第25話 彼女たちの戦い(その4)

 俺と二条は体育倉庫へと急いだ。あそこは校舎裏にあって人目も少ない。そして中からカギをかけてしまえばほとんど誰にも気づかれない場所だ。


 俺の読みはこうだ。その雪奈ちゃんは夏美がまた注目を浴びるのが気に入らなかったのだ。そして彼女の好きな男子が夏美に夢中ときた。雪奈ちゃんはこれ以上夏美が人気者になるのを阻止したかった。好きな男子に振り向いて欲しかった。だから彼女は夏美を委員会の仕事があるとか言って呼び出して倉庫に監禁し、自分も一緒に入って見張った。


 もしこれが当たっていたならば、俺は雪奈ちゃんに言わなければならないことがある。


 「好きな子に振り向いて欲しければ、正々堂々自分の力で勝ち取って見せろ!」


 と。それこそ勝負でもなんでもすればいいのさ。夏美と美冬みたいにな。


 「ここだ」


 体育倉庫は老朽化で色あせ、金属部分はさびてしまっており、屋根もボロボロだ。


 「ねぇ、なんか聞こえない?」


 二条がそう言ったので、俺は耳を澄ませてみた。すると中からふたりの女子生徒とおぼしき声が聞こえてきた。


 「ううっ!どうしてっ、~くんは夏美ちゃんしか、見てくれないのっ!」


 「そんなことっ!私に言われてもっ!どうしようもないよっ!悔しかったらこんなことせずに自分の力で振り向かせてみなよっ!」


 「それができたら苦労、しない!」


 「私、最後のリレーには、絶対、出たかったのにっ!」


 何やら取っ組み合いをしているような音も聞こえてきた。どうやら喧嘩になっているらしい。夏美、結構力強いからな・・・やりすぎちゃだめだぞ!


 「なんかヤバそうだな」


 「そうね・・・」


 これは止めないとな。多分、教師たちは審判やら自分のクラスやらで忙しく、こんなことが起こっていようとは思ってもいないのだろう。それにここでもし、教師たちに知らせでもすればせっかくの体育大会が台無しになってしまう。それだけは避けねば。


 「おい二条。悪いがお前はどうにかしてここの鍵を取りに行ってくれ。職員室に侵入でもして!」


 「不法侵入じゃん・・・」


 いや、それはモノの例えですが。


 「とにかく家のメイドでもなんでも使ってどうにかしてくれ。俺はあそこの窓から入ってみる」


 「あそこ、結構高いよ?」


 「何とかしてみるさ、ラブリーチャーミーな妹のために」


 「はは。ほんっと変わらないね。まぁケガしないでよ。んじゃ、私は行ってくる」


 「おう、頼む」


 二条の背中を見送った後、俺は倉庫の窓を見た。俺の背丈より少し高いが、なんとかすれば入れないことはなさそうだ。だが、それよりも先にやらねばならないことがある。強硬手段は後だ。


 「おい!夏美!それと雪奈ちゃん!そこにいるんだろ!」


 俺はドアをたたきながら二人に向かって話しかけた。


 「お、お兄ちゃん!?」


 「だ、誰!?」


 ふたりの驚く声がした。


 「俺は夏美の兄だ!ブラザーだ!」


 「ミシンとか作ってるbrotherがどうかした?」


 確かにそれもブラザーだけど!雪奈ちゃん、見事なボケをかましてくれるな。


 「んなことはどうでもいい。今すぐここを開けて外に出てくるんだ。そうでなきゃあそこの窓から侵入しちゃうぞ?鍵がかかってりゃぶち破るまでだ。いいのか?」


 「そ、そんなことしてもいいと思ってるの?犯罪ものよ?」


 「そうだよ、お兄ちゃん!そんなことしなくてもいいから!私は大丈夫、だから」


 口ではふたりともそう言っているが明らかに動揺している。


 「悪いが俺は妹のためなら何でもする。たとえ汚名を被ることになろうともな。っていうかもうすでに結構汚名を被ってるし!」


 「何それ・・・」


 「お兄ちゃん・・・!」


 親父に誓ったのだ。夏美のことは俺が絶対に守って見せると。


 「早くしろ!あと10秒以内だ。じゅーう、きゅーう、」


 俺はドアをたたいて威嚇しながらカウントダウンを進めた。実際、本当に窓をぶち破ってもいいと思っている。ここは人目も少ないから言い訳もできる。例えば「誰かが石でも投げたんじゃないですか?」とか。


 中からはしばらくの間沈黙が流れていたが、やがて残り3秒になると


 ガチャ。

 

 と、鍵が開く音がした。そしてきしんだ音を上げながらゆっくりと開かれた。


 中には全身砂まみれでボロボロのふたりがいた。少年漫画のライバル同士の決闘でもしてたのかな君たち?雪奈ちゃんはうっすらと青みがかった黒髪短髪の少女だった。


 「さて雪奈ちゃん。君のことはクラスのお友達から聞いたよ。君の好きな男子が可愛い可愛い夏美に夢中になってて全然振り向いてくれないそうだな」


 「う、うるさい!あなたに何が分かるっていうんですか!どうせ彼女もいないでしょ!」


 「ぐっ!このガキ・・・」


 確かにいねぇけど!今は!まだ!


