第24話 彼女たちの戦い(その3)

 選手たちが皆、運動場のトラックの内側に集まった。きれいな列を作っている。そして例の如く二つに分かれた・・・のだが。


 俺は異変に気付いた。


 「あれ・・・?」


 思わず二条の方を見ると、彼女は頷きを返してくれたので恐らく俺と同じことに気づいたみたいだ


 「夏美のやつ、どうしていねぇんだ・・・?」


 美冬の姿はあったのだが、どこを探しても我の愛する妹の姿はなかった。


 何があったんだ!?救急車呼ばないと!熱中症だよな!そうだよな!


 「うーん、もしかしたらさっきのリレーで力を使い果たしちゃったとか?」


 二条がそんなことを言った。だが。


 「いや、そんなことは100万パーセントありえん!」


 「そんなドヤ顔で言わなくても・・・」


 思わずドヤ顔をしてしまった。だってあの夏美だぞ?勝負大好き、俺のこと大好き、お兄ちゃん最高と言ってくれるあの夏美だぞ?


 美冬との勝負をただの体力の限界であきらめるわけがない。


 「でも、まぁ確かにね。あの子があきらめるわけないもんね」


 二条もそう言ってくれたのだが、その顔には悲しげな微笑がたたえられており、声音は弱く優しかった。


 俺はそれをいぶかしんだが、今はそんなことに気をまわしている場合ではない。


 「くそ、ちょっと行ってくる!」


 俺は2年2組の生徒に話を聞きに行こうとしたのだが、二条に腕をつかまれた。


 「・・・・・」


 彼女は無言で俯いている。顔が見えないので今何を考えているかがわからなかった。


 「・・・おい、どうしたんだよ」


 俺の声は妹に何かあったのではないかという焦りから、知らず知らずのうちに強めになっていた。


 「たとえあの子に何かあったとしてもさ、それはあの子が乗り越えるべき試練なんじゃないかな。中学生にもなれば大抵のことは一人でできるよ。それでもあの子のために必死に頑張るの?」


 彼女は依然として俯いたままだった。声には微かな揺らぎが感じられた。


 確かに・・・その通りではある。俺は過保護すぎるのかもしれない。


 けれど、それでも俺はやはり。


 「ああ、超頑張るさ。お前も分かっているだろ?なんだって俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・シスコンなんだから!」


 俺は皮肉気に笑いながらそう言い放った。すると彼女は


 「ふふっ、くくく・・・あははは」


 突然腹を抱えて笑い始めた。何だよ、元気じゃねぇか。どっか悪いのかと思っちまったぜ。


 「あー面白い。うん、しょうがない人だね、君は」


 二条もにたぁーっと笑ってそう言った。あん?何がしょうがないって?


 「んじゃ、あたしも手伝う。連れてって」


 そう言った彼女の瞳は真剣そのものだった。まぁ人手は大いに越したことはないからな。


 「おう、分かった。サンキュ」


 「うん!」


 そうして俺と二条は生徒たちに聞き取り調査をしに行ったのだった。


 ***


 「うーん、わたしたちも探してたんですけど、開始までに間に合わなくて。それで急遽、代役を出すことになったんです」


 と、2年2組委員長ちゃん。眼鏡かけてます。いらない情報ですね。


 「どこ行ったか分かるか?」


 俺はその委員長ちゃんに夏美がどこに行ったのか聞いた。


 「いえ、私は知らないんです。けれど千夏ちゃんなら知ってるかも」


 「「千夏ちゃん?」」

 

 俺と二条は声をそろえてそう聞いた。


 「はい。夏美ちゃんの友達で、よくクラスでは話してますよ」


 「そっか」


 まぁ、そりゃクラス内にも友達はいるわな。あんだけ人気があるんだから。


 「だから彼女なら何か知ってるかもしれません。あの子です」


 委員長ちゃんはその千夏ちゃんとやらがいる方向を指さした。


 その千夏ちゃんは茶髪のポニーテールの少女だった。今は椅子でぐったりとしていた。


 「ありがとう」


 俺と二条は彼女のもとに向かった。


 ちなみにリレーはもうすでに始まってしまっていた。


 「なぁ、お前が話しかけてくれ」


 俺は二条にそう言った。


 さっきは委員長だったから話しかけられたのだが、俺は基本的に女子としゃべるのが得意ではない。それに俺の目を見たら怖がるかもしれない。


 え、二条さんも女子だって?いやこの子は全然そんな感じしないんですよね~どうしてですかね~


 本人の前で言ったら殴られるかも・・・。


 「えー、もうしょうがないんだから」


 二条はしぶしぶながらも話しかけてくれた。


 「ねぇ、ちょっといいかな?」


 二条が話しかけると千夏ちゃんは顔をゆっくり上げて二条をじっと見た。


 そして。


 「お姉さん、きれい・・・」


 目をキラキラさせながら千夏ちゃんはそう言った。


 「え、そう?きれい?へへ、ありがと・・・」


 おいこのバカ。褒められて照れてる場合じゃねぇだろ!


 「ああ、そうじゃなくて。あのさ、私、卯月夏美ちゃんの知り合いなんだけどあの子がどこ行っちゃったのか知ってる?」


 「え!夏美ちゃんの知り合い!だからこんなに美人なんですね!」


 「えっへへ~」


 だから君はいちいち照れちゃだめでしょ!


