第11話
一日の授業を終え、悠哉は図書館で調べ物をしていた。
受験に備えて自由時間に勉強する上級生、気楽に小説を読み漁る下級生、何らかの会議があって4、5人で机を間借りしている実行委員。
悠哉のように純粋に調べ物があって図書室を訪れている人間は少ない。
備え付けられた検索用の端末に「夢」と打ち込み、それらしい蔵書がないか見て回る。端末から検索結果を見て取ると、将来なりたい職業についての本や自分の未来についての考え方を養う本、そういった意味での「夢」にまつわる書物が多くヒットした。
学校ならばこちらに比重が置かれていて当然。だが知りたいのは睡眠のメカニズム、夢を見るメカニズムについて書かれた本だった。
検索結果を再度見返すが、目当ての本はなかった。
ないなら仕方がない。週末にまた市営の図書館を当たってみようと席を立った。
そのときだった。後ろから声をかけられた。
「なにか探してるの?」
おっとりとした甘い声。
振り返ってみると同じクラスの東未華子さんだった。
やや栗色のショートボブ。吸い込まれそうな大きい目の、整った顔の女の子。
急に声をかけられて驚いた悠哉は何か返事をしようとするが未華子の大きな目に気圧されて目を逸らしてしまった。
「調べ物をしてた」
説明するのが億劫だったので、彼女が端末の画面を見られるように脇へ移動した。
「夢」というキーワードで結びついた一貫性のある検索結果を見て、
「将来の夢?」
「違うよ。なんで睡眠中に夢を見れるのか知りたくて」
マウスを操作して、画面をまじまじと見つめる彼女。
検索結果を見るだけかと思いきや、ぱちぱちとキーボードを打ち込み始めた。
無言で調べ続けている彼女とその至近距離で居心地悪そうにしている悠哉。
何やらお節介が始まったようで、しかしそれを無下にすることも出来ず苦々しい表情で待っていた。
「どうしてそんな本を?」
「悪夢を見るんだ。変だと思うけど、宇宙人が襲ってくる夢」
正直に答えると、予想通り彼女は悪戯っぽく笑っていた。
ますます苦々しい表情を作りたくなった悠哉であったが、女性の前だからどうにか噛み殺して顔に出ないようにした。
悠哉はあまり彼女のことが得意ではない。彼女とは小学校が別だったので中学一年生の悠哉にとっても未華子にとってもお互い浅い付き合いだったが、早くも苦手意識のようなものが芽生えていた。何故ならば、彼女は笑顔が怖い。
「一応、真剣に悩んでてさ」
「ごめんごめん。なんか可愛かったから」
釈明するように付け足した悠哉の言葉に対して、やはり彼女は笑っていた。
クラスの男子の前では人気者の彼女。笑顔を見せれば男はみな自然と顔がほころぶ。だが、悠哉にとって彼女の笑顔は嗜虐みを帯びているように映っていた。例えるなら食虫華に近い。深入りすれば自分は傷付けられてしまうような剣呑さ。最近知り合った切通きりかという女性警察官の笑い方も酷似していたので同様に苦手意識があった。
気後れする悠哉に彼女は一冊の本を取り出すと、悠哉の前に差し出してきた。
「これ、良かったら読んで」
悪戯な笑みを浮かべる彼女。悠哉は黙ってその本を受け取った。
題名を確認する。
本の名は『オネイロスの誘い』と書かれていた。
ぞくり、と奇妙な符号に背筋がこわばる。
先日のことを思い出す。あの異世界は確かに
息を呑む悠哉に対して彼女は悪魔のような眼差しで見つめる。
「ありがとう。小説かな?読んでみるよ」
狼狽しながらも明るい声を無理やり絞り出して、悠哉はその場を後にした。
◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆
まず感じたのは土の香り。
鬱蒼と生い茂る木々と体に染み渡る冷たい風。
一歩一歩踏み出すと、敷き詰められた枯れ葉が擦れ合う音がする。
目を凝らして先を見ようとするが何も見えはしない。充溢した霧が一寸先を白く、白く染め上げていた。
ここはどこなのか、山なのか林なのか、分からない。
気付けば部屋着ではなく、夏用のカッターシャツとズボンを着ていた。
歯を打ち鳴らすほどの寒さではなかったが体を打ち付ける向かい風は相応に強く、夏服ではとても凌げそうにない。異常の只中に悠哉はあった。
肩を自ら抱きしめながら、先へ先へと進んでいく。
悠哉はこの異常の原因を既に察していた。
(東さんから、もらった……小説……)
タイトルは『オネイロスの誘い』。
肝心の内容はまるで思い出せない。小説であったかどうかも、覚えていない。
