ウィルスの行方

 天音貴理という少年は特別だった。


 とある事情により、天才的なプログラミング技術を身に着け、高校生の身でありながら、国家の秘密組織に属していた。

 主な仕事はサイバーテロ対策と、テロの実行だ。


「で、これを作れと?」

 アジトで上司から渡された資料を見る。

 そこに書かれているのは、コンピュータウィルスの仕様書だった。

 今回はテロを実行する側らしい。


「そうだ。こいつを一週間で作って欲しい」

「随分急ですね」

「一週間後に新型のパソコンが発売される。それまでに何とか流したいのだ」


 敵国のパソコンがアップグレードされる前に、攻撃を仕掛けたい、ということか。

 破壊工作は気乗りしないが、ウィルスを作る事はあまり嫌いではない。

 人が驚く所を見るのが貴理は好きだったのだ。


 作業を進めていく中で、ふとある事に気が付いた。

 このウィルスには決定的な欠点がある。

 しかし、だからと言って勝手に変更することも出来ず。ひとまず期日より一日早く仕上げ、それを上司に提出した。


 上司は満足げにそれを受け取り、貴理の口座にその場で報酬を振り込もうとする。


「いえ、ちょっと待ってください」

 しかし貴理はこれを止めた。

 彼は案外、律儀な性格なのだ。

 自分が納得いっていない仕事で報酬をもらうことに気が引けたのだ。


「このウィルスには重大な欠点があります。僕は、それを修正するために一日早く仕上げたのです」

「欠点? それはどこかね?」


「このウィルスは何も破壊しません。

 敵国のパソコンを操作不能にするだけで、中のデータは無傷のままです。

 これでは、すぐにデータを抜かれて元通りです。

 このウィルスに、データを破壊する処理を組み込ませてください。一日で出来ます」


 貴理の問いに、上司はニヤリと笑う。

 そして上司は自分のパソコンを操作し、あろうことかその場でウィルスを、自分たちの国に流出させたのだ。


「これは敵国に流すものではない。

 一週間後、新しいパソコンが出ると言っただろう。

 しかし、旧型のパソコンも出来が良く、壊れない限りは買い換えられないのだ。

 国民に被害が出過ぎないように、中のデータは壊さないがね」


 ウィルスの浸食を示す赤い線が、モニターの上に広がっていく。

 まさしくそれはクモの巣のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る