第23話 彼女たちの戦い(その2)

 放送委員による選手紹介のアナウンスが流れた後、選手たちはそれぞれ位置に着いた。夏美と美冬はクラスが違うので当然レーンも違う。夏美は第2レーン、美冬は第3レーンのようだ。ふたりはアンカーだと聞いたので最後だろう。


 それにしても、今日は二人とも髪を後ろでまとめてポニーテールにしていますね~可愛いですね~えっへへへへ


 俺がビデオを構えながらにやにやしていたので、隣の二条からチョップを食らった。


 「いでっ!」


 「気持ち悪いからやめて」


 「しょうがねぇだろ。ふたりとも可愛いんだから」


 「そうだけど、もうちょっと周りのことを考えなさい」


 諭されてしまった。ま、まぁできるだけ気を付けます。


 再び運動場へと目を向けると、そこには一際大きな歓声を上げているクラスが二つほどあった。片方からは


 「我らの天使様を全力で応援するぞぉ!いいかお前ら!」


 「「「「オオー!」」」」


 という声が聞こえ、もう一方からは


 「僕たちの女神さまを応援するよ!さぁ、みんな!今こそ立ち上がれ!」


 「「「オオー!」」」


 という声が聞こえてきた。


 あの子たち、人気ありすぎません?っていうか、天使と女神とか呼ばれてるのか!


 お前ら、見る目あるじゃないかぁ~いいぞ~!


 あ、けど渡さんからな。夏美は。俺の天使であり女神である夏美神は。もちろん、美冬も・・・だぞ?


 「あの子たち、人気者だね。まぁ、あんだけ可愛いんだからしょうがないか」


 二条も彼らの光景を見ていたのだろう。穏やかに笑いながらそんなことを言ってきた。


 「そうだな。まぁ、お前も負けてねぇんじゃねぇの」


 俺は何の気なしにそう言った。実際、こいつもクラスの男子連中から多大なる注目を浴びている。水無月のようなそこそこイケメンなやつからも。


 しかし俺の言葉に二条は


 「は?え、ちょ、何、いきなり。・・・んまぁ、ありがと!」


 明らかに動揺した様子で顔を真っ赤にしてそう言った後、そっぽを向いてしまった。


 何照れてんだ・・・。俺は事実を言ったまでだが。彼女の反応に俺も少なからず動揺していた。俺はそのことを誤魔化すために再びビデオ越しに運動場を見た。


 選手たちは皆、クラスの番号が書かれたゼッケンを着ている。手にはバトンが握られている。


 しばらくすると、審判が出てきて


 「位置について、よーい」


 と言ってピストルを構えた。そして。


 パーン。


 と銃声が高らかに響いた。それまではいったん静かにしていた応援席からは再び大きな声があがった。


 隣の二条も「がんばれー!」と声をかけていた。


 こういうリレーって、クラスによって結構実力差が出るんだよな・・・。


 あと、そういうガチなクラスこそ、ある一人が抜かされでもして挙句の果てに負けたら「お前のせいだ!」って言われるんだよな・・・。


 だから僕はリレーは好きじゃないです。


 まぁそんなことはともかく。


 どうやら2レーンが2組の生徒で、3レーンが3組の生徒のようだ。ゼッケンの番号が示している。このふたつのクラスがどうやら強いらしかった。あとのクラスの生徒たちと大きな差が生まれている。今はかろうじて2組が3組に勝っている。しかし差はほとんどないに等しい。


 「どうなる・・・」


 俺は知らないうちにそう呟いていた。隣の二条が一瞬俺を見た気がするが気にしないことにした。


 そして、ついに夏美と美冬がレーンに入った。


 「いよいよね」


 今度は二条がそう呟いていた。


 「ああ」


 俺は少し語調を強めてそう言った。実際、少しワクワクしている。ビデオを握る手には少し力が入っていた。


 ふたりがついに、バトンを握った。ふたりともさすがの運動能力だ。バトンを握った後、ぐんぐんと加速していった。2組と3組の間にあった少しの差は美冬が即座に埋めた。ふたりが並んでいる。


 「すごいね、ふたりとも」


 「ああ、まったくだ」


 もとからあった他のクラスとの差は、ふたりによってさらに広げられた。


 周りの観衆たちも熱狂に包まれている。ふたりが所属するクラスの男子連中は椅子に立って全力で応援している。おお、すげぇ気合いだな・・・。先生に怒られんようにな。


 勝負は終盤に差し掛かっている。最後の直線に入った。ゴールテープが見えている。


 「あ!」

 

 「あ!」


 俺も二条も思わずそう呟いていた。ほんの少しだが、美冬が夏美を抜かしたように見えたからだ。驚くべき底力だ。すげえええええええ!!