 「ってそうじゃなくて!夏美ちゃんが今どこにいるか知ってるかな?」


 「それが、1時間ほど前に夏美ちゃんがリレーから帰ってきた後にちょっとしたら・・・えーっと確か3組の霜月寒太しもつきかんたくんだっけ?その子に呼ばれて一緒にどっか行っちゃたんですよ。確かその霜月くん、夏美ちゃんに告白してフラれた子だったと思います。彼、その後も友達として近づいていたんです。夏美ちゃん、その子は別に悪い子じゃないとは言ってたんですけど。もしかしたら、その子と何かあったのかも・・・」


 な・・・


 「ほんとか!」


 俺はつい身を乗り出してしまっていた。


 「うわ!だ、誰ですか?不良ですか?警察呼びますよ!」


 千夏ちゃんは思いっきり驚いていた。


 しかも不良呼ばわりされちゃったよ・・・冬人、ショック!!やめて!警察呼ばないで!


 「あはは、あのね、この人は夏美ちゃんのお兄さんなのよ」


 二条がフォローしてくれた。ありがとうマイベストフレンド・・・・


 「あ、そうなんですね。この人が・・・。夏美ちゃんのお兄さんならもっとイケメンかと思ってました。」


 「あはは」


 俺は苦笑いしかできなかった。


 ほんとね、どうして俺はイケメンじゃないんですかね。死にたくなってきた。


 いや、夏美より先に死ぬわけにはいかない!!


 「そ、それでさっきの話は」


 俺がそう言うと千夏ちゃんは


 「はい、ほんとです。霜月くんが今3組にいなければ・・・」


 「ありがとう!よし、行こうぜ」


 俺は隣の二条に呼び掛けて、再び歩き出した。否、走り出した。


 背中の方から声がした。千夏ちゃんのものだった。


 「そういえば、ちょっと前からうちのクラスの男子も探してまーす!もし校舎内とかそこらへんを走ってる男たちを見つけたら多分うちのクラスでのでーす!!」


 彼女はそう叫んでいた。


 オーケー、心にとどめとく。


 俺と二条はちょっと離れた3組のクラスの席に向かった。


 「君、その霜月くんに会っても殴ったりしないでよ」


 隣を走る二条がそんなことを口にしてきた。


 何言ってんだか。


 「するわけねぇだろ。お前を助けたときも暴力は使わなかっただろ。覚えてねぇとは言わせねぇぞ?」


 「・・・・・そうだね。もちろん覚えてるよ。・・・やっぱり君って優しいよね」


 彼女が紡いだ最後の言葉は俺の耳には届かなかった。風と周りの喧騒に紛れてしまったのだ。


 すぐに3組の生徒たちがいる席には到着した。


 俺は居ても立っても居られず、近くにいた男子に声をかけた。


 「なぁ!ここに霜月寒太はいるか?」


 「ちょっと落ち着きなよ・・・」


 二条になだめられてしまった。つい語調が強まってしまったみたいだ。見てみれば相手の生徒も驚いていた。悪い。


 「は、はい!います!」


 大きく、はきはきとした声で彼は霜月がいる方を指さした。


 うむ、いい返事だ!採用!入社決定!


 返事の良さだけで採用してくれる会社はないんだよな・・・・。


 でも重要だよ!言葉遣いは!


 「サンキュ」


 俺は彼にそう告げて、霜月の下に向かった。彼は必死にリレーの応援をしている。


 俺はそんな彼の肩をたたいた。


 「おい、お前が霜月か」


 俺は語調に気を付けて話しかけた。


 「は、はい!そうすけど」


 彼、霜月寒太は見た目だけで言えばなんてことはない、黒髪眼鏡の中学生だった。


 「お前、夏美の居場所知ってるか?今、探してるんだが」


 「夏美ちゃんなら—」


 「あ!?夏美ちゃんだと?」


 「ひいいい!」


 霜月が気軽に名前呼びしたのでついドスの効かせた声でそう言ってしまった。


 すまんすまん。


 「ごめんね。この人、シスコンだから。続けて」


 二条がまたもやフォローしてくれた。


 「あ、卯月さんのお兄さんなんすね。えっとそれで彼女なら1時間くらい前に僕がここに呼び寄せて飲み物をプレゼントした後は知らないですよ」


 ああ!?夏美にプレゼントしていいのは俺だけだと決まっているだろボケェ!


 って言いたかったが飲み込んだ。


 「ほんとだろうな?フラれたことを憎んで、それかあいつをこのリレーに出させないためにどっかに監禁してるとかじゃないだろうな?」


 「さすがにそんなことはしないですって!」


 そう言った霜月の目は真剣だった。ふむ、どうやら本当にこいつは悪い奴ではないらしい。


 と、そのとき気になることが耳に入ってきた。3組の女子生徒が何やら話していた。


 「ねぇ、そういえば雪奈せつなちゃんいなくない?」


 「あ、ほんとだ!どこ行っちゃたんだろう?」


 まさか。


 俺は彼女たちに話しかけた。


 「いきなりで悪い。その雪奈ちゃんはまさか卯月夏美と友達とかじゃないだろうな?」


 「え、あ、はい。2組の夏美ちゃんとは友達ですよ。」


 一人がそう答えてくれた。もう一人は


 「でも、ちょっと夏美ちゃんを妬ましく思っていたみたいなんですよ。実際、雪奈ちゃんも結構可愛い子なんですけど、夏美ちゃんはそれ以上ですから。好きな子が夏美ちゃんに気を取られちゃってるみたいなんです」


 「その雪奈ちゃんは何の委員会やってるんだ?」


 これの返答次第で・・・。


 「体育委員です。確か夏美ちゃんも同じだったはずです」


 決まりだ。隣の二条も察したようだった。


 「ありがとう。ふたりとも。このお礼は必ず」


 俺は彼女たちにそう告げて二条とともに体育倉庫へ向かった。


 待ってろよ。絶対に許さんからな。

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