ただ眠りにつく前に、あぐらをかきながら自室のベッドでぺらぺらとめくったような……曖昧な記憶だけはある。
横になったのは、果たして何時頃だったか。
埒の明かないことを考えながら、かさかさと音を立てて先へ先へ進んでいく。
(水の音とか……ないかな)
冒険の定石、まずは河を見つける。そして川伝いに下流を延々と下っていく。
やがては山の麓に、人里に辿り着けるはず。
(何も……聞こえないね)
びゅんびゅん。聞こえるのは木々が風を切りつける音のみ。
夢の中とはいえ、動き続けると喉が段々渇いてくる。そうでなくても向かい風のせいで一層呼吸の度に冷気が鼻から口から入り込み、潤っていた口内を乾燥させる。
荒々しく吹き荒ぶ風を受け続けていればただ歩くだけで体力を消耗させる。
自分にはサバイバルの知識がない。
装備らしい装備はなにもない。
否応なく実感させられる。このままだと死ぬ。
(夢の中だから熊とかはいないのかな。もし鉢合ったらそれで終わりかも)
野生動物がいなくとも、脅威はまだある。
カエシの
セスタスという一団の事も見逃せない。レムセルは人類を守る存在のようだが、刺客を送ってきた。
いずれにしても、もし対峙する事になれば手も足も出せないであろう事には変わりない。
先程から念じているが、自分はこの空間に何ら影響を与えることができないのだ。自分はホストなる存在らしかったが無力である。
歩き続けると影が見えてきた。
相変わらず霧が濃くて四角い何かがあるとしか分からなかったが、悠哉にとっては光明だった。
その輪郭は捉えつつあったが、もう少し進むと正体が分かった。
駅員のいない改札、落葉に塗れた屋根、錆びたイス。
無人駅だった。
到着するやいなや大きな溜息をついて椅子に腰掛けた。
これまでの疲れが滲み出てきて座るだけでは飽き足らず横になった。
瞼を閉じて、風を凌ぐために膝を曲げて
泥のように全身を弛緩させて眠りにつく。
「お疲れのようだね」
声をかけられても、瞼が重くてしばらく反応できなかった。
やっとの思いで起き上がってみると、柔和で聞き覚えのある声の主は東未華子だった。
黒いコサック帽と、毛皮を首に巻きつけてポンチョを羽織った小公女のような出で立ち。
「隣良いかな」
無言で頷くと彼女は隣の席に腰掛けた。横になっていた悠哉もそれに合わせて、姿勢を正した。
そこで自分の服装も変わっていることに気付く。
前時代的な、ハンチング帽と麻で乱雑に編み込まれたシャツにツナギを着ていた。今で言うオーバーオールというファッションに近い。
「東さん、ここはどこなの?」
「ここはイドの中。君の無意識の領域」
哲学において人の心には3つの概念があるという。
そのうちの1つ、本能的エネルギーを司るもの、感情や欲求の塊、これら無意識に相当する概念をイドと呼ぶ。
吹き荒ぶ風がなければ本来閉塞的で穏やかだったはずの林、視界を覆う霧。
これが悠哉のイドというのであれば、なんとも寂れている。
「なんだっけ?イドを使って作られる物質がどうとかカエシが言っていたな……」
「ポペドールのことね。夢界の物質の1つ」
「ここが僕の世界ならなんでも操れるんじゃないの?」
「ポペドールは無意識、本能によって生成された物質なの。本能によって生成された物質は本能でしか操れない。この空間にはポペドール以外存在しないのよ」
「よくわからないけど僕は何も出来ないんだな」
未華子は無表情に前を見据えていた。視界には何も映らない。ただ白く染まった霧があるのみだ。
自分はここで何が出来るのだろうと、悠哉もまた呆然と同じ方向を見つめていた。
風の擦れる音に紛れて、獣の吠える声が聞こえた。
耳を凝らして聞き入ると、存外近い。
狼か、野犬か。
「逃げよう。東さん」
「もう囲まれているのに?」
濃霧で視界が遮られている現状でも見えるほど近くに狼が姿を現した。
飢えて痩せさばらえた狼。悠哉と未華子の周囲をぐるりと囲んで、威嚇の唸り声を上げていた。
「どうにか駅の屋根によじ登れないかな」
「やってみてもいいけど、ポケットのそれを使ったほうが早いんじゃない」
言われるがままポケットを
狼ぐらいであれば、一発で仕留められるかもしれない。
女性の前で殺生をすることに些かの躊躇いがあったので彼女に一瞬目配せをしたが、彼女は不敵に笑うのみであった。
撃ちたくはないが何しろ狼は言葉が通じない。交渉の余地がないのなら仕方がないと思った。