 「とにかく俺が言いたいのはな、」


 俺は一度言葉を区切って息を吸ってそれからまた話し始めた。


 「悔しかったらこんなことをせずに正々堂々と自分の手で勝ち取って見せろ!」


 俺が大きめの声で言ったので、雪奈ちゃんは少したじろいだ。


 「こんなことをするようなやつが誰かから好かれると思っているのか?ありえないよな。彼が知ったらどう思うだろうなぁ?」


 俺が皮肉っぽく言うと彼女は


「くっ・・・」


 悔しそうに唇をかんで俯いていた。今にも泣きだしそうである。まぁこのあたりでよしとしとこう。


 俺は優しく声をかけた。


 「あのな、気に入らないからって夏美に八つ当たりするのはよくねぇぞ。お前、あいつがどれほどリレーに出たかったか知ってるか?あいつの友達の美冬と今日こそ決着をつけようって意気込んでたんだぞ?」


 「うう・・・。美冬とそんな勝負をしてたなんて」


 この子は美冬と同じ3組の生徒だから名前は知ってるのだろう。それに夏美が友達だから、もしかしたら美冬の友達でもあるのかもしれない。


 それにしても、勝負のこと言ってなかったのか?


 俺がへたり込んでいる夏美に目を向けると「あはは」と笑ってそっぽを向いてしまった。


 まぁ、あまり詮索はしないでおこう。


 「分かったか?なら、ほら仲直りしろ。ちゃんとごめんなさいするんだ」


 俺がそう言うと雪奈ちゃんはゆっくりと夏美のもとに向かって、


 「ごめん。これからも仲良くしてくれる・・・?」


 「ううん。こちらこそごめん。もしよかったら私が手伝うよ?嫌なら手は出さないけど」


 「ううん!ありがとう」


 そう言ってふたりは抱き合った。お互い目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 よかったな。兄ちゃんも泣けてきたぁぁぁ!


 ***


 あの後、雪奈ちゃんは自分のクラスに戻り、夏美はまだ俺と倉庫の近くにいる。


 「ほんと、バカだな。お兄ちゃんは・・・。こんなとこにきてまで私を助けてくれるなんて」


 少し悲しげな笑みをたたえながら夏美は俺に向かってそう言った。 


 「何言ってんだ。俺はお前のためなら何でもすると言っただろ?」


 俺はそう言って夏美の頭を撫でた。


 「え?言ったっけ?そんなこと。忘れちゃった!」


 俺の言葉に夏美がにこっとしながらそう言った。


 え、そんな!忘れちゃったの!?確か俺、通算で100回くらいは言ってる気がするんだけど!それも朝昼晩すべて!


 ああ、キモイし、それってただの奴隷になりたいやつのセリフなんだよな・・・。


 いや、やっぱり妹のためなら奴隷にでも何にでもなって見せる!


 「全然カッコよくないよ・・・そのセリフ」


 言われてしまった。


 「けど」


 「けど?」


 夏美はいったん言葉を区切って息を吸って、そして


 「・・・・・!」


 俺は突然のことに驚いてしまった。夏美が横から俺の頬にキスをしてきたのだ。


 俺が呆けていたが夏美はまた話し始めた。


 「私にとってはめっちゃカッコいいよ!お兄ちゃん」

 

 そう言って夏美は微笑んだ。目には涙が浮かんでいる。


 なぜだ・・・妹からのキスなのに、やけに胸が高鳴る。ううーん。


 俺の顔が熱くなっている気がするのは西から差し込む太陽光のせいだろうか。それとも嬉しすぎて体温が上がっているからだろうか。


 多分、どっちもだな。


 「ありがとう。兄ちゃん、めっちゃ嬉しい・・・」


 俺はその場で夏美を抱き寄せた。そして情けないことに泣いてしまった。けれど彼女の方もなぜか泣いていた。


 ありがとう。感動しちゃったぜ。


 ***


 「秋月。もう帰っていいわよ~」


 「かしこまりました、お嬢様。ではお気をつけて」


 しばらくたった後に俺たちの後ろの方からそんな声が聞こえてきた。二条と・・・メイドの秋月さんか。


 え!見られてたの!やだ、恥ずかしい・・・。


 俺が振り返ると、二条と遠ざかっていく黒服で長身の女性の姿があった。あの人が秋月さんか。秘書みたい。


 「お、おう。遅かったな」


 「あ、あはは。ごめんね。秋月にドアを分解してもらおうかと思ってたの。けど工具とかいろいろ揃えるのに時間かかっちゃったみたい」


 「そうか」


 って、ドア分解する気だったの!?だからあの人、手になんか工具箱っぽいやつ持ってたのか!


