第9話 8番と9番(後編)

 きりかは敵性レムセルの喉笛を切り裂き、即席の市街へ消え去った。

 悠哉とカエシは呆けた様子でそれを見届けていた。


「大丈夫かな……相手は二人がかりだし」

「恐らくあの手合はきりかぐらいしか抑えられんよ。そも常人が立ち入れる世界ではないだろうしな」

「何も出来ないの?」

「さて、な。それよりも、我々は場所を変えるべきだ。今の騒ぎは部族トライブにも見られたぞ」

「とらいぶ?」

「君らがあんまりにも不名誉な呼び方を続けるので私が適当に名付けた。人間にも人種があるように知的生命体という大きな括りで君たちも我々も一つの部族として扱われるべきだ。イモムシは看過できん!」

「そ……そっか」


 どうやら本気で怒っているらしい。見た目がイモムシの生物に感情をぶつけられる体験に一味違う恐怖感が悠哉の脳裏に刻み込まれた。

 ともあれカエシの前半部分の論は正しい。確かに、戦闘にかまけている間にこちらが奴らの手に落ちるなんてことになれば全てが徒労に終わる。

 手足をピクピクさせながら海老反りでカエシは悠哉に向かってジェスチャーをする。気色悪い事この上なかったが抱きかかえて運べということなんだろう。

 よくよく考えてみればそんな事をしてやる義理もなかったが、悠哉は黙ってカエシを持ち上げて走り出した。悠哉はきりかのような超人ではない。地道に最下層まで降りて、別の建物に身を隠すのが道理だ。


「ン……待て」

「どうしたの?」

「逆だ。屋上まで上がってくれ」

「逃げるんじゃないの?」

「まぁ……よくよく考えればきりかの目の届く範囲にいた方が安全だ」


 そういえばこのイモムシはどうやって喋っているんだろう……と思ったが悠哉は考えることをやめて階段を登り始めた。



 ◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆



 先程の少年による小規模な天地創造により、この一帯には300メーターほどの丘がいくつも点在していた。丘といっても妙に巨大な校舎やショッピングモールといった建物が文字通り降って湧いた事で互いにぶつかり合い、偶然形成された円錐状に近しい瓦礫の山だが。

 その幾つもある山頂付近に人影が3つ。きりかと件のレムセル2体であった。

 既に何度か追撃を受けており、きりかはただひたすら回避に徹していた。対するレムセル共は意外と鈍重で、彼らの攻撃を凌ぎ続けるのは困難を極めるが不可能という事はなかった。

 吶喊して壁に激突するセスタス08。

 それを躱して、右手を壁に突き立てて静止するきりか。

 セスタス08がホコリの中から姿を現すと戦闘の最中というのに、笑いながらきりかを見上げてセスタス08が話しかけてきた。小休止の意味合いもあるのだろうが、彼がきりか個人に興味を持ったということを意味していた。


「アンタ、良い性能だよな。どこの部隊だ?」

「一応ケーサツ官だけど……ヒラの事務職」

「お前コップかよぉ?!」


 すると、会話にセスタス09も混ざってきた。銃口を向けることなく両手をだらりと下げて、戦意がないと態度で示しながら。


「おっかしいなぁ……どう見てもアンタはノンレムの特別個体なんだが。なんだ?目覚めたてのド新人か?」

「おい、こまけぇこたあいいんだよ。姉ちゃん名前は?」

「聞かれて答えると思う?」

「そこは名乗れよぉ。戦の習いだぜ」

「そんなルール知らないわぁ……何、さっきから呂律ろれつ回ってないけど酔ってんのアンタ」

「不思議なことにこれで酔ってないンスよ。シラフでこれ」

「名乗りは大事だろぉ兄弟。ノリ悪いなぁ……ところで今リングネーム考えてんだけどよ。粋なのが全然思いつかねぇんんんだ。いや向こうが名乗るんだからこっちも何かカッコいいの言わねえとよ」

「あー……はいはいリングネームね。俺がセスタス09でこっちの単細胞がセスタス08ってんだ。あ、セスタスってのが一応部隊名でね」

「それコールサインじゃねぇか!!!」

「いいだろ別に」

「うるさいわねぇ……私は切通きりか。これで満足?」

「ああ。じゃあきりか姐さん。続きやろうや」

「駄目だろお。これじゃあただの自己紹介じゃねぇか」

「うるせぇ逝け」


 黄土色のレムセル……もといセスタス09が異形の右腕を水平に振り回すと、さながらピンボールを弾くようにセスタス08の巨体がきりかにむかって打ちだされた。

 傍から見ればセスタス09の合図に合わせてセスタス08が吶喊したように見えるかもしれない。だが、果たしてそうか?

