第30話 いつかは

 いつまでも校門の近くで話しているわけにはいかないので、俺たちはひとまず近くの公園のテーブルのあるベンチに座っていた。


 「勝負って言ったけど、内容まではあんま考えてねぇんだよな・・・」


 意見対立時の解決法として勝負を提案したはいいものの、具体的な内容まではあまり考えていなかったのだ。


 俺の言葉に対面に座る女子三人衆は


 「はぁ・・・」


 「そ、そうなんですね・・・」


 「まったく・・・」


 美冬だけは苦笑いで応じてくれたが、結局のところみんなあきれていた。


 しかたねぇじゃん。だってなんか三人が言い争ってるの、見たくなかったんだもん。


 俺が考えるために地面を見ていたら隣に座っていた水無月が「そういえばさ、」と言って話を切り出してきた。


 俺は顔を上げる。


 「その勝負って何?よかったら僕にも聞かせてくれないかな」


 「あ、ああ・・・」


 そうか。こいつだけ置いてけぼりにしていたな。ちらっと前の三人に目を向けると、別に異論はなさそうだったので話してやることにした。


 「それはだな」


 そうして数分かけて勝負の内容やいきさつ、今はどうなっているかについて話した。


 「ふーん、なるほどね」


 水無月はニヤッとした笑みを向けてそう言った。


 あんだよ、何か文句あるのかボケ!言いたいことあんならさっさと言え!


 的な視線を水無月に向けると


 「いやー、君ってモテモテラブコメ主人公だなって」


 「は?何言ってんのお前。頭大丈夫?」


 別に俺はハーレムを作っているわけではないし、空から女の子が降ってくるみたいな意味わからん状況に巻き込まれたこともない。それに俺は友達も碌にいない。


 こんな俺のどこがラブコメ主人公だっていうのだろうか?ねぇ、教えて!


 俺のツッコミに水無月は苦笑いで応じただけだった。


 「まぁそれはともかくとして、内容は分かった。面白そうだね。じゃあ僕はその勝負の審判的な役をやろうか?」


 そう言って水無月は俺の顔を見てきた。


 なるほど、審判か。確かに判定を下したりするのは俺の主観だったからな。公正公平な勝負には第三者の目が必要だろう。

 

 だが。


 こいつにひとつだけ注意しておかねばならないことがある。


 俺は前の三人に聞こえないように耳打ちで話した。


 「お前、二条のこと好きだからって判定とかひいきすんじゃねぇぞ」


 「うん、わかってるよ。僕としても正々堂々君から奪い取りたいからね」


 水無月が小さな声で返事をした後、俺は再び席に座った。すると前の三人が


 「なーに話してたの?お兄ちゃん」


 「何話してたんですか?っていうかその人は誰ですか?」


 「何こそこそ話してんのよ?」


 にらみつけるような視線とともにそう言ってきた。こ、怖いですって。


 ああ、そういえば美冬は初対面だったか。


 「ああ、こいつか。こいつは水無月孔平。俺の友達(仮)」


 「また名前を・・・って今回は間違えてない!」


 俺の言葉に水無月がツッコんできた。あーいらないから、そういうの。


 「そうですか。初めまして。私は—」


 美冬は水無月に向かって自己紹介をしようとしたが、水無月は「ああ、いいよ」と言って制した。


 「神楽坂美冬さん、だよね。ここいらでは有名人だから僕も当然知ってるよ」


 そう言って水無月はいつもの爽やかスマイルを浮かべた。


 おいてめぇ、何美冬にちょっかい出してんだコラ!