静かに銃口を向ける。発泡したことはないから我流だがとにかく右手に力を入れて撃った時すっぽ抜けないように、左手でグリップを強く握り込んで支えて……。
渇いた音が周囲に響き渡った。
結局撃ち殺せなかったので、空に向けて発泡したのだ。
大きな音を立てれば逃げてくれるやもと思った。しかし当ては外れ、銃声に反応して怯んだ様子は見せたものの、狼は立ち去らない。
野生動物であれば音に驚いて逃げると思ったが、それほどに飢えているということだろうか。
動物は無知だから教育してやらないといけないという事だ。この銃を向けられたら、鉛玉を喰らったらどうなるかを。
引き金を引く指は重くなかった。自分は撃てる。犬の餌になるつもりは毛頭ない。しかし、これは何かの試練ではないのか?未華子の顔を見ると、これでいいのかと逡巡してしまい…。
「撃てば良いんだよね?」
「さぁ」
折衷案だ。狼の足元に向けて発砲した。
上手くいく保証はなかったが、コンクリートの地面に弾痕があったことを確認することができた。何かが自分の足元近くを通過したのを感じ取ったのか、流石の狼も驚いて走り去っていった。
同様に背後を取り囲む数匹の足元へ発砲すると、やはり走り去っていった。
「殺さなかったのね」
「今のでダメだったら撃ってた」
「そう……優しいのね」
「本当に撃ってたよ?一々情なんて湧くもんか」
やや頬を紅潮させながら弁明する。初めて銃を撃った事に体が戸惑っているのか、はたまた興奮しているのか。
そんな悠哉を変わらずくるりと大きな眼差しで未華子は見つめていた。
「また誰か来るわね」
次に現れたのは異国の男だった。
色素の薄い金髪と白髪が入り混じった若年の男性。
冬場に適した装備。茶色いコサック帽を被り、毛皮を着込んだ漁師然とした姿。しかし軍服のような意匠が垣間見えた。これみよがしに小銃をこちらに向けて歩いてくる。漁師ではない、軍人だ。
「お前ら、ここで何をしている?」
「道に迷いました」
「嘘を吐くな。ここは戦場だぞ」
どうやらそういう設定らしい。
悠哉は手に持っていた銃を足元に下ろして、軍人の顔を伺った。
血眼に見開いたそれは強い警戒を現していた。
まだまだ警戒を解くには不足しているらしい。だったら足元の銃を蹴って軍人の方に渡そうと思った。
「そこまでするの?」
「うん」
一切躊躇わず、悠哉はピストルを蹴って軍人の足元まで転がした。
「民間人です。道に迷いました。撃たないでください」
「信じられるか」
軍人は銃を床に向けて上下させてきた。床に這いつくばれということだろう。
悠哉は黙って従った。
それを見た未華子も嘆息して、地に膝を着ける。
「ごめんね、東さん」
「別にいいよ」
自分が手元のマカロフで軍人を撃ち殺していれば話は早かったかも知れない。死なせたとして彼はどうせ夢の住人だし、そもそもそういう趣向の試練なのかも知れなかった。
平伏したまま、頭を地面にこすりつけていると軍人からの言葉があった。
「どこから来た?」
「この近くに住んでいる者です。遊んでいるうちに……この霧で迷ってしまって」
「そこの女も一緒にか?」
「はい、そうです」
「ばかいえ。こんな片田舎にんな立派なおべべ着た
「でも見たままが事実です」
「口答えするな」
銃口で首の後を強く打ち付けられた。多くの神経が通っている箇所だ。単純な痛みとは別種の衝撃が体を駆け抜けた。
身を捩りながら痛みに耐えていると、軍人は注意深く悠哉を観察していた。
暴力で場を支配する卑小な人間ではない。そんな事よりも不審者について考察することを優先する理知的な人間だと悠哉は感じ取った。
「僕らはどうなります?」
「このまま撃ち殺すのが手っ取り早いんだが……近い場所に本隊がいる。霧が晴れたら移動してそこに引き渡す」
「殺すんですか?」
「やろうと思えば今でも出来るぜ。銃を向けられたといえば言い訳も経つし、そもそも死体は木の葉に隠すか埋めるかすりゃ誰もわかりゃしねぇ」
「あはは、霧……晴れるんですかね」
「さぁな」
姿勢も位置も変えないまま、時間だけが過ぎていった。相変わらず銃口は悠哉と未華子に向けられたまま、軍人は自分の優位を確保しつつ状況の改善を待っていた。
隣を目配せしてみると、未華子は目を瞑ったまま微動だにしていなかった。
すると未華子の声が聞こえてきた。彼女の口は動いていない。
奇妙だがカエシと同じく念話というものだろう。
(無抵抗なのね)
(今度は話が通じる相手みたいだし)
(相手を信用しすぎじゃない?)
