第28話 俺はどうすればいい?

 俺が苦悩している間もふたりの会話は続いていた。


 「え・・・えーっと、うん」


 「あ、ごめん。いきなり。僕の気持ちは本当だよ。けれど今言いたかったのは、二条さんは誰かに好かれているくらいだから魅力はちゃんとある。だから卯月君が振り向いてくれる可能性はある・・・っていうこと、かな」


 「・・・・・・・・・」


 二条は困惑しているようだった。またもやしばらく無言の時が流れていく。


 だがやがてまたゆっくり話し始めた。


 「う、うん。ありがとう。君の言いたいことは分かった。けれど少なくとも今は、君の気持ちには応えられないかな」


 「・・・うん、わかってた。けれど君が卯月君をあきらめないように、僕も二条さんのことはあきらめないから。それだけは、覚えておいてほしい・・・かな」


 「うん」


 二条の返事でこの話は打ち切りになったようだった。水無月が口を開く。


 「そういえば卯月君、遅いね」


 「あー、そうだね」


 はぁ、やっと終わった。だからと言ってこのことを何もなかったことにするつもりはないが。けれど今はふたりの話が終わった後に何もなかったかのように入ると決めたのだ。今日はそもそも水無月の恋路を手伝うための勉強会だったはずだ。


 それにしても、俺の気持ちはどうなんだろうとずっと考えていた。今も美冬のことは好きだ。それは変わらない。二条のことは、多分友達として好きだ。大好きだ。だって俺の最初の友達なんだから。こいつとバカをやりあうのが心底楽しい。これが本音だと思う。けれど俺が下手を打てば友達関係が崩れるかもしれない。それは嫌だ。

 あともう一つ気がかりなのが夏美のことだ。ここ最近妙に俺にべったりしてくる気がする。


 いや、俺にとって嬉しいことではあるんですよ?ホントですよ?


 けれどそういう私情を抜きにして客観的に俺と夏美の距離感を考えてみるとやはり兄妹にしては近すぎる。いくら俺のことが大好きでも一緒に寝てくれというのはさすがにねぇ。でも夏美が急に俺とめっちゃ距離を取り出したらそれはそれで悲しい・・・


 ねぇ、神様。俺はどうすればよろしいのでしょうか?


 ねぇ、総理。どうして日本は一夫多妻が認められていないのでしょうか?


 まぁ、妹の件は美冬に対してちょっと嫉妬心を抱いただけかもしれないし、そのうち向こうから離れてくれるかもしれないから様子見といこう。けれどそれでもダメなら俺が離れるしかない。


 そんなのいやぁぁぁ!!


 って嘆きながら自室に引きこもります。俺が。そのまま一生出てこないまである。


 まぁ、二条の件はそっち方面に詳しそうな夏美と美冬にどうすればいいか聞いてみるか。俺は気持ちを落ち着けて、ゆっくりと立ち上がった。そして扉に手をかけ、開いた。


 「おーっす、悪い、ってうわっ!」


 「きゃっ!」


 開いた扉のすぐ先に二条がいたので思わずびっくりして後ろに倒れてしまった。二条も同様に驚いたようで後ろの机に体をぶつけて「いたた」と言っていた。


 「あ、悪い。驚かせて。ちょっとトイレが長引いてな。あとほら、買ってきたぞ」


 そう言ったものの二条は無言で俺を見つめていた。なんなら水無月も俺のことを見ていた。


 非常に気まずい空気が流れていた。いかんいかん、動揺するな俺!


 俺は自分にそう言い聞かせてまた口を開こうとしたが、二条が先に言葉を発した。


 「ね、ねぇ。さっきの話・・・・聞いてた?」


 声音は揺れていて、顔には不安がにじみ出ていた。


 「は、話?何のことだ?さっぱり分からんが」


 俺がとぼけてみせると二条はしばらく俺のことをじっと見つめていたがやがて「そう。ならいいの」と言って机に戻っていった。けれど水無月は俺のことを疑いの目で見ていた。ちっ、鋭い奴め。まぁ話はまた今度な。


 俺も自分が座っていた席に座った。そして買ってきた缶コーヒーをふたりの机に置いた。


 「さて今日はそろそろ終わりだな。妹からも早く帰って来いと言われたからな」


 俺がそう言うとふたりも「うん」「だね」と言って片付け始めた。俺は二条にさっきのことを悟られないようにさっさと片付けて席を立った。


 「悪い。今日は急いでるから先帰るわ。水無月、二条を送ってやってくれ」


 俺はそのまま教室を出ようとしたら、後ろから声をかけられた。


 「待って!」


 その声は二条のものだった。く・・・。


 俺はゆっくり後ろを振り向く。


 「どうして先帰ろうとしてるのかな?私のボディーガード職を放棄するつもり?ならお父さんに『卯月っていう子が私のことをいじめてくる~うわぁ~』って言っちゃうよ?」


 そう言って二条はニヤッと嫌な感じで笑った。こ、こいつ。


 「ふ、どうせハッタリだろ?やれるもんならやってみな」


 俺はそれだけを言い残して走って教室を出た。「やっぱりふたりって、仲いいね」という水無月ののんきな声が聞こえた気がした。


 だが後ろから二条が「まてぇー!」と叫びながら追ってきた。水無月はそのさらに後ろから俺を追いかけていた。


 めんどくせぇぇー!今はあいつらとかかわりたくねぇんだけど!