 って、美冬はまだ誰のものでもないんだよな・・・


 「そ、そんな。有名人だなんて。ま、まぁとりあえずよろしくお願いします」


 美冬は有名人と言われたことが嬉しかったのか顔を赤くしながらぺこりと水無月に会釈をすると水無月も「うん、よろしく」と言って返した。


 挨拶も済んだところで本題に入らねばな。


 俺は「こほん」と咳払いをして切り出した。


 「さて、俺と遊ぶやつを決める勝負の内容だが、さっき思いついた」


 俺がそう言うと


 「誰が一番お兄ちゃんの好感度を得られるかの勝負でもあるよ」


 夏美が俺に向かってそう言ってきた。その言葉に他の女子ふたりはうんうんそれそれと頷いていた。


 まぁ、確かにそうでもありましたね・・・・・


 でもどっちでもよくありませんかね・・・・・


 俺は適当に「ああ、そうだったな」と返事をしてから話を続けた。


 「君たち三人には、今俺が一番欲しいものを当てて持ってきてもらう。時間は今から1時間以内だ。それまでに俺がもらって最も嬉しいものをここに持ってきたやつが勝利だ。ポイントは・・・・・・・90!」


 俺がたっぷりためてそう言うと三人は驚いて


 「えっ!」


 「う、うそ!」


 「は、はぁ!?」


 目を丸くしていた。


 「っていうのはもちろん嘘」


 俺がそう言うと


 「はぁ~」


 「ふぅ~」


 「な、何よ。びっくりさせないでよ」


 といった感じで安堵の息を漏らしていた。


 「20ポイントだな。二条、お前には悪いが0ポイントから始めてもらうからな」


 「ふん、いいわよ。その20ポイントをとれば私が一気に一位になれるんだから」


 俺の言葉に二条はキラキラの金髪をサッと払いながらそう答えた。


 とれれば確かに暫定一位になれるけど、負ければ離されるだけだからな。ハイリスクハイリターンっていうやつだ。途中からずかずか入ってきたやつにハンデをやるほど俺は優しくない。


 「よし、三人とも分かったな。あ、付け加えるけど例えば俺が新しい服が欲しいっていうときにただ服を買ってくるというのはダメだぞ?俺に似合うやつじゃないとダメだ」


 俺の言葉に三人は頷いて同意を示したが、その後に美冬が「はい」と手を挙げた。


 「なにかね、美冬」


 「ヒントは・・・くれないんですか?」


 美冬は席を立って俺のもとに近づいてきて下から潤んだ瞳ととろけるような声音でそう言ってきた。


 う、うぐ・・・や、やめんか


 「よし、やろう!」


 「「チョロすぎぃ!!」」


 俺が勢いに任せてオッケーすると他の女子二人が立ち上がってそう言ってきた。そして美冬をずるずる引きずってもとのベンチに座らせた。


 だって、しょうがないじゃん。あんな目と声で言われたらオッケーしちゃうよ!


 あと、確かに何もヒントがないのは大人気ないな。俺としても余裕を見せておきたい。


「そうだな・・・可愛くて、きれいで、キラキラしてて、たった一つしかないものだ」


 俺がヒントをくれてやると、三人は「え、どゆこと?」「キラキラ?」「男なのに可愛いものが欲しいの?」みたいな感じで互いに顔を見合わせていた。


 これをわかってくれたら・・・・


 俺は嬉しいかな。


 すると突然、隣の水無月が「ちょっといいかな」と話しに入り込んできた。


 あ?てめぇの出る幕なんてねぇんだよ!さっさと失せな!

 

 的な意図を込めた視線で俺がそっちを向くと、水無月は話し始めた。


 「その勝負って、君の妹である夏美ちゃんが有利なんじゃないかな?」


 ああ、なんだ。そういうことか。

 