 その投擲は絶妙にきりかを狙い定めていたが弾が大きいだけに見極めも容易い。人間砲弾を横に躱すと、瓦礫の山の山頂部が衝撃で抉れ飛んだ。セスタス08はそのまま射線上を突き抜けていくと思いきや、ある地点で停止、難なく着地してきりかに襲いかかる。


(これではっきりした。あのセスタス09は遠くのものを掴む力がある)


 機動力のないセスタス08をセスタス09が自由自在に振り回して、適所に送り込む。恐らく、これが彼らの基本戦術なのだろう。

 一連のやり取りできりかは確信していた。連中はこれまでのエンプーサともレムセルとも違う点がある。単に身体能力や兵装だけでは片付けられない、何かしらのオンリーワンの特殊能力を持っていると。


 肉薄してくるセスタス08。

 腕と大盾が合一可したその怪腕はもはや振るうまでもなく、ただ向かってくるだけで脅威であった。さながら迫る城壁で、そんな代物と組み合う愚は犯せない。

 後ろに下がって刀に形状変化させた右腕を大盾に突きこむ。

 超超硬度オラトリオ・セラミックの刃はキンと音を立ててしかし、盾を貫徹できない。通せなかった衝撃はそのまま柔らかい右肩部を直撃した。

 硬すぎる。針で城壁を崩すようなものだ。


「休んでちゃダメっすよ」


 間髪入れずにセスタス09のガトリング砲から放たれる無数の弾丸がきりかとセスタス08ごと地面を一斉に刻みつける。

 躱そうにもきりかは姿勢を崩していた。このままでは一斉射を免れることは出来ない。万事休すか、となったところで幸運に救われた。砲撃で足場が崩れたことでセスタス08共々落下。そのまま射線が切れて辛くも難を逃れる事ができた。

 この混乱に乗じて一度仕切り直す。

 多勢に無勢、敵の能力も不明。圧倒的に不利だ。

 ならばどうする?決まっている。

 敵がコンビで戦うように、きりかにも頼るべき相棒がいる。


(ヘルプ)

(何かね)

(敵の能力、どう思う?)

(所感で良ければ)


 きりかとカエシの精神はリンクしている。故に取り決めとして戦闘の際は役割分担が定められていた。きりかが時を稼ぐ間はカエシが頭脳労働すると。

 

(セスタス09のアレは任意の位置……恐らく右腕の砲口線上に限られるだろうが、重力場を発生させる能力だと推測する。そしてその重力場は右腕と連動させて自由に動かせる)

(ごめん、分かりやすく)

(そうだな……語弊があるが不可視の手を持っていると考えてくれ)

(見えない手ね。かすってもいないのに腕を振れば何かしらが壊れるのも、あの銀色のレムセルを持ち上げてんのもそれのせいってワケね。もうひとりは?)

(セスタス08は……分からん。君の剣を防げる所をみると硬質化だろうか?)

(あいつはやりにくいわ。のろいけど硬すぎる)


 故にきりかが攻勢に出るパターンは決まっていた。セスタス08をやりすごした後に守るものがいなくなったセスタス09を潰す戦略。だが、向こうとてこちらの狙いなど見通している。接近する前にセスタス09がセスタス08を掴み、きりかの眼前に放り込む。

 そして、状況は初期化される。埒が明かない。


(理想はセスタス08を無力化してからセスタス09に切り込みをかけることだろう。君に飛び道具がない以上、他に手はない)

(それが出来ないから困ってんでしょうが)

(では延々とセスタス09の掌で踊り続けるかね?現状この場の支配しているのは彼だ)

(私だってあのバカみたいにカったい盾を斬れるなら斬りたいわよ)


「おおい、俺も相手してくれよお!」


 四股を踏み、両腕を組んでの突進。

 さながら力士のそれで、この正面突破だけは油断ならない速度だ。

 あんなものを受け止める気はサラサラないと、大道芸人さながらに空中で回転しながら脇をすり抜けガラ空きの背後に回り込む。その回転の勢いのまま首の後ろ、頚椎を断ち切らんとするが……。


