第29話 決まってるだろ

 俺は窓の外を眺めていた。今はテスト前の自習の時間である。外はどんよりとした曇り空で今の俺の心の中の迷いや葛藤を映しているようだった。

 昨日、帰った後夏美にそれとなく相談してみたのだ。


 $$$


 「なぁ妹よ。これはもしもの話だが、もし自分が友達でいたいと思っている子の好意を知ってしまったら、お前ならどうする?そいつのことは友達として大好きだし、その関係を崩したくないと自分は思っているという設定で」


 俺がそう切り出した時、夏美はしばらくじーっと俺の目を無言で見つめていた。内心バレちまったかと思っていたが俺は努めて平静を装っていた。


 しばらくすると「はぁ」とため息を吐いて夏美は話し出した。


 「そうだねぇー、私なら—」


 「私なら?」


 夏美は言葉をためて勿体付けた後にこう言った。


 「おめぇのことなんか恋愛対象として見てねぇんだよ!残念だったな!はっはははは」


 「そいつのことが友達として大好きだという設定だって言わなかったっけ、夏美ちゃん?」


 これを本心で言っているのだとしたら夏美を病院に連れて行かなければならない。一回だけでなく二回。いや三回・・・。


 「じょうーだんだよ」


 「ですよねー」


 俺は安堵の息を漏らした。安心安心。


 やっぱり安心安全が一番!


 夏美はにこにこと可愛らしく笑っていたが、しばらくすると顔を引き締めて真剣な表情を作り、話し始めた。


 「そうだね・・・私、実は似たような経験があるんだけど・・・」


 「何!?男に迫られていたのか!大丈夫だったか!」


 俺は思わず焦ってしまった。


 「なんもなかったよ。って、今は真剣な話をしていますけど!」


 そう言って夏美は頬を膨らませて怒った。


 かわゆす・・・・


 なんて思っちゃいけませんね。


 「あ、ああごめん。続けてくれ」


 「うん。それでねその時はその子を屋上に呼び出してこう言ったの。『私、君のことが好きだよ。友達として、だけどね。私、他に好きな子がいるから君のことはそういう目で見られないんだ。本当にごめんね。こんなこと言っといて図々しいかもしれないけど、これからも友達でいさせてください!』って」


 「そっか・・・」


 「あ、けれどねちゃんと思いが伝わるように必死に言わなきゃだめだよ?あと邪険に扱ってもだめ。相手は自分のことを好きになってくれた人なんだから」


 夏美は指を振りながら、俺に諭すようにそう言った。


 はっきり言った方がいいのか。やはり・・・


 「やっぱり知らないふりとかはしないほうがいいのか?」


 俺は心の中で沸き上がった疑問をそのまま口にした。


 すると夏美は「うーん」とうなりながら答えてくれた。


 「これはあくまで私がの話なんだけど」


 そう言って一度俺の目をじっと見つめてから、やがてまた話し始めた。


 「私だったら耐えられないかな。その気がないのにいつまでも自分の好意を知らないふりされるのは。私、そういうの分かっちゃうから」


 「・・・・・」


 俺は何も言えずにいた。なぜなら夏美の顔は悲しそうに歪んでいたからだ。


 なぜこんなにも悲しそうな顔をしているのだろうか。過去にそういう経験があったからか。それとも今現在誰かとそういう状態になってしまっているからなのか。


 まぁ、ただ単にこの子が優しいというだけの可能性もあるが。うん、そうだ。そうに違いない!


 だって夏美は俺のマイエンジェルなんだから!


 俺が押し黙っていると、夏美がわたわたしながら付け加えた。

 

 「あ、で、でもねさっきも言った通りこれは私がその友達の立場だったらの話だから!どういう行動をするか、気持ちを伝えるかはお兄ちゃん次第だから!」


 「そっか」


 俺が頷いた後、「あーでも」と言って付け加えた。まだなんかあるのかしら・・・。


 「お兄ちゃん自身が本当にその子のことを何とも思ってないのかは、もう一度考えてみたほうがいいと思うよ」


 話し終わった後、夏美はリビングのドアを開いてちらっと首だけでこっちを見て呟いた。


 「私や、美冬ちゃんも似たような境遇にいるんだけどね!」


 そう言って夏美は自室へ向かった。


 最後に呟いた言葉の意味は推し量れなかった。


 ん?待てよ?


 お兄ちゃん次第って言わなかった?


 え、ままままさか、バレちゃったの?俺の話だって!


 いやぁぁ~死にたいよぉ~!!!!!


 それにしても。


 最後の「私も美冬も似たような境遇にある」とはどういうことだったのだろうか。


 俺はそれをずっと考えていた。


 $$$


 今も。けれどやっぱりわからない。


 「はぁ」


 俺は知らずため息を吐いていた。すると後ろから肩をつつかれた。


 ゆっくりと振り向いてみると、やはり二条だった。


 「どうしたのー?ため息なんて吐いて。どっか分からないの?それとも、何か悩みでも?」


 二条は心配そうに首を傾げて上目遣いで俺を見つめてそう言った。


 ちょっと近いんだけど・・・。そんなに心配してくれるの?ありがとう・・・


 じゃなかった。


 「ん、ああこっちの話だから心配すんな」


 俺は心の中の迷いを悟られないように適当な返答をした。


 「んーそう?ならいいけど」


 「ああ、けどちょうどいいからここ教えてくれ」


 実際に分からない問題があったので教えてもらうことにした。


 それにしても、夏美に言われたこと。


 俺は本当にこいつのことを何とも思っていないのか。これについても考えていたがやはり分からなかった。自分の気持ちなのに分からないのだ。今日も一緒に登校しちゃったしなぁ。


