平和な国

 少年は旅人だった。様々な街や国を旅するその少年は、qbと呼ばれていた。


 qbはある日、一つの国に立ち寄った。

 というのも、近くの街に立ち寄った際、世界一平和な国があると、ここを教えられたからだ。

 何がどう世界一なのかは教えてくれなかったが、だからこそ気になり、こうして足を運んだと言うわけだった。


 だがqbは中に入らず、その国の入り口辺りでじっと立ち尽くしていた。

 国は四方を白い壁で囲われていて、まるで牢獄のようだったからだ。

 しかし入れないわけではない。


 入ろうかどうしようかと悩んでいると中から一人の男がこちらに向かって歩いてきた。

 見た目からして衛兵らしい。どうやら、ここをパトロールしているようだ。


「どうされましたか?」

 男が言う。


「いや、この国が世界一平和な国だって聞いてね。入ろうかどうしようか考えてたのさ」

「あぁ。確かに皆さんそうおっしゃられますね」

「それは何故なんだ?」


「無論、我々は争わないからです。皆、大人になると心の中に『神』を招き入れるのです」


「神? そいつは……なんというか、心構えみたいなもんか?」

「いえいえ。実際に神はおわすのです。

 心の中に入った神は、ワタクシたちが争わぬよう、他人の痛みが分かるよう、傷つけあわぬように、心を整えてくださるのです」

 男は恍惚とした表情でそう言った。qbはその様に空恐ろしいものを感じていたが、男は構わず話を続ける。


「同じものを好きになり、同じものを見た時に同じことを思い、同じものを嫌悪する。

 人間同士の争いとは、価値観の相違からくるもの。神はそれを一律に整えてくださるのです」

「……なら恋人はどうする。好きな奴が同じじゃ困るだろ」

「ここでは恋愛はもうしていません。

 確かに愛は美しいものですが、しかし憎しみの種でもある。

 ――ここではもう何年も前から人工授精で人口を増やしています」


 男の言葉にqbはもう何も言い返せなくなっていた。


 確かにこの国は平和だろう。

 同じ人間しかいないのだ。

 価値観の相違による争いも起きない。

 同じ心を持っているから、皆、他人の心が分かる。


「ところでどうされますか? あなたも我が国に入られますか? 

 入るためには、申し訳ございませんが、神を心に入れていただく必要がありますが……」


「やめとくよ。俺はまだ死にたくないんでね」


 そう言ってqbは踵を返した。


 あそこは平和な国だ。

 だが、もう誰もいない国だ。

 寂しいだけの国だ。

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