 俺は速攻で階段を降りて昇降口に向かったが、1階の廊下で後ろの二条に手をつかまれてしまった。お前、足速すぎだろ!だが俺は急いでいたためいきなり止まれずそのまま前に倒れこんでしまった。二条も後ろから倒れこんだ。


 おいなんかいい匂いするぞ、重いぞ、痛いぞ


 なんてことを思っていたら


 かつかつかつ。


 と前の方から足音が聞こえてきた。前?後ろじゃないってことは、誰だ?


 そう思って顔を上げると・・・


 「おい!お前ら!廊下は走るな!あとさっさと帰れ!」


 生徒たちはほとんどおらず、暗くて静かな校内に怒号が響き渡った。


 ばっ、と顔を上げて前を見るとそこにいたのは生徒指導の渡辺わたなべ先生だった。ラグビー部の顧問でもあり、体はかなり筋肉質で顔も強面で生徒たちから恐れられている。


 ひぃぃ!


 「「ごめんなさい!」」


 俺と二条はそろって謝罪した。すると先生は「まったく。今度はないからな」と言って去っていった。はぁ。怖かった。


 すると今度は後ろから「くくく」と嫌な笑い声が聞こえてきた。


 「災難だったね。まぁ僕は咄嗟に隠れたけど」


 やはり水無月のやつだった。ゆっくりとした足取りで俺たちのもとに近づいてきた。


 「てめえ、友達だろ。潔く俺と一緒に怒られろよ!」


 「都合のいい時だけ友達って言わないでほしいかな・・・。僕は(仮)なんじゃなかったの?」


 ち、言われてしまった。こいつ、ほんと小賢しいやつだな。やっぱ友達じゃねぇ。


 「さぁて、今度は離さないよ。あたしと一緒に帰ってもらうから。あ、ついでに水無月君もどう?私は別にいいけど」


 二条はがっちり俺の手をつかんでそう言った。ったく。分かったよ。


 よかったな水無月。お前も一緒に帰れるぞ。


 「じゃあ僕も、一緒に帰らせてもらおうかな。途中までだと思うけど」


 そうして俺たちは3人で校門を出た。


 ***


 校門を出ると、近くにはスマホを見ている女の子の姿があった。誰でしょう?


 俺が見間違うことはない。夏美だった。来るって言ってたもんなぁ。


 夏美は薄手のTシャツに短パンというラフな格好をしていた。


 なんて格好してるんだ!不審者が「ぐふふ。かわいいこみぃつけた!」とか言って近寄ってくるかもしれないだろ!ぐふふ可愛いなお前。


 夏美は俺達に気づくと、スマホをポケットにしまってこっちを見た。


 「あ、おっそーいぞ!って、こっちのお兄さん誰?」


 夏美は俺のもとに近寄ってきたが水無月の顔を見るとこてんと首を傾げた。


 俺は夏美の質問に答えてやった。


 「ああ、こいつか。こいつは水無月ジュンだ。ただのクラスメイトだ」


 「なんか六月六月って感じの名前ですね!私は卯月夏美です。よろしくです!」


 そう言って夏美は水無月に向かって元気よくびしっと敬礼した。今日も元気いっぱい夏美ちゃんです。ほんとかわいいですね~。


 すると水無月は


 「いや僕の名前は水無月孔平だけどね。ああ、君が噂の夏美ちゃんか。なかなか可愛いね」


 そう言って夏美に向かって爽やかスマイルを浮かべた。おい、てめえ何夏美にナンパみたいなこと言ってんだオラ!


 「え、かわいい?そ、そうですか。水無月さんもかっこいいと思いますよ」


 夏美は苦笑いを浮かべながらそう言った。


 な、何、あの夏美が、俺以外に、かっこいい・・・だと!


 兄ちゃんショック!ガーンという効果音が聞こえた気がした。


 「それはそうとお兄ちゃん!やっぱり二条さんとイチャついてたんじゃん!」


 夏美が腰に手を当てながらそう言った。


 「いやイチャついてなんかいねぇから。ほんと・・・」


 俺は否定したがふたりは


 「えー、あたしは冬人に『ダーリン♪ここ教えてちょー』ってお願いしたけどねー」


 「そうそう、ふたりを見てて『何だこのバカップル。さっさと爆発しろ』って僕は思ったね」


 とか言いやがった。


 「おい二条。そんなキモイ言い方で俺に教えを請いてこなかっただろ!っていうかお前に教えてもらってただろ!あと水無月。お前そんなこと思ってたのかよ」


 ふたりは俺の言葉には反応せず、ただクスクスと笑っているだけだった。こんにゃろー否定しやがれ!


 俺がそんなことを思っていると隣から肩をつつかれた。なんか寒気が・・・


 俺は恐る恐るそっちの方を向くと


 「おにーちゃーん!」


 にこにこしながら夏美が俺の腕をつかんできた。あの・・・怖いんですけど!


 くそ、あいつら覚えてろよ!


 また夏美に怒られながら俺たち4人は帰路についたのだった。


 太陽は地平線の向こうに沈んで姿を消そうとしていた。


 今日のことは多分忘れようとしても忘れられないだろうと俺は思った。

 


 

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