(当然でしょ。相手は人間だよ)
(その人間が私達を撃ち殺そうと銃を構えている訳なのだけれども。この状況に危機感を覚えないの?私は怖いから貴方に抵抗してほしいんだけれど)
(犬猫じゃあるまいし、暴力で解決なんて真似は絶対にしないよ)
暴力で解決など原始人の所業だ。人間には言葉がある、心がある。
故に話し合いで解決する努力を怠ることは出来ない。
決意にも似た宣誓。悠哉の心中を察したのかそれきり未華子は何も言わなくなった。
「マカロフはなんで持っていた?」
「家にありました」
「ほお……それで子供のお前が持ち歩いていたと」
「林で遊ぶときは野犬が怖いので、護身用に父から借りていました」
「あっそ……
「でも運には恵まれたみたいです。兵隊さんに保護してもらえました」
心の底から安心した、という柔らかな笑顔を軍人に向けた。
助かった、嬉しかった、安心した。心の中で絶えずこの言葉を繰り返す。
自分が吐いた嘘でも百回つけば信じてしまうようで、自然と涙がこみ上げてくる。
「お、おい……泣くなよ」
「ごめんなさい。安心して……」
「まぁ少しすれば家に帰れるさ」
肩に手を置かれ、そのまま椅子に座るように促される。
ぽろぽろと流れてくる涙は堰を切ったように止まらない。泣きじゃくる方が楽だし、ポーズにもなるので悠哉は堂々と顔を崩して嗚咽を漏らしていた。
未華子はその様子を無表情に眺めていたが、やがて背中を優しくさすり始めた。
「調子狂うな……」
すっかり毒気を抜かれ、冷静さを取り戻した軍人は猜疑心を捨てて子供達に微笑んだ。
その反応を見届けて一難去ったと息を抜く、すると涙で弛緩していた体がより一層緩み始めた。単なる泣き落としだったが、単純故に効果的。子供の涙を無下にできる大人はそうはいまい。
真っ当な倫理観を喚起させること。それが悠哉に出来る精一杯の抵抗であった。
何の気無しにポケットを弄ると、違和感に気づく。軍人に蹴って渡したはずの拳銃がまたあった。そんなはずはない。ポケットに銃は唯一つだったはずだ。
(てっきり1挺目を渡して油断させてから2挺目で仕留めるつもりだったのかと)
(ありえないよ。なんでそう極端なのかな?)