 ***


 放課後。


 「さ、さっさと帰るわよ!今日はちょっと私に付き合ってよ」


 自分の席で教科書やらを片付けていたら俺の制服をちょこっとつまみながら二条がそう言ってきた。顔、赤いですよ・・・


 はぁ、どうしよう・・・


 と思って視線をさまよわせたらあの男と目が合った。否。合ってしまった。


 するとそいつはこっちに近づいてきた。


 「ん、何か用かな、卯月君」


 もちろんジュンくんです。まぁちょうどいいか。


 「ああ、今日二条がどっか遊びに行きたいらしいんだが俺の大親友であるジュンも一緒に来てくれるよなって思って」


 「本当に大親友だと思ってるなら名前を間違えないでほしいけど・・・」


 そう言って水無月は苦笑した。隣の二条が不満そうな顔をしていた気がするが無視した。


 「んで、もちろん来てくれるよな?」


 「・・・・うん、わかった行くよ。君の頼みだしね」


 一瞬だけ二条の方に目を向けた後、水無月はそう答えた。


 お前、いいやつだな。


 ***


 俺たちは三人そろって昇降口から外へ出て、校門へと向かった。外は曇り空だったが、雲と雲の僅かな隙間から太陽が少しだけ顔を出していた。


 「っていうか来週からテストだよな?遊んでて大丈夫なのかよ」


 俺が気になったことを口にすると二人は声をそろえて


 「「大丈夫だよ」」


 と言った。君たち意外と気が合うんじゃない?


 「お前らはそうだわな・・・。俺の心配もしてくれませんかね二条さん」


 俺がそう言って二条の方を向くと


 「心配ないわよ、君も。何だって私があんだけ教えてあげたんだから!」


 二条は自信たっぷりにそう言い放った。すると水無月も


 「この僕も一応教えたしね」


 と、自慢げに語った。まぁ確かに昨日の勉強会では一応こいつからも何かと教わったがいちいち言ってくんな。


 しばらくすると校門が見えてきた。

 

 「ん?」


 校門の傍に二人の見覚えのある人影を見つけた。


 相変わらず道行く生徒たちの視線を集めていたのですぐにわかってしまった。


 ふたりは俺達に気づくと走ってこっちに向かってきた。


 「おにーちゃーん!」


 「冬人さーん!」


 みなさんお分かりの通り夏美と美冬(女神)だった。ふたりは俺の胸元にしがみついてきた。


 「寂しかったよー」


 「寂しかったですー」


 あの、夏美ちゃん。君は全く寂しくないはずですけど。


 美冬、寂しかったのか。そう言えば連絡先交換したのに一度も使ってなかった。だってなんか緊張しちゃうんだもん!


 でもごめんよぉぉ!


 今日の美冬は長く、美しい銀髪を一つにまとめて縛り、それを肩のあたりに流していた。


 はぁ、かわいいじゃねぇか・・・


 いい匂いするんだけど・・・


 俺が体を硬直させながらも快感に浸っていると不意に腕を引かれた。


 「ちょっとごめんね~ふたりとも。冬人は今日、私と約束があるから~」


 二条が俺の腕をつかんで夏美と美冬に向かって営業スマイルのような胡散臭い笑顔でそう言った。するとふたりは


 「え?そうなの?」


 「はい?そうなんですか?」


 ロボットのような棒読みやめて!怖いから!口だけ笑っても意味ないから!


 俺が戸惑っているうちにふたりがさらに畳みかけてきた。


 「私とは遊んでくれないの?」


 「私のことはどうでもいいんですか?」


 「い、いやそんなことは・・・」


 涙目で言わないでおくれ。俺、そういうのに弱いから。


 「じゃあいいんだね!」


 「いいんですね!」


 俺が返答に窮しているとそれを肯定と受け取ったふたりがぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべて嬉しそうにそう言った。


 「いいわけないでしょ!」


 二条さんはお怒りでした。二条は夏美と美冬の肩をつかんで俺からひっぺがした。


 「だいたい先に約束してたのはあたしなんだけど?」


 「うー、でもっ」


 「うっ・・・でもっ」


 二条の言っていることはもっともだが、正論をぶつければいいってもんじゃない。俺は人を納得させるのに正論を武器にするのは好かない。


 ではどうするか。


 決まってるだろ。


 俺は三人の中に割って入った。


 「まぁ落ち着けよ。三人とも。二条の言ってることは正しいがそれだけじゃふたりは納得できないんだよな?」


 俺が夏美と美冬に向かってそう聞くと「うん」「はい」と短く答えた。


 「なら勝負で決めればいい。二条。俺の好感度を得たいならこのふたりがやってる勝負に入るのはどうだ?」


 俺は意見が対立した場合の解決法として勝負が最もいいと思っている。だから提示したのだ。


 二条は梅雨のような湿度高めの視線を俺に向けた後


 「べ、別に君の好感度なんか死んでも欲しくないから。けれどこのふたりに君が取られるのは納得いかない。だからその勝負、受けて立つわ!」


 ちょっと照れながらも不敵に笑いながら二条はそう言い放った。ツンデレかな?


 「決まりだな」


 こうして正式に二条が勝負に加わることになった。


 水無月が


 「なんだこのリア充。さっさと爆発しろよ」


 とか言ってた気がするが放っておいた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る