその時は君も一緒に来てよ。何もしなくていいから」
やっさすぃなぁ~ほんと。
冗談抜きで今度から親友扱いしてやらないとな。
「わかったよ」
俺はその言葉に返事を返した。
「・・・・・」
ふと二条の方を見ると、気まずそうに口をつぐんでいた。
「どうした?」
俺が問いかけると、どこか遠くの方へ顔を向けてしまった。
「な、何でもないわよ。ありがと。・・・ほんと」
表情は分からずとも、声音から想像できた。やっぱり、可愛らしいところもあるな。
俺と二条は何も言わずにただ穏やかな笑みを浮かべるだけだった。
***
訪れた映画館は俺が前に夏美と行った例のショッピングセンターの中にあるところだった。俺たちはカウンターでチケットを買って、席を決める・・・のだが。
「空いているのはここの列のこの一郭だけなのですが、どうなさいますか?」
「だってさ。どする?」
二条が俺たちの方を向いて聞いてきた。
って、何で平日の夕方なのにこんなに混んでるんだよ!何、この町の人はみんな映画大好きシネマンなの?
「そうだな・・・俺は端っこに—」
俺がそう答えて席が書かれた紙を指さすと即座に二条が近づいてきて口を開いた。
「じゃあ私、その隣ねっ!」
うおお、びっくりすんじゃねぇか。あとチカイデス。
「じゃ、じゃあ僕は二条さんの左隣・・・でいい?」
水無月が頬を若干染めながらもそう言った。すると二条は
「あー、うん。いいよ」
ニッと笑いながら了承した。
よかったな、親友よ。一ミリぐらい応援してるからな。
そうして席を決めると、館内に入って席に座った。
「ウワァ、ヒト、イッパイ、イル」
「片言になってんぞ。まぁ、確かに多いよな」
二条さんは人の多さに驚きのようです。僕も驚いてますけど。どこを見ても、人、人、人って感じだった。
「仕方ないよ。ここは僕たちみたいな高校生とかがいっぱい来るから」
水無月が俺たちの方を向いてそう言った。
「ふたりは何回も来たことあるの?あたしはここの存在を知ってから、実際に映画見るのは初めてなんだけど」
二条の言葉に俺と水無月は
「まぁ、何回か」
「う、うん。何度かは」
と短く答えた。それに彼女は「へー、そっか!」と答えるだけだった。
しばらくすると例の如くスクリーンに映画泥棒が現れて撮影禁止を呼び掛けてきた。
隣では二条が「キモ・・・」と若干引いていた。
実際にいるらしいですよ?映画泥棒が嫌いなせいで映画館で映画を見られない人って。まぁ、俺はシュールな姿が面白いとは思うけど。
それが終わると本編が始まった。俺たちは1時間半くらいはその映画を見ていた。
***
「最後のシーン、ホント良かったよね。僕、感動しちゃった」
「あーそれね!少女が自分を狭い世界から連れ出してくれた少年と結婚したって話」
水無月と二条が感想を言い合っていた。
現在。ショッピングモール2階のカフェっぽいとこで感想を話し合おうってことになったのである。
「そんなによかったか?ありがちなストーリーだったと思うが」
実際、いい話ではあった。けれど別に自分を助けてくれた子と結ばれる話くらいいくらでもある。
人生そんなハッピーラッキーでキラキラな話ばっかじゃねぇんだよ!なめてんのか!
って感じである。
「またまた~そんなこと言って!あたし、見てたからね?」
俺の言葉に二条がニヤリと嫌な笑みを浮かべてそう反応してきた。
「ななな、何を言ってるのかな・・・?」
俺がすっとぼけて目をそらすと今度は水無月が口を開いた。
「うん、僕も見てたからね?」
げ・・・
そしてふたり声をそろえて
「「君が泣いているところ!!」」
「ぐ・・・」
ばっか、お前らそんなとこ見てんじゃねぇ!男は涙を見せちゃいけないんだよ!
そ、それにあんまいい話じゃなかった・・・と思うし?ツンデレじゃねぇからな?
っていうか君たちやっぱ気が合うんじゃない?
よかったね水無月!
そうして俺たちはひとしきり笑いあった。実際、かなり楽しい時間を過ごせたと思う。しかし1時間ほどたったころ、ふとスマホを見てみると、何件か通知が来ていた。美冬と夏美の両方からだった。
美冬
『冬人さんはやっぱり私のことなんてどうでもいいんですね!!明日からもう相手してあげませんから。べー』
夏美
『はやく帰ってこい』
『はやく』
『はやく』
『は・や・く』
『お兄ちゃんなんて大っ嫌い!!』
ぎゃああああああああああああああ!!!!!
いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
ふたりとも俺のこと嫌いにならないでぇ!今日は仕方ないじゃん!
夏美に嫌われるのは絶対に嫌だ!それだけは死んでもごめんだ。
まぁ、それにもう20時30分過ぎだもんな。
「なぁ。もうそろいい時間だし、帰ろうぜ」
俺がそう切り出すと、二条が即座に反応した。
「待って!!」
その声音は強かった。ふと声の方を見ると、彼女は真剣な表情で何かを必死に訴えかけようとしていた。
俺はそれに驚きながらも口を開いた。
「ど、どうした?そんな真剣な表情で。・・・・・トイレか?」
「ち、違うわよバカ!そうじゃなくて・・・」
俺の言葉に勢いよく反論したものの、またすぐに声は小さくなっていった。何やらもじもじと指を突っつき合わせている。
「どうしたの・・・・?二条さん」
水無月も苦笑いでそう言うと、彼女は深呼吸をしてからこう言った。
「一緒に写真を撮ってくれませんか!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
俺も水無月もしばらくの間固まっていた。
そして。
「あははははは。何だお前、そんなことかよ。ビビらせんなよ」
「はは。ごめん。僕もちょっと拍子抜けしちゃった」
俺と水無月は笑いながらそう言った。
「もう!笑わなくてもいいじゃん!で、どうなの?」
二条は顔を赤くしながら怒っている風だったが、むしろ照れているようだった。
何言ってんだ。もちろん・・・
「いいぜ」
そうして俺たちは二条のスマホを使い、水無月が店員さんに頼んで写真を撮ってもらった。
写真を確認してみると。
「やっぱ俺、死にそうな目してるな・・・」
二条と水無月はくすくすと腹を抱えて笑っていた。チクショー!
***
あの後は、それぞれ帰路についた。水無月とは途中で別れ、今は俺と二条の二人である。
「はぁー!楽しかった!」
二条が不意にそう口にした。
「・・・だな。まぁ、楽しかった」
俺は一瞬遅れながらも合いの手を入れてやった。
実際楽しかった。嘘偽りなく、確かにそう感じた。
けれど、俺は。
こいつに言わなければならないことがある。
ずっと考えていた。俺は二条のことをどう思っているのか。確かにこいつは可愛らしくて魅力あふれる女の子だと思う。そんな二条に迫られれば俺はドキッとしてしまうわけだが、それは最初に美冬に会ったときに感じたドキドキとはやはり違うものだと思うのだ。
だから、そんな俺が、いつまでも水無月の邪魔をするわけにはいかない。あいつと約束したから。
俺が足を止めると、二条も少し先で足を止めて振り返った。
「お前に・・・言わなきゃいけないことがあるんだ」
俺と二条の家はすぐそこだった。
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