仕事熱心な男

 男は殺し屋だった。


 自分の職務に忠実な殺し屋。

 相手が男であろうと、女子供であろうと情け容赦なく、たんたんと殺してきた。


 男には美学があった。

 それは、幼いころに見た殺し屋の映画だ。


 相手が誰であろうと、どういう状況で在ろうと、引き受けた仕事は必ずやり遂げる。

 それがプロというものだと。地の果てまで追いかけ、必ず、ちゃんと、殺す。

 恐ろしい職業ではあったが、男はその在り方に強く惹かれていた。


 殺しの方法は様々だった。ある時は銃で、ある時は車でひき殺して。

 

 男はある組織に属しており、指令はそこのボスを通して知らされる。

 依頼内容は毎回良く分からないが、それでも道具や場所のセッティングは完璧にしてくれるし、後処理も十分やってくれる。

 今の科学技術でどうやったら、あれだけの事が出来るのかと疑問に思うこともあったが、男にとっては些細な話だった。

 それだけ組織が強大であり、自分はただ腕だけを磨けばよいのだと。


 その日も仕事を終え、死体を組織の隠滅係に渡して、血の匂いを消してなじみのバーに入った。

 ウィスキーのロックを頼む。その日一日の疲れを誤魔化すには足りないかもしれないが、それでも無いよりはマシだ。


 ふと考える。

 今日殺した女の事だ。あの女、歳は高校生くらいだろうか。

 なぜ、殺されなければならなかったのだろうか。

 そもそも、組織が送ってくる指令の殺害対象は、どうやって決まっているのだろうか。


 組織に仇なすものだろうか。それにしては今日の対象は幼過ぎる。

 あるいは、それの近親者か……。警告のつもりだったのだろうか。


「ご苦労だった」

 不意に声をかけられて身構える。

 近くまで誰かが来ていたと言うのに気づかなかったのは失態だ。だが、その人物を見て、男は安堵した。

 それはボスだった。ボスがここ来るのは珍しいことだ。


「相変わらずここで呑んでるんだな」

「えぇ、まぁ」


 ボスは男の横に座ると、同じものとバーテンダーに注文した。

 何にかは分からないが、届いたロックグラスで二人は乾杯する。

 男はそのまま残りのウィスキーを飲み干す。少しばかり、度胸のいることをしようとしていたのだ。


「ボス。俺なんかが聞いちゃいけないことは百も承知なんですけどね」

「なんだ、急に?」

「俺の仕事相手……。ありゃ、どうやって決まってるんです?」

 ボスがバーテンダーをちらと横目で見る。

 この店も組織が運営する店で、バーテンダーも組織の人間だが、それでも言いづらいことのようだった。


「……詳しくは俺も言えない。だが……明確な理由はある。無作為というわけじゃない」

「それは、どういう……」


 グラスに手を伸ばして、それがすでに空であることに気づかされる。

 ボスが苦笑して、バーテンダーにもう一度、彼に同じものをと言う。


「こいつは俺のおごりだ」

「ありがとうございます」


 出されたロックグラスに口をつける。

 重いアルコールの感覚が、体全体に染み込んでいく。体の緊張がほぐれていくようだ。


「それとお前に一つ言っておくことがある」

 ボスが続きをしゃべり始める。


 しかし、男はカウンターに突っ伏してしまった。


 体の緊張がほぐれるどころではない。これは弛緩剤だ。体の身動きが取れない。

 気づいたときにはもう遅かった。男の後頭部には、硬い銃口が押し付けられていた。それを持っているのは、ボスだった。


「今、俺がこうしている理由だが、別にお前が要らなくなったから、ってわけじゃない。

 こいつも指令なのさ。――どういうことか、分からん顔をしているな。まぁ良い、そいつは向こうで彼女に聞くんだな」


 バン! と頭が思い切り打ち付けられたような気がして、男の意識は闇に沈んだ。


 気づけば男は真っ白な空間に居た。

 男の前には一人の女が立っている。妙な服だった。映画……それもファンタジー作品などで見るような神官のような服装だ。


「目覚めましたか」女が言う。

「ここは選択の間、アナタは偉大なる意思によって選ばれ、転生の機会を手に入れました」


「転生……?」

「はい。アナタは元の世界では死にました。ですが、そんなアナタをまた別の世界に送り飛ばし、そこで新たな生を授けましょう」

「アンタが、ボスの言っていた『彼女』なのか」

「はい。私が彼のものに神託を与えていました」

「その神託ってのは何だ」


「転生の機会を持っている者の名です。

 他の世界が求める人材、それを彼のものに教えていたのです。

 彼のものには、その人材をここに送り届ける見返りとして、彼のものの元に世界に転生したものを送ることになっています」


「――ボスは、あの世界の人間じゃないのか」

「はい。彼のものも、別の世界で死に、アナタの世界に転生した転生者です」


 なるほど。それでようやく合点がいった。

 組織の科学力――いや、今となっては本当に科学かどうかは分からないが、あれはおそらくボスの元の世界のものなのだろう。

 あるいは、この女との契約で手に入れた転生者のものか。

 それらを手に入れ、使っていくことで、ボスは今の地位を、組織を得たのだろう。


「アナタには選ぶ権利があります。転生をするか否か」

「一つ、聞きたい。どの世界に転生するかは、俺は選べないのか」

「はい。それは既に決定しています」

「そこはどんな世界なんだ」

「いわゆるファンタジー世界です。剣と魔法が全てを支配しています」

「銃は無いのか」

「残念ながら。

 ――ですが、転生をする際、ギフトを一つアナタに授けます。

 ギフトとは、超常の能力。それで銃を調達する能力を望めば、アナタの希望は叶うでしょう」


「なるほどな。じゃあ、もう一つ聞きたいんだが、俺が今まで殺した奴らも、どっか別の世界に転生したのか」


「はい。アナタが送り出した人々は全て同じ世界に転生しており、アナタもそこに転生する予定です。

 その世界は未発達な部分が多く、数多の異世界から技術や思想を――」


「あぁ、いや、いい。理由の方は良いんだ。場所さえわかれば良いんだ」

 説明を続ける女を、男は手を振って遮った。

「じゃあ、ギフトは銃と弾を好きなもの好きなだけ作る能力で頼む」


「かしこまりました」

 女が両手をかざす。

 男の足元に、魔方陣のようなものが現われる。

 円の外周から光の壁が生えてきて、男はその筒の中に閉じ込められる。


「ところで」女が問うた。

「なぜ、アナタはさっき、自分が殺した人々の居場所を聞いたのですか?」


「仕事が途中だと分かったからだ」

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