第13話 誤解

 「ね、もう行こっ!こんなゴミカスなお兄ちゃんなんてほっといて」


 「そうだね!下衆げすな冬人さんなんて放っときましょう」


 な、なに!あのスーパーウルトラ優しい夏美が俺のことをゴ・ミ・カ・ス!


 しかも美冬にも下衆呼ばわりだと・・・!


 俺は雷に打たれた心地だった・・・・・


 「お、おいだから誤解だ—」


 俺がふたりを引きとめようと手を伸ばしたが、その手は空を切っただけだった。


 ふたりは走り去ってしまった。


 どうしよう!ゴミカスに下衆なんて!お兄ちゃんもう生きていけないよ!ええええええええん死にたいよー!


 なんて言ってる場合じゃない!


 「おいてめぇなんてこと言いやがったんだ!」


 「あっははは!ごっめーん!でも、男ならこんなピンチ簡単に乗り切って見せなよ」


 「お嬢様は性格がおすばらしいですわね」


 俺は苦笑いを顔に張り付けてそう言い放った。


 ま、まぁな!こんなのピンチでもなんでもないし?俺にかかれば朝飯前よ!


 「ったく。さっさと帰りますよ、お嬢様」


 「はいはーい」


 そうして俺たちは家路についた。遠くから野球部やサッカー部の掛け声が聞こえる。


 「君、あの銀髪の・・・美冬ちゃん?が好きなんだよね?」


 「あ?そうだって言っただろ」


 「でもやっぱり私とは友達でいてほしいの。憧れてたんだ、ボーイフレンド、男女の友情ってやつに」


 「・・・お前は高校生活に夢を見すぎじゃないか?」


 「えー?だって私だって立派な思春期のJKだよ?夢なんて抱くに決まってるじゃん」

 

 「まぁ、そういうもんなのかね」


 こいつは本物のお嬢様だ。家の関係で昔からなかなか自由が利かないこともあったのだろうか。それゆえに外の世界に夢を抱いていた。おとぎ話のお姫様なんかでよくある話だがこいつにもそれがあてはまるのだろう。


 「けど、本気で俺に惚れるなよ?即刻フるからな?」


 「あったりまえじゃーん!君よりかっこいい王子様みたいな男の子がいいもん」


 はは、まぁ俺はかっこよくはないけどね!わかってますよ、それぐらい。


 ***


 「それではお嬢様、また明日」


 「ごっくろう!朝迎えに行くからね!」


 「来んなボケ!」


 「ん?なんだって?」


 つい勢いで本音を漏らしてしまった。


 「朝からお嬢様のおきれいなお顔を拝見できるわたくしは幸せ者ですと申し上げたのですよ」


 俺は棒読みでそう言った。


 「よろしい!それじゃ!」


 二条は俺に手を振って、門をくぐって家に帰っていった。


 っていうか。


 でかぁぁぁぁぁぁ!!


 こんな近くにこんなでかい家がいつの間に建てられてたんだよ!なんかガレージがふたつあるし、ちらっと見えた感じ庭にプールがあるし!


 俺は異次元に放り込まれた心地でした。


 「やれやれ、俺も帰るか」


 俺は少し歩いて自分の家に入った。


 「ただいまー」


 「あ?誰?・・・ああ最低な冬人か」


 俺が玄関から入ったのを見た夏美はそんなことを言った。言われてしまった。


 っていうかまさかの呼び捨て!お兄ちゃん悲しいゾ!


 「だから、あれは誤解だって」


 「はいはい、お兄ちゃんはあの金髪さんとイチャイチャしとけ。・・・・・私も彼氏作ろうかな」


 そう言って夏美は二階の自室へ向かっていってしまった。


 なんか聞き捨てならないことを言っていたような・・・


 まぁそれはおいおい。今はこの誤解を解かねば。


 俺は帰ってからずっとそのことに頭を悩まされていた。


 ***


 夕食。


 「はい、勝手に食べといて。私、あんま食欲ないから」


 「待てって!」


 俺は去ろうとした夏美の手を握った。何だかんだで夕飯作ってくれるあたりはやっぱ優しいな。うんうん。


 「何?」


 振り返った夏美の顔には冷たい目と冷笑を浮かべていた。ひえええ!怖い


 「ちょっと落ち着いて話をさせてくれよ」


 「・・・・・分かった」


 夏美はいやいやながらも椅子に座ってくれた。


 それにしてもなんで俺は妹相手にこんなに必死に誤解を解こうとしてるんだ?別に恋人でもないわけだが。


 あ、そういえば俺、シスコンだった!危ない危ない、俺のアイデンティティを忘れるとこだったぜ!