 俺はその質問に答えてやる。


 「それなら大丈夫だ。俺は別に妹に『これが欲しいなぁ』なんて呟いたことは一度もない。なぜなら」


 「「「「なぜなら?」」」」


 なぜか女子三人衆も身を乗り出して聞き返してきた。


 ふっ。


 「妹に物をねだるなんてダサすぎるだろ!俺は夏美の欲しいものを買ってやっても俺の欲しいものを買わせたりは絶対にしない!俺は究極のシスコンだからな」


 俺ががばっと立ち上がって熱弁をふるうと、夏美は


 「さすがお兄ちゃん!」


 と、手でグッドを示してくれたが他の三人は


 「そ、そ、そうでしたね・・・」


 「はぁ、あんたって・・・・・」


 「ああ、そういえばそうだったね・・・」


 苦笑交じりでそう言うだけだった。


 俺は「まぁ、とにかくだな」と話を戻した。


 「夏美だけに有利な勝負ってことはない。それにそう簡単に分かるものじゃないからな」


 俺がそう言うと水無月は「そっか」と言って同意を示した。


 公園の時計を見ると、時刻はちょうど五時だった。


 「よし。それじゃあ、よーい」


 俺の合図で女子三人は席を立った。


 「ドン!」


 彼女たちはどこかへ走って行ってしまった。


 ***


 さて。実はこいつとふたりきりで話すことがあったのだ。今はちょうどいいだろう。


 ボールや遊具で遊ぶ子供たちの姿を見てから、俺は水無月のほうを向いた。


 「あ、あのな。この前の話なんだが・・・」


 俺がそう切り出すと水無月は真剣な表情で「うん」と答えた。


 「実は二条が俺のことが好きだってことと、お前の告白もお前がフラれたところも全部聞いちまってた。なんか、その・・・わりぃ」


 俺は勝手に気まずくなって思わず頭を下に向けた。


 「ああ、やっぱり?まぁ、分かってたけどね」


 「そ、そうか?」


 俺は少しだけ顔を上げる。


 「まぁ、僕の方は全然いいよ。君には話してたからね、彼女のこと」


 そう言って水無月は優しく微笑んだ。


 いつもはキザで鬱陶しいと思う笑みも、今は全くそう感じなかった。


 「けれど」


 水無月は俺の目を見て言う。


 「君はどうするの?あれを聞いて」


 「そ、それは・・・」


 俺は返答に窮してしまった。それは今俺が悩みに悩んでいることだからだ。


 「ああ、ごめん。責めるつもりはないよ。別に急いでほしいわけじゃないから。けれど君は僕の気持ちを知っていてそれでもなお彼女を離さないのはね・・・」


 「・・・・・」


 水無月は優しく語りかけてくれたが俺は何も言えずにいた。こいつの気持ちを考えればさっさと恋愛感情なんかないと告げてあきらめさせるのが最もいいとは思う。だがそれによって俺の初めての友達を失ってしまうかもしれない。早く言わなければという義務感と、失うことの不安に俺はさいなまれているのだ。


 それに、こんな面倒なことになっているのは俺が元凶だ。身から出た錆というやつだ。さっさと美冬に告白すればこんな面倒なことにはならなかった。俺が勝負とか言い出さなければこんなことにはならなかった。


 けれど俺にとって初めての経験ばかりなのだ。誰かを好きになったということも。


 俺はなんとか言葉を紡ぐ。


 「いつかは・・・その、決着をつけないと・・・とは思ってる。けど、俺にとって恋とか友達ができたのは・・・初めてだから」


 俺が途切れ途切れにそう言うと水無月は「そうなの?」と驚きの表情を見せた。


 「実はさ、僕も本気で誰かを好きになったのはこれが初めてなんだよね。二条さんを初めて見た時、この子は僕が今まで付き合ってた誰とも違うって、そう思ったんだ」


 やっぱお前、モテるんじゃねぇか・・・こんにゃろー


 水無月は遠くの空を見ながらそう言った。俺が「そうなのか?」と言うと、彼は「うん」と言ってこっちを見た。


 「ちょっと僕の話、聞いてもらっていいかな?」


 それからしばらく水無月の恋の話について聞くことになった。


 同時に俺の最も欲しいものを誰が当てられるかの勝負も始まった。


 だが、こんな勝負に何の意味があるのだろうとも俺は思い始めていた。

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