ゴミ箱の中身


「なんだこれ」


 夜。

 男は一人、自分の家のゴミ箱をのぞき込んでそう言った。

 今朝見た時は、何も入っていなかったゴミ箱の中に、変な紙屑が入っていたのだ。


 男はこの春、上京してきたばかりの新社会人だった。

 安めの賃貸を契約し、今は気ままな独り暮らしをしているのだが……そんな彼があずかり知らないゴミが、ごみ箱に入っていたのだった。


 残念ながら、こちらではまだ、家に上げるほどの友人は出来ていない。

 だから、この家に居たのは、自分一人のはずなのだが、と思考する。


 何かの拍子に捨てた、他愛のないゴミだろうか。

 上から見た感じ、何かのレシートのようだ。

 多分、自分も大して気にしない程度のもので、捨てたことにも気づかなかったのだろう。


 会社にも入社したばかりだし、仕事も夜遅くまで残業続き。

 気が付けば一日が終わっている、と感じるくらい疲れているのだ。

 そんな事だから、こんなものを捨てたことも忘れてしまっているのだろう。


 その紙屑に対して、男はその日、それくらいの事しか思わなかった。


◆◆◆


 翌日。


 仕事から帰ってきた男が、何気なくゴミ箱を覗いてみると、また身に覚えのないゴミが入っていた。

 今度はただのティッシュ。


 けれどこれも、使ったかどうかと言われたら、何とも確証をもって答えられないものだった。


 疲れているのだ。

 その日も男は、そう自分に言い聞かせることにした。


 だが。


 次はビニール袋。その次はチラシ。さらにその次はマスク。最後は弁当箱。

 身に覚えのないゴミは、毎日毎日、ごみ箱の中に放り込まれていた。

 

 まさか、この家に誰か上がり込んでいるのだろうか。

 自分が会社に行っている間に、留守なのを良いことに……。


 そして翌日。

 ゴミ箱の上には蠅が飛んでいた。


 とてつもなく嫌な予感が頭を支配する。

 恐る恐るゴミ箱をのぞき込む。

 最初、部屋の暗さのせいで、良く見えなかったが、白い丸が二つ見えたあたりで目が慣れてきて、それの正体が分かった。


 人の首。


 もはや我慢ならなくなって警察に連絡しようとした。スマホを取り出して電話をかけるが誰も出ない。何度も何度も何度もかけなおしたが一向に繋がらない。どうしてこんなものが、自分の家のゴミ箱に入っているのか。まさか自分は二重人格だったのだろうか。もう一人の自分が、夜な夜な街を徘徊して、誰かを殺して回っているのだろうか。



 どうすべきか。



 荒れた呼吸をどうにか整え、考えをまとめる。

 幸い、この侵入者は自分が会社に行っている間に、ここに上がり込んでいるらしい。

 なら、余計な事はせず、明日の昼。交番まで行って事情を説明した方が良い。


 男がそう結論付けようとしたとき――遠くでガチャリと、鍵が開く音が聞こえた。


 ぎょっとして音のしたほうを見ると、今まさに玄関扉が開こうとする瞬間だった。

 慌てて半開きになっていたクローゼットの中に飛び込む。

 扉を閉めると感づかれる恐れがあるので、そのままにする。


 入った瞬間、腐ったような匂いが鼻をついたが、今は我慢する。

 ともかく、じっと息を殺して、その侵入者を観察した。


 それは薄汚い格好をしたホームレスのような男だった。

 どちらかといえば、老人か。

 その老人が、何やら大きなビニール袋を持っていて、それをどさっと床に置いた。


 縛られた袋が、べちゃぁと床に座る。

 袋は何重にもなっていて、中身は良く分からない。

 

 老人が袋をほどいて中を広げる。

 それは切断された腕だった。


 思わず声を上げそうになったが、どうにかそれを堪えて、その先を見守る。

 老人は懐から新しい包丁を取り出して、広げたビニール袋の上で、その腕をさらに細かく切断していった。

 

 男はその様子を、声も上げられず、ただどうにか見続けた。

 やがて朝が来て、老人は袋をいくつか取り出して、それぞれに分割した人の体の一部を入れていった。

 持つ分量が決まっているのか、少しだけ手に持ち、残ったものをゴミ箱にぶち込んで、また家を出て行った。

 しばらく、男はその場に立ち尽くすだけだった。

 

 あんな恐ろしい人物が、なぜ自分の家に居るのか。

 それにしても、よく今まで鉢合わせしなかったものだ。もし鉢合わせでもしていたら、今頃自分もああなっていた事だろう。


 緊張と恐怖が未だ身を包んではいるが、少しは楽になった。

 そうなると、今度はこの匂いが気になり始めた。

 一体どこからこの匂いは来ているのか。


 気になってクローゼットの中を見回すと『答え』は足元にあった。


 あぁ、だからつまり。

 なぜ自分の家に居るのか、というわけではないのだ。


 あれがたまたま此処を選んだというだけで。

 自分があれと鉢合わせしなかったわけでもなく。

 鉢合わせたからこそ、あれは今もここを根城にしているのだろう。


 足元に転がる自分の死体を見て、男は全てを悟ったのだった。

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