「なんかしたかぁ?」


 切れたのは精々薄皮一枚。文字通り刃が立たない。

 カエシの推測通り、硬質化が能力であるなら手のうちようがない相手かもしれない。きりかは急いで飛び退いて、隣の建物の影に身を潜めた。

 こめかみに手を当て、カエシとの交信を試みる。

 

(そういえば思い出したんだけど)

(どうした)

(最初にセスタス09……だっけ。あいつが地面を割ったときにね。右手が隣りにいたセスタス08を通り過ぎていたのよ)

(セスタス08は右手の……重力場の影響下になかったと?)

(硬質化が能力ならおかしな話じゃない?)

(地面に叩きつける直前に重力場を出したのかもしれない)

(何合か打ち合ってるけどそれはないわね。瞬時に重力場を出したり消したりできるなら、もしそんな真似ができるなら接近した私を捕らえる事は造作もないハズ)

(だったら想定すべきは逆のパターンだな)

(どういうこと?)

(瞬時に能力のオンオフができるのは相方のセスタス08ということだ。仮説が正しければ、重力場の影響を免れることが出来る能力のね)

(打開策はないの?)

(仮説の後は実証あるのみだ。いいかね_____)


 前回と同じように仕掛け給え。

 カエシの指示はそれだけだった。つまりセスタス08をやり過ごしてセスタス09に吶喊せよということだ。

 それが一体何を意味しているのか、カエシの思考はこちらにも伝わってくる。きりかは主戦場を見晴らしのいい場所にしようとセスタス08にも見える位置から壁を蹴り上がった。信頼しているが故にその足取りには迷いがなかった。



 ◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆



 着々と増え続ける瓦礫の絨毯を睥睨するセスタス09。

 手強い。二人がかりでもあの女は捉え切れない。

 予想を超えて手こずっている今の事態に些か苛立ちを覚え始めていた。

 あまりに長引くようならいっそ戦えない少年とイモムシ型のエイリアンは先に片付けたほうがいいかもしれんと、思い始めた。

 普段は相方の戦闘狂のノリに合わせているが、自分はアレに比べれば幾らかリアリストだと自覚している。無論、自分と手戦いは好きだ。男として力の競い合いとなれば真っ当に熱くなる感性を持ち合わせてると自負している。

 しかし……。

 

「おうい、見失っちまった。あの姐さんどこにいるう?」

「お前が今立ってるとこの屋上だよ」

「さんきゅー」

「とっととかたつけてくれ」

「分かってるよお」


 陽気な調子で答えたセスタス08はそのまま天井を突き破って上へ上へと進んでいった。

 アレじゃ接近がバレバレだろう……ため息を付いた後、セスタス09は屋上にいるもう一組、悠哉とカエシを見ていた。

 さて、どうしよう。あつられたように奴らは見える範囲に突っ立っている。左腕に備え付けられたガトリングをちょっと向けて、ちょこちょっと回せばコトは済む。

 ……などと考えているとセスタス08から通信が入った。


「おい、ダメだぜ?」

「なにが」

「萎える事すんなよな」

「チッ……分かってる。分かってますよ」


 はぁーと再度大きく息を吸い込んで、クソデカため息をついた。

 相方はバカだが、頭が悪いわけではない。殊更考えていることなどお見通しの様子だった。

 冷静だが気の短いセスタス09と感情的だが気の長いセスタス08。

 別にこの組み合わせだから相性が良いという事はないが、互いに互いが持っていない気質を認め合い、尊重し合っているのもまた事実。

 その些細なリスペクトこそが、あるいは長年コンビを組めている要因かもしれなかった。


「そっち行ったぞ」

「またかよォ!」


 見ればセスタス08は足蹴にされて、きりかはまた真っ直ぐセスタス09に直進してきていた。

 その速度はもはや超人じみていて、まるで庭を跳ねるバッタが如く、壁から壁へ蹴ってつたってきた。


「何度目だっつの」


 力場は常にセスタス08の付近に生じさせてある。仮にこの重力場を高速で自由自在に動かせれば更に強力な能力たりうるのだが、いかんせん鈍い。きりかのように俊敏に動ける手合は苦手だった。

