第31話 今日だけは
水無月は話し始めた。
「僕さ、自分で言うのもなんだけど、見てくれは結構いいから昔から女子に好かれたんだよね。それで中学生にもなると僕に告白してきた子が何人かいたんだよ」
ただの自慢か?おいおい。
いや、でも見た目だけじゃなくて意外と性格もいいやつだなとは思います・・・
「それで、どうしたんだ?」
「当時の僕は恋とか愛とか全く分からなかった、今もだけどね。でも僕は人のお願いを断るのは苦手なんだ。だからなんとなくでオーケーしちゃったってわけ」
なるほどな。「付き合って」という恋愛関係の願いでもこいつは断れなかったということか。
俺はふたたび合いの手を放つ。
「それで、どうなったんだ?」
「うん。正直に言えば僕も恋愛ごとに興味はあったから、最初のうちはなんとなくでも上手くやろうとしたよ。けれど次第に、何で僕はこの子と一緒にいるんだっけって思うようになった。これは本当に僕が望んでいたものなのかなって思った。だからその子とは別れた」
自分からオーケーしておいて無責任な話だとは思うが、なんとなく理解できてしまったので何も言えなかった。相手の好意を無駄にしないためになんとか頑張ってみようとしたが、やはりダメだった。相手のことを好きにはなれなかった。そういうことなのだろう。
「それで、その後は?」
「それからはひたすら探し続けたさ、本物の恋ってやつを。何人かの女子たちの好意を無碍にしながらね。ほんと、自分にはいつか罰がくだるんじゃないかって思うよ」
そう言って水無月は珍しく自嘲的な笑みを浮かべた。
「それで最近になってようやく見つかった。それが二条だった。そういうことか?」
俺がそう問うと水無月は「うん」と言って肯定した。
「今までも結構可愛い子と付き合ってたと思うけれど、二条さんを見た時自分の中で何かがはじけたんだ。そうして初めて本物を見つけたのさ」
「そう、なのか・・・」
こいつはひたすらに本物の恋を探し続けてやっと最近それを見つけることができた。そういうことなのだ。だからこそ俺は今すぐにでも二条に自分の気持ちを伝えなければならない。そして水無月を応援してやらなければならない。そう約束もしたから。
けれど、けれど。
まだ俺の中で感情の整理がついていないんだ。友達と恋人の明確な違いって何なんでしょうね。ほんと。
「まぁ、焦らなくてもいいから。でも君が言った通り『いつかは』決着をつけてよ」
水無月はそう言って手を差し出してきた。
「ああ、約束する」
俺はそう答えて水無月の手を握り返した。
この約束だけは絶対に守ろうと心に誓った。
***
しばらくすると、猛ダッシュでこっちへ走ってくる少女たちの姿が見えた。ひとりは俺の愛すべき最愛の妹、もうひとりは銀髪で・・・
って説明いらないよね~!あの子たちに決まってるもーん!
「そういえば君が今一番欲しいものって・・・」
隣から水無月が話しかけてきた。
その顔には何かに気づいた様子だった。さすがというところか。
「黙ってろ」
俺はそう言って彼を制した。
再び正面に向き直ると・・・
「おおおおおおおお!!!」
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
「どりゃぁぁぁぁ!!!」
と叫びながら目の前まで美少女たちが迫ってきていた。けれど全然うれしくありません。怖いです。そんな必死な形相で向かってこなくても・・・
そうして夏美、美冬、二条は息を切らしながら俺たちの目の前に戻ってきた。時計を見るとちょうどもうすぐ1時間が経過するところだった。
「お、おお。お疲れ・・・」
「お疲れ」
俺と水無月がそう言うと、三人は「へへ」と笑った。
「よし。それじゃあ君たちが持ってきたものを見せてもらおうじゃないか」
俺がそう言うと三人は一斉に「はい!」と叫んで手を挙げた。
君たち仲いいじゃん・・・
もう争わなくてもいいじゃん・・・
「お前らでじゃんけんでもなんでもして決めろ」
俺がそう言うと彼女たちは「じゃーんけーん」と言ってじゃんけんを始めた。三回ほどあいこになった後に決まった。
「私いっちばーん!」
「私が二番です」
「あたしは三番よ」
なるほど。夏美、美冬、二条の順番ってことね。
「まずは夏美だな」
「はーい!」
俺の言葉に夏美は俺のすぐ近くにまで寄ってきて、袋から物を取り出した。
それは・・・
「じゃーん!スノードームでーす」
夏美が俺の顔の前に差し出してきた。
これって。
「これ、どこで見つけたの?噂では世界にたった一つしかないと言われてる職人が作ったものなんだけど。でも、これは確かにキラキラしてて可愛くてたった一つしかないものだね」
と水無月さん。
「そ、そうそうこれが欲しかったんだよな~!さすがだな~!」
「「どうして棒読みなの?」」
俺の嘘くさい芝居に後ろの女子二人がツッコんだ。
うるさい。夏美が俺のために何でも買ってきたものは何であろうが俺の欲しいものなんだよ!