 「この勝負、見てて楽しいな」


 「ほんと!楽しい」


 俺も二条も笑っていた。


 そして、ついに。


 ふたりがゴールテープを切った。


 ふたりは最後まで駆け抜けて、その後地面にへたり込んでいた。


 「「どっち?」」


 俺も二条も結果が気になって仕方がなかったみたいだ。はもっちまったぜ。


 ゴール付近に置かれたビデオを見ながら審判の先生たちが話し合っている。


 そして。審判が結果をマイクで伝えた。


 「ただ今のリレーは審議の結果、2年—」


 場内は静寂に包まれた。


 「2組が0.01秒差で先にゴールに到達しました!おめでとう!」


 今までで一番の歓声が上がった。2組の生徒たちは飛び上がって喜んでいる。なんか「ひゃっほー」とか「天使様万歳!」とか言ってやがる。


 さすが俺の妹。最後の最後で抜き返すとは。


 愛してるぜ、マイシスター!


 地面にへたり込んでいたふたりは、固い握手を交わしていた。そしてその姿を見た俺と二条も含めた観衆たちは盛大な拍手を送った。


 お疲れさん。


 「第一ラウンドは夏美ちゃんの勝利ね」


 「ああ、そうだな」


 ひとまずは夏美が一勝だ。決着は一時間ほど後であろう男女混合のクラス対抗リレーだ。


 「ねぇ、見て。あの子たちこっちに向かって手を振ってるよ」


 「ほんとかよ?」


 唐突に二条がそう言った。いや、結構距離ありますけど。


 まっさかぁ~見えるはず・・・


 「マジだった!!」


 こっちをはっきりと見てふたりは手を振っていた。しかも耳を澄ませてみると「お兄ちゃーん!」「冬人さーん!」と呼んでいる声が聞こえてきた。


 やだ、幻聴じゃないわよね?


 「大丈夫よ、あたしも聞こえたから」


 二条が苦笑しながらそう言った。ほう。安心。


 でもちょっと恥ずかしいからやめて!ふたりとも!俺は目立ちたくないの! 


 まぁ、ひとまずお疲れさん。しばらく休んでくれ。


 ***


 太陽が西へ大きく傾き始めたころ。ついに、最後の目玉とも言える種目の男女混合クラス対抗リレーが始まるアナウンスが流れた。この競技は各クラスの男女それぞれふたりが出場する。恐らくクラスで一番と二番目に早い男女が出るはずだ。だからこそ目玉なのだ。


 「まさか夏美のやつ、男子からバトンを受け取るんじゃないだろうな!!」


 俺が抱いた不安に二条は


 「君は勝敗の心配だけしてなよ・・・」


 と言って項垂うなだれた。やかましい!夏美の手を握っていい男は俺だけだと法律で決まっている!


 んなわけねぇよな。


 「このリレーは各クラスの男女それぞれの精鋭出るんだ。面白そうだろ?」


 「へぇー!そうなんだ!どんな勝負になるのかな」


 俺の言葉に二条は目をキラキラさせてそう言った。


 そういうところ・・・嫌いじゃないです・・・。


 この勝負の結果次第で、どっちが俺とじゃれ合うかが決まるんだよな。あと冬人ポイント10。そんな名前のポイントは初耳だって?


 今俺が作ったに決まってるだろう!!


 彼女たちはまたもやアンカーを任されたらしい。さすが「天使」とか「女神」とか呼ばれているだけある。信頼されているんだろうな。


 だが俺は知らなかった。ふたりの真剣勝負を妨害しようと企んでいる魔の手が迫っていたことに。

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