 もっとも、手元に引き戻すだけなら高速で出来るが。

 セスタス08を掴み、瞬時に肉壁として配置する。

 肉壁に手こずっている間に自分は距離を取り、再び前線の支援を始める。要はこの繰り返しだ。だが、イマイチ獲物を捉え切ることができない。


(千日手ってやつ?……隊長ぉ……こりゃ人選、間違えてるかもだぜ)


 セスタス08とセスタス09は要撃向きのレムセルだ。例えば要塞など、基本的には動かない対象を攻撃することに特化した能力の持ち主だ。きりかのような白兵戦を極めた相手は元より分が悪い。

 だからこそ、罠を張って確実に仕留めるための策が必要だった。


(さっきよりも十数倍のスピードで引き戻してやる)

 

 丁度、引き戻しによる迎撃に慣れた頃だ。ここでタイミングをずらせば間違いなく意表をつける。そもそもこれまで相対した敵はみな初見で相方に轢殺されてきた。目の前の女は神憑り的なセンスでも持っているのか、まるで通用しなかったがそれも今度こそ仕舞い。

 

「引き戻すぞ。能力を解除しろ」

「おっけぇ」


 瞬間、セスタス08の天地が90度回転する。

 セスタス09に向かって落下が始まる。


「このアトラクション飽きないんだよなあ……ちょはやタンマタンマ!」

「はい離しまーす」


 計算通り、きりかは前方を睨みつけたままで背後は無警戒だ。

 すぐそこまでセスタス08が追いついているというのに。


「ここで決めにかかれってかぁ?」


 引き戻す速度の違い。その意図するところは明白だ。

 相棒の要請に応え、無情に超重量の大盾を振り下ろすセスタス08。

 不意打ち気味だがそれはそれ。対応できないのならその程度の器だったという事。やや手間取ったが普段の必勝形態で刈り取れたという事だ。

 レムセルの顔はピクリとも動かないがその奥でセスタス09はほくそ笑んだ。

 が________。


「やっと斬れた」


 見えたのは両腕を絶たれたセスタス08だった。

 盾でとっさに防ごうと構えたようだが、組み付かれそのまま両腕を刀剣に変形させたきりかに肩ごと切り落とされていた。


「決めた。アンタはナマス切り」

「んなっ」


 宣言に従い、頭頂部から徐々に切り裂いていこうとするも、ガトリング砲の援護射撃に阻まれる。予測できていたかのようにそれらを躱し、きりかは射手であるセスタス09に目を向けた。


(は!?なんで対応できる。後ろに目でもついてんのか?)

 

 度重なるセスタス08の襲撃も今の銃撃も全て視界の外で起きたこと。

 図抜けたセンスというだけでは説明のつかない事態に違和感を覚える。

 自分はなにか致命的な見落としをしているのではないかと思い……。

 しかし、今重要なことは己の過失ではない。

 このままではセスタス08がやられる。ならば、出すべき指示は一つ。


「兄弟、動くな。そこで死んでろ!」

「わかぁってる」


 両腕で顔を覆い、蹲るような姿勢でセスタス08は決死の防御態勢を取った。

 きりかが試しに切りつけてみると、先程両腕を切断されたのが嘘だったかのように刃は全く通らない。

 笑みを浮かべながらきりかはセスタス08に話しかけた。


「アンタの能力、重くなることでしょ?」

「げへへ…………さぁ」


 より厳密に言うと、体積を維持したまま己の質量を増大させる能力。

 単純な能力だがそれ故に穴がない。重くなればなるほど攻撃力も防御力も比例して増加していく。タイマンにおいては非常に強力な能力といえる。

 気付いたのはカエシだ。


(物体がより重いものに引き寄せられる性質があることは知っているかね。地球では万有引力という言葉がある様だが)

(まぁだいたいは)

(では質量が近い物質同士であればどうなるだろう)

(何も起こらないんじゃないの)

(然り。何故、セスタス08が重力場の影響を跳ね除けることが出来るのか。答えは単純。その力場を相殺するほど重くなれるということだ)

 

「けど、重くなればなるほど鈍くなる。だから相方に運んでもらうときは能力をオフにするか、かなり減退させないといけない」

「御名答ぉ……だから移動中を狙い撃ってきたワケだ。よく合わせたな」

「まぁね」


 種は教えない。

 そっけなく返して、嬲るように刃先をセスタス08に何度も打ち付ける。

 きりかは遠方で成り行きを見守るカエシに軽く微笑んでいた。


(上手くいったな)