「それは違うってことだね」
水無月がそう判断した。さすが審判。公平公正です。
まぁ確かにそうなんだけど・・・
すると突然夏美が俺の耳元に口を近づけて耳打ちしてきた。
「嘘だよ。プレゼントはわ・た・し。お兄ちゃんのために特別な香水つけてきたし、ほんのり化粧だってしてるんだよ。もし私を勝たせてくれたら、私のことを好きにしてもいいよ。あんなことやこんなことも・・・」
た、確かにいつもと違う香りがするな。しかも唇が艶やかでみずみずしい。俺は甘噛むような声音にぞくっとしてしまった。え、何してもいいの?あんなことやこんなことも?
って、いかんいかん。俺たちは兄妹だろ。
俺はこみあげてくる欲望を必死に理性で押さえつけた。
「ば、ばか。何言ってんだ。判定はこっちで決めるからさっさと戻れ」
俺が夏美を引きはがしてそう言うと夏美は「ちぇっ」と口をとがらせながら二人の方へ戻っていった。いや、その様子も非常に可愛いんですけどね。
あながち「プレゼントは私」というのはそこまで間違ってはいないのだがな。
「じゃ、じゃあ次は私ですね」
夏美が戻ると今度は美冬が緊張した面持ちで目の前まで近づいてきた。
お、おう。そんな顔で近づいてきたらこっちまで緊張しちゃうだろ・・・
なんかドキドキしてきた・・・
「こ、これです」
美冬が顔を真っ赤にしながらこっちに差し出してきたものは・・・
「ネックレス・・・?」
三日月があしらわれたキラキラと光るネックレスだった。
「はい。私も同じものもってるので、その・・・おそろい、です」
美冬はこっちを見たりそっぽを向いたりを繰り返していた。
お、おい・・・
可愛いじゃねぇか!
「あ、ありがとよ・・・」
俺はその手に触れないように慎重にネックレスを受け取った。
「ふむ。それってどこかで買ってきたもの?」
水無月が美冬にそう聞いた。
「いえ。これは特注品です。知り合いにこういうのを作ってる人がいるので」
と美冬。
マジか。これ特注品なの?すっげぇ~三日月に光が当たるとキラキラ輝く!
「なら確かにたった一つしかないものだね。それにキラキラしててかわいげもある」
水無月さんの判定でした。
「・・・ですか?」
「え?」
突然美冬が何かを言い出したので俺は聞き取れなかった。
「だ、だから。冬人さんが本当に欲しいものって・・・彼女、ですか?」
美冬は言いにくいことを言うように声を潜めてそう言った。
「え?あ、ああ、ええとそれはだな・・・」
必死に取り繕ったものの動揺を隠せなかった。
え、マジ?気づいちゃった?うっれしいなー!
けれど判定は最後にすると決めている。
「まぁとにかく今は戻ってくれ・・・」
俺はそう言ってごまかした。美冬は少し不機嫌そうだったが素直に二人のところに戻っていった。
ああ~緊張した。
「次はあたしね」
今度は二条がすたすたと歩いてきた。その足取りは軽い。
「あたしが持ってきたものはね」
彼女は不敵な笑みを浮かべてこう言い放った。
「あたし自身よ」
「!」
マジか・・・さすがに驚いた。
「私、気づいちゃったの。君がたった一人の、自分の気持ちを分かってくれる彼女が欲しいってことに。だから私は何も持ってこなかった。あたしが君の彼女になってあげるよ」
「・・・あ、ああ」
俺が力なくそう答えると二条は颯爽と戻っていった。
そう、俺が欲しかったのは「俺の気持ちを分かってくれるたったひとりの彼女」だったのだ。
「・・・当てられちゃったね、二条さんに」
水無月が俺に向かってそう言ってきた。どこか悲し気な笑みを浮かべていたように見えた。
けれどこの勝負の真意に気づいたのは二条だけじゃなくて、美冬だってそうだ。
え、夏美?惜しかったんだけど、妹とは彼女になれないからなぁ~
残念残念。
さて、どうする。
「この勝負の判定、どうすればいいと思う?」
俺は水無月にそう質問した。
「決まってるよ。彼女の、二条さんの勝利だよ」
「まぁ・・・そうだな」
ここで二条に勝利をくれてやっても別に不満はない。
「では判定。この勝負、二条の勝ちとする。だが美冬も惜しかったので10ポイント贈呈する」
俺がそう言うと彼女たちは「はぁ~負けちゃった」「む。まぁしょうがないですね」「へへ。あたしの勝ちぃ!」とそれぞれだった。
現在一位 二条 20ポイント
二位 美冬 14ポイント
三位 夏美 6ポイント
という結果になった。
「さて。これで満足したか?今日は悪いが二条と少しの時間遊んでくる」
これはもともと夏美と美冬を納得させるための勝負だったはずだ。
「はぁ~分かった。帰ろ、美冬ちゃん」
「はい、わかりました。うん、帰ろ」
夏美と美冬はふたり手をつないで家へと帰っていった。俺たちはそれを見届けてから
「行くか。ふたりとも」
水無月も一緒に来る約束だったはずだ。
俺の言葉に二人は「うん」と言って頷いた。
今日は友達と遊ぶことに集中しよう。それ以外のことは後回し。いつかはちゃんと決着をつけるから。
俺たちは三人そろって街中の方へ歩いて行った。
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