 「ねぇお兄ちゃん」


 隣の夏美が服の袖を引っぱって聞いてきた。


 「ん、何だ?何でも申してみよ」


 「まさか、私たちが見てないからって二条さんとイチャイチャしてたんじゃないよね?」


 「な、何を言ってるのかな、君は。そんなわけないだろ」


 夏美がジト目で聞いてきたのを、俺はすっとぼけてそう答えた。


 「じゃあ何で二条さんは顔を赤くして私から目をそらしてるの?」

 

 「は!?」


 二条のほうを見ると、顔を赤らめながらこっちを見たり見なかったりを繰り返していた。


 「べ、別に何もしてない・・・よ?」


 二条さんがそう言いました。けど遅いですって!あとそんな顔しながら言っても全然説得力ないんですけど!


 「やっぱり何かしてたんだ!」


 その後、俺は夏美に怒られました。でも家に上げたことは言ってません。


 ***

 

 俺と二条は校門でふたりが来るのを待っていた。あの後、夏美は自分のクラスに戻っていった。クラス対抗リレーは見事に3組が勝ったらしい。


 二条さんはこっちを見ようともしません。はぁ、どうしたんだろ。この子。


 しばらくすると夏美と美冬が来た。


 「あ、冬人さん!と・・・二条、さん」


 美冬は俺の姿を見た時は嬉しそうだったのだが、二条の姿を見ると苦笑いを浮かべた。


 「夏美ちゃんに聞きました。そんなことが起こってたなんて私、知りませんでした。雪奈にもっと話を聞いとけば・・・」


 そう言って美冬は顔を俯かせた。


 「何言ってんだ。お前は何も悪くないだろ」


 「そうだよ!美冬ちゃんのせいじゃないよ。私にも非はあったし」


 俺たちが励ますと美冬は「そうですね」と言って優しい笑みを浮かべた。


 「さて、帰るか」


 俺たちは帰路についた。あたりは少しづつ暗くなってきていた。周りには中学生の姿がちらほら見られる。


 「はぁ~勝負、また決着つかなかったね」


 「そうだね。私もちゃんと決着つけたかったのに」


 不意に、夏美と美冬がそう言った。


 そうだな。まぁ今回ばかりは仕方がない。


 「は!そういえば冬人さん!ポイントの件、どうなるんですか!」

 

 美冬がじりっと詰め寄ってきてそう言った。えっと、あの近いです。なんか汗のにおいもしますが不思議と不快には感じません。


 いやそれはどうでもいいな。


 「え?あ、ああ。そんなのもあったなぁ」


 「忘れたとは言わせないよ!」


 俺の大根芝居に美冬とは逆の左にいた夏美が俺の腕をつかんでそう言った。ちょっと痛い。ちなみに二条さんは俺の前にいます。無言です。


 はぁ。しょうがないなぁ。ほんっとにしょうがないなぁ。


 「んじゃ、今日のところは先に一勝をあげた夏美に6ポイント、美冬に4ポイントでいいか?」


 俺がそう言うとふたりは見つめあって


 「わかった!」


 「わかりました!」


 すると突然二条が振り向いて


 「早くしないとあたしが取っちゃうから」


 と不敵な笑みで夏美と美冬に向かってそう言い、また前を向いてしまった。


 は?どゆこと?


 俺にはよくわからなかったが、ふたりは理解したようだった。


 「やっぱりですか・・・」


 「ほら、やっぱりそうじゃん・・・」


 まさかな。いや、まさか。俺は頭の隅によぎった答えを必死に振り払った。


 「あ、私がリレーで勝って優勢だから私がお兄ちゃんとイチャイチャするね!」


 夏美が俺の腕をがっちりホールドしてきた。そんな話もあったな。兄貴とってイチャイチャになるのか?


 「あー!!いやまだ決着ついてないじゃん」


 するとその様子を見た美冬が逆の腕を引っ張ってきた。いだだだだ!!


 そして前からは・・・


 「じー・・・・」


 二条さんが何も言わずジト目を向けていた。


 ほんとどうにかして!


 こうして波乱の体育大会は幕を閉じた。されど戦いはまだまだ続く。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る