(暴力が嫌いなのね)
(ああ、嫌いだね。そういう解決の仕方は)
暴力による解決。易きに流れるといえる。せっかく自分には言葉があって、相手にはそれを聞き取り咀嚼できる心があるというのに対話をせずしてなんとする。真っ当な感性として自分は暴力や人殺しを忌避しているし、当然相手が死を望むはずもなく……まぁ最後の最後に取らなくてはならない手段としてならギリギリ理解できるが、そんな状況になったとしても自分は選ばないだろう。
ああ、そういえばもっと酷いものを最近見た。
カエシの同族もレムセルもまるで闘争こそが無謬の決定方法と謳うかのように血に酔いどれた怪物だったが、あんなものを認めない。
だって、言葉を持たぬ犬猫すら殺し合いなど楽しむ感性など持ち合わせない。然るに
(彼らが嫌いなのね)
(もちろん恩は感じてるよ?でもそれはそれ、これはこれ。命を助けられたら当然感謝の念は覚える。でもそれは助けてくれた存在が鬼や悪魔である事と無関係だよね)
要するに、自分と同じヒトだと見做していない。
到底理解できる存在ではないし、だからといって恩人を貶すのは憚られる。
だから、ヒトと扱わないことでせめて軽蔑の対象から外すという折衷案。
差別ではなく、区別。虎が恩知らずだからといって、人間の常識に照らし合わせて叱責する者はいないのと同じように。
この少年の性根が見えてきた気がした。
徹底的な非暴力主義。それに反する存在はもはやホモ・サピエンスに値しない。ヒトとは別種の精神性を備えているのだからヒトとも動物とも違う
如何にして10代前半でこの地平に到達したかは定かではない。まるでティータイムに紅茶を啜った後のような穏やかな微笑みには邪気など微塵もなかった。
「そろそろ泣き止めよ……」
と苦笑しながら言葉をかける軍人
貧しい身なりの少年と生地のいい
涙する少年に、ハンカチを渡す少女。
事情は分からないが身分の差を超えてお互い想い合っている間柄だと第三者である軍人は二人の背景を組み立てていた。
ロミオとジュリエットよろしく、それは傍から見れば微笑ましい光景かもしれない。
(じゃあ、最後の出し物)
ハンカチで目を拭って、顔を上げると見知った物体がそこにいた。
銀色の貝のような装甲。その輪郭を動き回る赤い目。
かつてまみえた巨人が無機的に明滅していた。
軍人が何事かと声を挙げて銃を構えた瞬間、触手のようにのびた白い管が胸元に赤黒い穴を三つ空けていた。
少年が自分の運命を悟ると忌々しげに頭を垂れた。
立ち上がった未華子は、死体に一瞥すらせず妖艶に微笑む。
「なんで殺した」
「殺す?ああ、そこの人形のこと。可笑しな悠哉君、あんなの夢界が落とした影。背景のようなもの。
「巫山戯た理屈だな、宇宙人」
「分かっていないのは君の方。言ったでしょう、あれは背景だと。君が作り出した世界の一部ということは、ただ人のような振る舞いをしているだけでその本質は木々や石ころといったテクスチャと同質なのよ。ここに生あるものは私と貴方だけ」
「そういう話じゃない。君らの野蛮な精神性に疑問がある」
「失敗したわね。どうしたら機嫌を直してくれるのかしら」
「じゃあ地球征服やめてください。カエシのお仲間なら目的はそういうことでしょ」
「無、理」
確定事項をさらりと伝えると、銀色の巨人はがっしがっしと音を立てて歩み寄ってくる。さながら本物の貴族令嬢のような所作で口元を隠しているが醜悪な笑みを隠すためにしか見えなかった。
「話し合いの余地はないんですか。貴方がたの望みは一体何なのですか」
問いかけに、女は寂しそうに笑って答えた。
「勘違いしないで欲しいのだけれど私は同族の誰とも繋がってないの。もちろんカエシともね。ああ、先に断っておくけど説得の余地は一切ないわ。他の連中が掲げてる人類から夢界の技術について学ぶとかいうお題目もナシ。ただ危険だから人類を滅ぼすそれだけ」
すらっとした返答だった。これは確信に基づいた決定だから仕方がないのだと、故に許して欲しいといわんばかりの、まるで駄々をこねる子供をあやすような声色だった。しかし、どこか……まくしたてるような言葉の節々に奇妙な切迫感があったのは錯覚か。
状況を振り返るとポペドールとかいう物質で満ちたこの夢界は本能でしか制御できないという。単に技術的な問題であろうが現状は創造主であろう自分すら干渉しにくい性質を持っており、それの意味するところは詰んでいるということ。困ったことに抵抗するための手札がない。
全く本末転倒も良いところだ。侵入者から自分の夢を守るという題目を掲げながらこの様では彼女にもカエシにも申し開きの言葉がない。
気づけばへっぴり腰で両手を上げていた。
「降参するよ。あとそのロボットは下げてくれ。赤目で見つめられると息が詰まる」
道化のような所作に比して顔は真剣そのもの。
そんな態度がおかしかったのか、彼女はけらけらと笑い始めた。
「そういう呑気なところ、好きよ。気が軽くなる」
苦笑いで誤魔化そうと思ったがその前に意識が途切れた。
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