(サンキュー)


 きりかとカエシは精神がリンクしている。念話はおろか、やろうと思えば視界すら共有できる。言ってみれば簡単なことで、全ては屋上に陣取っていたカエシの目で見てやったこと。

 後ろに目があるのかと言われればその通り、初めからきりかは後ろを見るための目を持っていたのだ。故に視界外からの襲撃も、必殺を期していた最後の不意打ちも何ら意味をなしていなかった。

 守るものがいなくなり、観念したのかセスタス09が地上に地上に降りてきた。

 睨みつけるきりかであったが、セスタス09は両手を挙げて降伏の姿勢を取った。


「降参。降参っス」

「はや」


 きりかは警戒を一切緩めない。眼前の相手は搦手も平気で使ってくる狡猾なタイプだと理解している。隙を見せれば容赦なく突いてくるだろう。

 それを受けて両手を上げるだけでは不足と判断したのか、セスタス09は人間の姿に変わった。人種で言えば中東系だろうか。中途半端なドレッドヘアをカチューシャでまとめて後ろに倒した髪型にロングパンツに白シャツの部屋着。レムセル時の印象とさほど変わらない、鍛え抜かれた肉体に粗忽で軽薄そうな笑みをたたえた巨漢であった。


「これ以上頑張ると洒落にならないんで」

「え、舐めプアピール?」

「違います、違います」

「見逃してあげたいけど口だけ降参って言っといて後ろからグサッてこともありうるし……打首にしとかないと怖くてね。ゴメンね?」

「わ~~!本当に降参ッス!すぐにケツまくりますんで!お構いなく!」

「そうはいっても……ゴメン……ゴメンねぇ?」

「退きますってぇ!」


 鬼女の笑みにセスタス09は顔を引き攣らせていた。

 きりかの苦笑いをしながら両手を合わせて謝罪する姿はまるでミスを咎められたOLのような愛らしさで……その実、困ったような表情は出来の悪い子供を叱る母親のようで……。

 決定は変えられないが君の意見はわかる、大変残念だと。さぁ続きをしようと雄弁に態度で主張していた。

 にわかに恐怖を感じ始めたセスタス09であったがその感覚は正鵠を射ていた。


 きりかはこれまでの人生において力自慢の男を何人も打ち負かしてきた。つまり、それはねじ伏せてきた男の数だけプライドを搾取してきた事を意味する。職業として警察官を志した者たち。それ相応の鍛錬を己に課して、鍛え上げた分だけ自尊心もまた積み上げてきたはずだ。そういった自負のある人間をねじ伏せることにきりかは躊躇いがないし面白みを感じていた。それは単に男の顔を潰すのが楽しい……という感覚とは少し違う。

 例えるならメダルと同じ、難敵を打ち負かした末に勝者に授与される勲章が欲しい。そうした戦利品ウォートロフィーを心の棚に一つ一つ大切に、まるでコレクションのように飾っていく。その蒐集が楽しい、愛おしい。故に、半端な結末では満足できなかった。

 なにせ相手はいまだかつて出会ったことがない強者で、人智を超えた高次元での戦闘であった。高揚するのは無理からぬ事。

 故にこの昂りを収めるために必要な物があった。

 ここは命の取り合いをする場なのだから、欲しいのは髑髏しゃれこうべ二つ。それ以外はいらない。

 セスタス09の交渉空しく、続行の意を表明するためきりかは刀身をセスタス08の顎部、口に近いところに強く突き立てた。あっさりと、刃は突き刺さった。


「あれ?刺さったわ」

(やべぇ……実は能力の核が両腕の盾だから切り離されると効力がどんどん落ちてくっていう最大の弱点がバレちまわぁ……)

(ダメそうだなこりゃ……話に応じてくれないんじゃマジで兄弟見捨ててガチンコ勝負だな……)


 仕方あるまい。

 自分もセスタスの端くれ。一個の兵士として、全霊を賭けて戦おう。

 そう決意を固めた瞬間。


「横から失礼。きりか、不味いぞ。上を見ろ」

「うん?」


 無機的とも有機的ともいえない、格子状の黒白の何かが織物のように何重にも折り重ねられた箱のような巨大な物体がそこにはあった。

 数でいえばひい、ふう、みい……四つほど。

 カエシのいう所の部族トライブ、その戦闘艦であった。




 

 


 


 

 




 

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