 好きな妹に嫌われたくないから。ただそれだけでも立派な理由じゃないか。

 

 「あいつはな、この前のデートのときに美冬をナンパ男から助けたやつなんだ。それに家が金持ちでお嬢様らしい。だから誰か信頼できる男を護衛につけろって親に言われた。それに俺が選ばれた。ただそれだけだ。何もありはしない」


 俺がそう言っても美冬の目は冷たいままだった。


 「何でお兄ちゃんが選ばれたの?」


 「たまたま家が近かったからだ」


 「うっそー!お兄ちゃんがあろうことか美冬ちゃんだけでなくアメリカ帰りの金髪美少女にも恋しちゃったんじゃないの!」


 「あんなやつにしねぇよ!」


 あんなわがままでうっとうしいやつ誰が好きになるかよ。ふりとかじゃねぇからな?この先も俺は好きになることはないはずだ。少なくとも異性としては。


 「でもお兄ちゃんが惚れない証拠なんてないよね?それに相手のほうがお兄ちゃんを好きになっちゃう可能性もあるし」


 「ぐ・・・」


 まぁ確かにその通りだ。今はあいつのことをなんとも思っていなくてもそのうちに・・・・なんてことはあってはならないがないと言い切れない。もしあいつから告白されたら今は速攻でフるが後になったらあいつへの印象も変わるかもしれない。


 「じゃあどうすればいい?」


 「これは私だけが決められることじゃないね。美冬ちゃんもそうとう怒ってたし落ち込んでたから。まずはお兄ちゃんが美冬ちゃんと話をして、それから何してもらおうか美冬ちゃんと考えるから」


 「・・・・・分かった」


 一日や二日では簡単に信じてもらえなさそうだな。三か月、いや一年は監視でもなんでもされる覚悟をせねば!


 いや妹から監視されて喜ぶほど俺は頭おかしくないよ?


 「とにかくまずは、美冬ちゃんに会って話してくることだね」


 「分かってる」



 ***


 翌日。俺が起きると


 「ご飯そこにあるから。今日は私先に行くね。ちゃんと鍵かけてね」


 「そうか」


 まぁすぐにはな。でもやっぱり悲しい冬人君です。


 俺はテレビを見ながらゆっくり朝飯を食べ、それから家を出た。


 少し歩いた先には


 「おっそーい!ご主人を待たせるとはいい度胸じゃない」


 なにやら不服そうな顔で二条が仁王立ちしていた。いやまだ始業まで時間あるだろ。


 「申し訳ありませんお嬢様。さぁ行きましょう」


 俺は適当に受け答えをして歩きだした。二条も俺の後をついてくる。


 「どうだった、昨日は?妹ちゃんの誤解は解けそう?ねぇねぇ」


 二条が俺の一歩前に出てにいっと笑みを浮かべながら俺の顔を覗き込んできた。


 「お前のせいで大変だったわ。まだ信用は取り戻せそうにないしな」


 「そっかそっかー!まぁ頑張りたまえ、青少年!」


 そう言って二条は俺の背中を思いっきり叩いてきた。お前のせいだろうがボケ!しかもいてぇんだよ!


 道行く生徒たちは俺たちのことを遠巻きに見ているだけで近寄っては来なかった。今日もボディーガードの役目を果たしている俺です。


 俺って凄腕じゃね?


 ただ顔が怖いだけでした。


 しばらくすると校舎が見えてきた。


 「そういえばお前、勉強とかはできるのか?」


 「んー、まぁ英語と数学はまぁまぁ。他は平均くらい。運動神経も悪くないよ」


 「さっすがですわね」


 昇降口を抜けて階段を上り、教室に入った。


 クラスメイト達が好奇の目で俺たちを見ていたが無視して俺と二条は席に着いた。


 今日もこのお嬢様に振り回されるのか。それに美冬にも会って話をせねば。


 ***


 移動教室では荷物を持たされ、昼休みにはパシらされ今日も面倒な一日だった。


 そうしてまた二条と家に帰った。


 少し先には中学校が見えた。


 「妹と美冬を待つからお前も付き合え」


 「もーしょうがないなぁ」


 そう言いながらも二条は楽しそうだった。


 今日は中学校の方が授業が終わるのが遅い。俺たちは少しの間校門の前で待っていた。


 すると見知った顔が遠くから近寄ってきた。


 「ああ、お兄ちゃんと金髪さんか。残念だけど美冬ちゃん、今日学校休んだみたいだよ」


 「そうなのか?」


 「うん。病気ってことになってるけど十中八九お兄ちゃんのせいだよ」


 「マジか」


 これは骨が折れそうだ。


 「まぁとにかくうちに帰るぞ」


 俺たちはまた歩き出した。右には夏美が、左には二条がいる。またもや両手に華状態である。


 ぜんっぜん嬉しくねぇけどな!


 夏美と二条は何も言わずにお互いににらみ合っていて無言の戦いを繰り広げていた。何この状況、死にたいんだけど。


 無言のまま時間が過ぎ、やがて二条の家が見えてきた。


 「また明日もよろしくね!ダーリン!」


 「誰がダーリンじゃボケ!」


 「あっははは!ごめんごめーん」


 二条は笑いながら手を振って家に帰っていった。ふと隣を見ると夏美がしらっとした目で俺を見ていた。


 「だからなんもねぇって」


 「わかってますよーだ」


 まだいじけているらしい。ほんっと迷惑なお嬢様だ。


 家に入り、俺たちはリビングのソファに座った。その後に俺は話を切り出した。


 「なぁ妹よ。美冬の連絡先を知ってるよな?」


 「知ってますけど兄者には教えません。自分で聞き出してください」


 「ぬ。では家は?」


 「知ってるけど教えません。どうせこの近くなんだから自分で探してきて」


 「はぁ・・・しょうがねぇな」


 俺はリビングを出て制服から着替え、そうしてまた家を出た。


 美冬に、会いに行くために。

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